Neetel Inside ニートノベル
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sneg、始めました。
【ニ】08.後の席の恋愛事情

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 弁当を広げながら空から落ちる小さな水の塊が窓を叩く音を聴き、後席に座る女の子の惚気話も聞いていた。
「今度の休みにね、内緒で会いに行って驚かせてやろうと思ってるの」
 陽介がいつもの奇行で教室を出て行ったので、折笠とタイマンのランチタイム。
「連絡は取り合ってるんだけど、会えないとやっぱり寂しいじゃない?」
 そんな風に聞かれても、遠距離恋愛どころか、恋愛そのものの経験が無いのだからどうも言えない。
 恋愛といえば、俺の中ではもっぱらは二次元なのだ。――どうして今、部長が思い浮かんだんだ?
「――二人の間をそんなサプライズが繋ぐんだよ」
「……そういうもんなのか?」
「そういうものなの」
 折笠は誰と居ても良く喋る。いつ誰に話しかけられても嫌な顔一つせず快活な笑顔で言葉を返し、興味があれば人懐っこい笑顔で話しかけている。お調子者ではないが底抜けに明るい。それが俺の中で固まった折笠イメージ。……それと、やっぱり胸が大きい。
「ところでさ」
「ん?」
「上田くんさ、たまに私の胸……見てるよね?」
 思春期の男の子になんて事を聞くんでしょうね、この子は。
「……ああ」
 でも、否定できないのは日本人離れした胸が目に付くからだ。
「うっわ、認めるんだ」
 自分で聞いといて引くとは、あまりにも酷い仕打ちじゃないか。
「目に入るもんを否定しても仕方が無いだろ」
「あはは、男らしいね」
「いやいや、折笠こそ」
「えーっ、何で?」
「見られてるのを知りながら笑って許せるのは、男らしいだろ」
 ムッとした顔を一瞬してから、悪戯な笑いを浮かべる
「じゃあ『変態!』って大声で叫べばよかった?」
「……それは勘弁」
「でしょ? 見てる事を許したのは、男らしさじゃなくて私の優しさな訳。ご理解頂けたかしら?」
 更に顔を崩して愉快そうに笑う折笠には舌戦で勝てそうにも無い。
 予鈴が鳴るまで折笠ペースのトークは止まらず、少々を嫌な思いをしながらも退屈になる事もなく昼休みを過ごした。


 休みだというのに少し早めに起き、午前十時から雨が弱まるのを待っていたのだが、時間は刻々と過ぎ、気付けば夕方前になっていた。
 何故雨が弱まるのを待っていたのかというと、予約していたゲームを取りに行こうと思っていたからだ。
 弱まる気配も感じられず、結局、傘がばしばしと音を立てる程強い雨の中を歩いてゲームソフトを受け取りに行った。
 その帰り道、偶然見つけた雨に打たれている彼女は、濡れる事を嫌がっているようには見えない。気にしてるとも思わない。
 ずぶ濡れのまま歩く後ろ姿を見つけて、何も考えずに足を速める。
「こんな所で……何してるんだ?」
 重く濡れた金髪を揺らす事もなく振り返ってこちらに向けた顔に色は無く、陶器のように透明な肌は更に透き通って見えた。
「上田くん……」
 いつもの元気は完全に鳴りを潜めている。今日にでも世界が終わるかのように、何かがあったのは明らかだ。
 そういえば……今日は前の地元に戻って彼氏と会うとか言ってはずだけど――
 浮かんだ疑問を口にする間も無く、折笠は無表情なまま喋り始めた。
「彼氏がさ、浮気してたんだ……家に行ったら、知らない女の子が居て……」
 まだ続きそうだったのに、途切れてしまったその話は、惚気話でさえ扱いあぐねる俺には、あまりにも面倒な内容だった。
 そりゃntrゲーを陽介の策略にまんまとハマりプレイした事もあるが、実際にそういう話をされても返す言葉もない。何かを言わないと思うが、口に出来るのはせいぜい――
「……風邪引くぞ」
 ――みたいな、ありきたりな言葉。
「うん」
「家、近くか?」
「うん」
「送るぞ?」
「うん」
 返事が返ってくるのが当たり前のような相手なのに、短い返事が返ってくる事で安心してしまう程、いつものと雰囲気が違う。
 朔の月のように光を遠くに追いやった折笠と、人生で初めて女子相手に相合傘をして雨の中を歩いて見るものの、浮ついた気分になんてならない。それどころか、雨で重くなっていた気は更に重くなり、歩く足も重く感じる。
 歩いた距離にしては長く感じられる時が過ぎ、まだ顔色も表情も戻っていない折笠は、
「もう……ここでいいから」
 そう言い残して歩き出そうとするが、足と止め、ゆっくりと振り向いた。
「ねぇ、出来れば、遙歌とか……皆にこの事言わないで欲しいんだ」
「元から言う気なんてないけどな」
 こんな話をして楽しいのは昼ドラ見て楽しめるおばちゃんぐらいだろ。
「それでも、一応ね……」
 返事も待たず、また歩き出そうとした折笠の腕を掴んで引き止める。
「ああ、でも――」
 一つ言っておきたい事があった。
「――友達だと思ってる奴には自分から教えてやれよ?」
 何故そんな事を言いたくなったかというと……おそらく、誰が見ても何かあったと気付くだろうから。
 いつも明るい人間がこうも暗くなっているんだ、一日や二日経とうと誤魔化せるようには思えない。
 俺に言われるのが嫌だというならば、自分で説明するべきだろう。……せめて、友人には。
 けれど、それを口にするべきではなかったのかもしれない。
 大きな瞳がじっとりと濡れ、それが雨のせいではないのは容易に見て取れる。
 折笠は雨音でかき消される程か細い声で呟いた。
「ごめん、ちょっとだけ……」
 ――あぁ……我慢していたのか。
 最後の強がりが剥がれてしまった女の子は、俺の胸に金髪を押し付け、声を殺して泣いている。
 その震える肩は、抱きとめると壊れてしまいそうで……ただじっと、雨が止むのを待つ事しか出来なかった。

       

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