Neetel Inside ニートノベル
表紙

sneg、始めました。
02.ネットは現実って気付いてしまった

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【タケル】:こんばんは。 [22:36]
【尊】:おっ、タケル。こんばんはー [22:39]
【タケル】:団長、微妙にお久しぶりです。 [22:40]
【尊】:ボクはずっと居たけどねぇ [22:40]
【タケル】:すいません、入学の準備が思いのほか忙しくて。 [22:41]
【尊】:入学式今日だったっけ? [22:41]
【タケル】:えぇ、やっと高校生です。 [22:41]
【尊】:エロゲとネトゲやってる新高校生もどうかと思うぞ? [22:42]
【タケル】:団長の影響も大きいですけどね? [22:43]
【尊】:それを言われるとなんとも言えないなぁ [22:43]
【タケル】:w [22:44]
【尊】:とりあえず改めて入学おめでとう。 [22:45]
【タケル】:ありがとうございます。 [22:46]
【タケル】:入ったばかりでなんですけど、今日は疲れてるのでもう出ますね。 [22:47]
【尊】:あいよー [22:47]
【タケル】:これからまたちょくちょくinしますから、皆によろしくお伝えください。 [22:48] 
【尊】:ういうい、おやすみー。ノシ [22:48]
【タケル】:おやすみなさい、ではまた。 ノシ [22:48]

 久しぶりにINしたネトゲ。団長まだ居るんだなぁ。
 陽介と一緒に始めたネトゲだが、アイツは先にリタイヤした。
 一人になった俺はというと、団長に出会って同じギルドに勧誘されて色々と遊んでもらった。
 それが今も続いている。受験やら入学準備やらでちょっと途切れ途切れになってるけど。
 廃人程やり込めないから下手だし、装備も弱っちいけど、団長みたいに面倒見のいい人やギルドの人達と遊べるのは楽しかった。
 廃人レベルの人が結構居るギルドなので助けてもらってばかりだが、冗談で爆殺された事なんかもあるし、色んな意味で可愛がってもらっている。
 ……と、思う。
 こういうのって友達って言えるのかな?
 ネット友達ってのは実感がないけど、こんな繋がりもいいよなぁ。
 なんて、思ってたりして。


「お前のおかげでケツが痛くてかなわん。責任を取れ」
 朝一の陽介は低血圧からか、冗談か本気か見分けがつかない。
「……なんか誤解されそうな言い方だな、それ」
「ホタルのように俺のケツは燃えているのだ。散らされた気分だ」
 そのホタルって、漢字三文字じゃないか?
 馬鹿な会話をしながら学校に向かっていると、駅から出てくる小さな人影が見えた。
「おっ?あれ昨日の運命の子じゃね?」
 こいつも目ざといな。
「だなぁ。どのタイミングで謝るべきか……」
 俺はあの子に謝るのだ。
 タイムマシンみたいな非科学的でとても現実的ではない手法を信じ込ませてしまったのだから。
 ……とっさの俺の言葉を鵜呑みにする彼女もどうかの思うんだけどな。
「まだだ、まだ慌てる時間じゃない」
 小さな声で魔法の言葉を呟く。
「うむ、さすが武史だ。そうやって嫌な事を先送りにするがいい」
「はぁ……帰るまでに勝負をつける」
 と、思う。


 ホームルームも終わり、説明だけで流れていく授業の時間が過ぎて、チャイムが鳴り終えると陽介は全速で教室を出て行った。
「あいつ、トイレか?」
 昨日のアレでケツがあれして保健室だったりして。傷害罪にならない事を祈ろう。
 弁当を広げているとドアが開き、彼女が姿を現した。
 とててて、と昨日より大人しく小走りにこちらに近づいてきて、
「あの、お弁当お一人ですか?」
 今日も可愛いなぁ。
「一緒に食おうと思ってた奴が飛び出して行っちゃって」
 一緒に食うつもりは無かったが、流れではそうなるという確信があった。
 だからあいつが出て行った時、少々面食らいもしたが。
「あ、あの……、ご一緒し――」
 彼女が何かを言おうとしているその時、ガラっ、と大きな音を立てドアを開け、陽介が帰ってきた。
「ほとんど売り切れで、残ってたのメロンパンやった!」
「……おかえり」
 関西弁の部分はスルーだ。
「おかえり、か。俺には帰れるところがあるんだ。こんなに嬉しい、――って、昨日のっ!」
 今日のこいつはいつになくテンションが高い気がする。
 俺はライトなオタクなのだ。それに毎度ネタを挟まれてもフォローをしきれないぞ。
 勢いに押されて固まっている彼女が少し怯えながら言う。
「この人が……さっき言ってた?」
「そう、この馬鹿」
 馬鹿ってコイツのためにある言葉だよな。
「あの、じゃあお邪魔ですよね」
「三人で良ければどうぞ? メロンパン食う?」
 コイツは人見知りしないもんなぁ。ってか、この子はお前の事が怖いんじゃないか?
 ……俺は助かるけど。
「は、はい! じゃあご一緒させてもらいますね」
 柔らかい笑顔を浮かべながら近くの空いてる椅子を両手で引きずってくる。
 陽介と飯を食うのは珍しい事じゃなかった。
 中学でも弁当の日はこいつと食ってたし、外で食う時もこいつと。
 休みの日なんかはお互いの家でもっぱらカップラーメンやインスタント食品。
「弁当忘れたのか?」
 弁当の日は弁当持って来てたからな。
「いや、昼飯購買って高校生っぽいっしょ? だから昨日から目を付けてたのよ」
 なるほど、こいつらしい理由だ。
「それなら学食だろ?」
「ダーリンを置いてうちだけ学食に行けないっちゃ!」
 いつでもどこでもオタクネタを振りまくお前は間違いなく鬼のコだよ。娘とは書けないが。
「あの――」
 ほら、この子絶対引いただろ。
「ダーリンって……。お二人は……その……」
 そっちに引っかかるのか!?
「あー、こいつの言う事は半分冗談だから。で、残りの半分が嘘」
「ふふん、そんなに褒めるなよ」
 褒めてないし。むしろ貶していえるはずなんだが。
「ところで……。えっと、八代ちゃんだっけ?」
 陽介が聞きなれない名を呼ぶ。
「え? ……どうして私の名前を?」
 こいつ、いつの間に?
「弁当袋」
 やはり目ざとい。
「すいません、そういえば昨日名前を……。その、聞いたり名乗ったりせずにあんな……」
 それどころではなかったよなぁ。お互い様だと思います。
「俺、上田武史(うえだ たけし)。好きに呼んで」
 名前を告げると彼女が柔らかい笑顔をさらに輝かせながら続いた。
「あ、あの、私は八代遙歌(やしろ はるか)って言います。もう分かってるかも知れませんけど……」
 知らなかった。弁当袋の名前は最後の一文字しかここから見えないのだ。
「小野陽介。三次元の女性は残念ながら友達までしかなれない事をご了承ください」
 二つ目のメロンパンに手を伸ばしながら、いつもの笑顔で馬鹿な自己紹介。
「えっと、えーっと……」
 クエスチョンマークを頭の上に浮かべながら、八代さんは考えているという表現がぴったりくる表情を浮かべる。
 助け舟、出すべきだよな。
「コイツはね、パソコンやテレビの中に居る平面の女の子にしか興味無いんだよ」
 『?』が『!』に変わる。
「オタクさんなんですね!」
 軽蔑や畏怖の表情ではない。興味というか、……どう思ってるんだ?
「オタク? 俺がオタクなんてそんな。まだまだ勉強不足、オタクなんて名乗るの先達に失礼だよ――」
 陽介の妙なポリシーである。
 上には上が居て、オタクってのはもっと高みに居るもんだ、と。
 それに、オタクは二十歳になってから、だったかな?
「――れに、俺がもし百歩譲ってオタクなら、……コイツもオタクさ!」
「ゴホっ、ゲッホゲッホ」
 思わず咳き込んだ。
 米粒が肺に入った気がする。気管支が痛いです。
「……いらん事言うな」
 胸をさすりながら彼女に目をやると……、昨日見た嫌な曇り顔。
「あ、あの……。上田さんも、えっと、三次元? の女性に興味ないん、ですか?」
 異議あり!
「……ゲームも漫画も好きだし、アニメも見るけどさ。普通の女性も好きだよ」
 これが精一杯の自己弁護。嘘でもないし。
「お前、孫権を裏切るのかっ!?」
「黙れ」
 妙な空気のまま訪れた沈黙。こういう間ってキツイよなぁ。
「そ、孫権って……、三国志ですよね? でもあれって男の人じゃあ――」
 薄々気付いてたんだけどね。この子、ちょっとズレてる気がする。
「オタクの道は長く険しいんだよ。理解するには同じ道を歩むしかないな!」
 昨日の蹴りの事根に持ってるだろ。いいや、持ってるね、確実に。
「よく分からないんですけど、同じ道って……。どうすればいいんでしょう?」
 この子、純粋過ぎるよ!
「……八代さん、その領域は不可侵な男の園なんだよ」
 なんか陽介みたいな事言ってるな、俺。えっと、道を戻るにはどうすればいいんだっけ。
「でも……、好きな人の事は一杯知りたいじゃないですか!」
 凄い笑顔。今の俺にはその笑顔は暴力。
 俺が困っていると陽介はおもむろに立ち上がり、左右のポケットから缶のお茶をニ本出す。
「そいじゃ、俺は宇宙人、未来人以下略、を探してる美少女求めて校内散策してくる!」
 ニ本のお茶を俺と八代さんの前に置くと、スキップをしながら陽介は教室を出て行った。
「あの、これ……」
 知らない人から物を貰っちゃいけないって、今時子供でも知ってるもんな。
「毒が入ってるなら俺の方だろうから、飲んじゃっていいんじゃない?」
 両方異物入りってのもアイツの場合あり得るような気がしないでもないが、さすがに見ず知らずの人をそんなもん渡さないだろう。
 しばらく無言のまま二人で弁当を食べる。
 温くなっているお茶を飲みながら、ふと思った。。
 いつ謝るべきか。謝る必要があるのかどうかは知らないけども。
 ……これってチャンスじゃないのか。
「昨日はごめんね、その……、あんな事言って」
「え?」
 弁当箱が空になったのを確認して発した俺の言葉に、彼女は片付けていた手を止める。
「その、今の俺とか過去の君とかさ。俺も、その、パニックになってて……」
「私……、そのタイムマシンなんて無いって分かってますよ」
 冷静に考えればそうなるよな。良かった、普通の子で。
「でも、諦めたら終わりじゃないですか……。だから、いっぱい頑張るんです!」
 この子は、ミッチーなのか?
「えっと……」
 彼女にかける言葉を、俺は持ち合わせていない。
 真っ直ぐな目と強い意志、この子はなんでこんなに一途なんだろう。
 それになんで、相手は俺なんだ?
「あの、もしかして……、迷惑、ですか?」
 クルクル変わる表情。その中の嫌なのが出てくる。
「迷惑、というか……。俺にはそんなに想われる理由も分からないし」
 本当に分からん。なんだこの状況。
「迷惑じゃないなら……。迷惑じゃないなら、私頑張ります!」
 胸の前で小さな拳を握り、やる気のポーズ。
「それじゃあ、あの、失礼しますね」
 言葉に詰まりっぱなしの俺は、彼女を見送る事しか出来なかった。


「ほれ、お前の分だ」
 荷物を纏めていると目の前で紙が揺れた。
「なんだこれ?」
 部活一覧表?
「目星を付けて回れるだけ回るぞ」
 そうか。今日は部活見学するっていってたもんな。
「あぁ。の前に、飲み物買ってくるわ」
 財布をポケットに押し込みながら席を立つ。
「多分食堂の自販は全滅だぞ?」
「へ?」
 そんな事がありえるのか?
「そうでもなけりゃ、俺がお茶ニ本なんて買う訳ないだろ」
 そうか、こいつは紅茶派だったな。それに変なジュースもよく飲んでるし。
「んー、まぁお茶でもいいや」
 ちょっと喉が渇いてるだけだしな。
「左ポケットに入ってた、お前が飲んだので最後だよ」
 補充してある事を祈ろう。
「で、確実にあるとこに行きたいなら、部室棟の自販機だ」
 ドアを開けながら陽介が言う。
「自販機があるのは3ヶ所。食堂、玄関横、部室棟三階」
「お前も新入生だよな? なんでそんな事知ってんだ」
 こいつはいつも情報を仕入れるのが早い。
「情報は足で稼ぐのが刑事の基本だぞ。暇つぶしに団長を探してたついでだけどな」
 陽介の後ろを歩きながら自販機についてのご高説を拝聴する。
 食堂のは紙コップのが壊れててブリックパックが一番人気だの、玄関横は死角にあるが買う人が多いだの。
 で、今向かってる穴場の部室棟三階の自販はというと……、品揃えが悪く立地条件も悪い、だそうだ。
 部室棟の三階は文系の部が集まってるだけなので、売り切れも滅多に無いだろうと、付け加えられた。
「品揃えが悪いって……、コーラとファンタ? しかもビン?」
 おいおい、いつの時代のだよ。
「俺は炭酸が飲めないからな、お世話になる事は無い」
 ファンタのグレープ味を買い、栓を自販機本体に付随している装置で開ける。
「……美味いな、なんだこれ」
 ファンタってこんなに美味しかったか? 久しく飲んで無かったからか、物凄く美味く感じる。
「あー、親父が言ってた。ビールはビンに限るって」
 いや、酒と一緒にされても。
 値段にしては量が少ない気がするが、喉の渇きを癒すには十分だった。
「さて、いいもん教えてもらったし、そろそろ行くか」
「ここまで来たし、近いとこからでいいよな?」
 元から体育会系をスルーするつもりだったので異存はない。
「じゃあ、PC部からな」
 PC部。中学でもあったよな、それ。
 何をしてる部活なのか知らんが、ネットもゲームも自由に出来ないパソコンに興味はないぞ?
「中学の時のあれな、自力でピンポンとかブロック崩し作らされてたみたいだぞ」
 それって結果が出ても楽しいものなのか?
「それなら高校だとC言語辺りかな?」
 エロゲ製作ってのも興味はあるけどさ、面倒臭いのはごめんだ。
 冷えた扉の取ってに手をかけて、ゆっくりと開く。
「すいませーん、見学に来たんですけど」
 電気の付いてない真っ暗な部屋を二人で覗き込んだ。
「まだ誰も来てないみたいだな」
 中を見渡すと僅かな光に気付いた。
「あれ、パソコン付いてないか?」
 俺が指摘すると、陽介が部屋の照明を付けて歩きだす。
「あー、ディスプレイがあっち向きで気付かなかった」
 近づいていくと微かに聴こえてくる耳馴染みのある音楽。
「これ、あのネトゲじゃないか」
 俺もやってるあのゲームの音楽。
「だな。装備もいかついし、結構やり込んでるのかね?」
 ディスプレイを覗き込みながら陽介が答える。
 釣られて覗いたゲーム画面にチャットが流れていく。

【Lion】:ちょっと休憩するかー [15:42]
【コペルニクスたん】:二人だと結構面倒だしねw [15:43]
【Lion】:だな。まぁニート組だから仕方ない [22:40]
【コペルニクスたん】:団長もさっきから無反応になってるしw [22:40]
【Lion】:あの人急に動かなくなるからなー [22:41]
【コペルニクスたん】:寝落ちっぽいw [22:41]
【Lion】:でも寝る時ちゃんと言うだろ [22:41]
【コペルニクスたん】:そっかーw [22:42]
【Lion】:そういえば団長から聞いたか? [22:43]
【コペルニクスたん】:何が?w [22:43]
【Lion】:受験・入学組5人中3人復帰っぽいってよ [22:44]
【コペルニクスたん】:おw [22:45]
【Lion】:お前のお気に入りのタケル、また虐められるな(笑) [22:46]
【コペルニクスたん】:虐めてないよw [22:47]
【Lion】:発破とかぶっ飛ばして虐めてたじゃねーか [22:47]
【コペルニクスたん】:あれは愛情表現だよw [22:48] 
【Lion】:可愛さ余ってって奴? [22:48]
【コペルニクスたん】:それともまた違うw [22:48]

「――誰?」
 ディスプレイを見つめていた俺は固まった。
 綺麗な声。囁くような、けれどよく通る、綺麗な声。
「あのー、俺ら見学に来たんですけど」
「あら、そうなの? ごめんなさい、ちょっと呼び出されて席外してたから」
 チャットを見ていた俺は確信を持っていた。
「……尊団長?」
「えっ?」
 顔をあげると、長身の綺麗な日本人形がそこに居た。
 白い色をした顔に、一際彩られた赤い唇。
 目はスッとした切れ長の二重で、眉間から鼻のラインが真っ直ぐ伸びている。
「えっと、……タケルです」
 沈黙。淀んだ視線。
「入学って……この高校だったの?」
 彼女の眉間にいくつもの縦筋が浮かび、俺は名乗った事を後悔した。

       

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Neetsha