「ＰＣ部は……ダメっぽいな」
後ろ手にドアを閉め、答える。
「団長嫌がってるみたいだったしなぁ……」
露骨なまでの拒否の表情。告白したわけでもないのにフラれた気分だった。
ネットでは友情というか、奇妙な繋がりを感じてたんだけどな。
さっぱりした文面と面倒見の良さ。
廃人並の装備とプレイスキル。それに知識。……いつも居たし。
ニートか、良い言い方をして、時間に融通の利く人か。
完全に年上の男性だと思っていた。……そんな話した事無かったけど。
それが同じ高校の先輩で、しかも美人。
「……しばらくイン出来そうにないなぁ」
「へ？ なんで？」
間抜けな顔しやがって。
「普通に考えれば、リアルで顔見知りになったからってネットでの態度変えられるのって嫌だろ？」
お前が普通を語るな。
「そういう、もんか？」
「さぁ、知らん。次は……天文学部だな！」
一人歩き出す洋介の後ろを追いながら、思考は深いところへと沈んでいった。
さて、自販機にお金を入れてからそろそろ三分は経った訳だが……、何を買うか、それが決まらない。
放課後の答えが思い浮かばず、寝るに寝れない状態になっていた。
人付き合いが下手な俺はたまにこうなる。
エロゲを初めて借りて帰った時はニ日不眠だった。……クリックに夢中だったのもあるかもしれないが。
三日目に陽介とそのゲームの話をした後は、十二時間も夢の中を彷徨ったんだけどな。
「ここはチャレンジ！ いや、アンパイでコーラ辺りを――」
呟きながら自販機と睨みを続ける。
深夜に高校生が長時間自販機と睨めっこしてたら補導されるよな。
「――これでいいでしょ」
頭の横から伸びた腕を確認すると同時にガシャン、と自販機が揺れる。
「……は？」
振り返ると杏子が居た。
「十分以上も自販機の前に居ると不審者だよ」
なんでここに居るんだ？
「優柔不断なの変わってないね。……むしろ酷くなってない？」
「……何してんの？」
「リアルゴールド買いに来ちゃ悪い？」
なんだそのチョイス。
「いや、そういう事じゃなくて」
「はい」
取り出したジュースを押し渡されながら、なおも呆然とする。
固まってる俺を横目に、宣言通りリアルゴールドを買う杏子。
「買ったんなら早く帰ったら？ それとスリッパ。片方ずつ履いてるのって凄い間抜け」
視線を足元に落とすと、シックなブラウンと妙な花柄のプリントが並んでいた。
「じゃ」
顔を上げると、パーカーのフードを揺らしながら小さくなっていく杏子が見えた。
結局寝れずに登校した。眠気を感じたのはいつも起きる時刻を三十分過ぎてからだった。
「おはよう『クマ』さん。もう四月だし冬眠からお目覚めですか」
教室に入っての第一声がそれかい。
陽介は何故か俺の席の横で、懐かしのハイパーヨーヨーを自在に操っていた。
何ボールだっけ、それ。
「おはよう馬鹿。万年馬鹿なんだから四月ぐらい大人しくしとけ」
鞄からビンを取り出しながら突っ込んでおく。
陽介の視線が何故か手元に注がれいる事に気付いた。
「ん？ なんだ？」
「お前さ、それ好きじゃないだろ？」
昨日買ったジュース。自分で買った気はまったくしないけど。
「……まぁ、成り行きというか」
手にはリアルゴールド。
俺は確かにこれが嫌いって程じゃないが、好きではない。後味がどうも合わないのだ。
「これは新たなフラグの予感！」
「なんのだよ」
陽介に適当に返事をしつつ杏子の方を見ると、自分の席に座り窓の外を見ている。
なんか物憂げというか……女子高生には似合わない表情だな。
「で、今度はなんで寝れなかったのよ？」
「……ＰＣ部の事だよ」
「あー、あの美人部長の事ね」
俺の中では団長だけどな。
「そんなとこ」
お世話になった人だから迷惑はかけたくない。
でもそれなりに愛着もあるわけで、辞めたくないのも本音。
放課後、下駄箱で靴を履き替えていると声をかけられた。
「あの、部活はもう決めましたか？」
「いや、まだだけど……」
とりあえずの部活見学をしている最中だしな。
「その、私、科学部に入ってみる事にしたんです」
次の言葉を捜してる八代さんは目まぐるしく表情を変えている。
「それで、もしよければ一緒に入部しませんかっ！？」
……なるほど。
「じゃあ明日見学に行ってみるよ、あれと一緒に」
既に外に出ていた陽介を指差しながら答える。
「は、はい！ お待ちしてますね」
晴れやかな笑顔を浮かべたまま一礼して、彼女は校舎の中へと消えていった。
「お前さ、何見てんの？」
さっき陽介を見た時に気になった。こいつはずっと部室棟の方を見上げている。
「いや、そろそろ天空の城か女の子が降ってくるかなぁって」
女の子が降ってきたらおそらく自殺だし、あんな城が降ってくるなら全力で逃げろ。
「もしくは屋上に怪談好きの先輩は居るかなと」
「部室棟、屋上無いだろ」
とりあえず突っ込んで校門へ歩き出すと、陽介は後ろを向いたまま追いついてきた。器用な奴。
【タケル】：こんばんは、お久しぶりです。 [21:36]
【コペルニクスたん】：来たなｗ [21:36]
【Lion】：こん、おかえり [21:37]
【みかん】：こんばんわ♪ [21:37]
【尊】：こんばんは [21:38]
【コペルニクスたん】：タケルーなんか行こうぜｗ [21:38]
【アール】：ただいまーこんばんは初めまして [21:38]
【タケル】：すいません、今日も挨拶程度にinしただけなので。 [21:39]
【タケル】：初めまして、タケルです。 [21:39]
【コペルニクスたん】：何ぃ！？もし次があるなら背後に気をつけるんだなｗ [21:39]
【Lion】：いつもじゃねーか [21:39]
【タケル】：了解ですｗ [21:40]
【尊】：ちょっと席外すから、タケルが落ちたら４人で行ってて [21:40]
【Lion】：ほいよ [21:40]
【コペルニクスたん】：いつものだねｗ [21:41]
【タケル】：では俺も出ますね、また遊びましょう。 [21:42]
【コペルニクスたん】：おやすめｗ [22:42]
【みかん】：バイバーイ、おやすみなさい♪ [22:43]
【Lion】：おーう ﾉｼ [22:43]
【アール】：おやすみなさい [21:43]
「入学式から三日経ったが、分かった事がある」
焼きそばパンの残骸を丸めながら馬鹿は唐突に語りだした。
「この学校はオタク的要素が一点を除いて皆無だ」
「その一点は？」
ポテトサラダを箸で摘みながら聞いてみる。
「お前だよ」
味付け、ちょっと濃いな。
「かの夕呼先生がおっしゃっていた恋愛原子核を、きっとお前も持ち合わせているのだ！」
「……お前も持ってると思うぞ？」
ポケットに忍ばせていた紙を取り出し、陽介に渡す。
「何これ？」
「ラブレター。間違えた、ラヴレター、な」
「ヴ、禁止。お前からこんなの貰えるなんて思ってなかったよ……」
遠い目をする陽介の目に、箸を――
「お前に渡してくれってさ」
本当に意外な事に、こいつは案外モテたりする。
容姿はまぁ良い方だし、何より行動力がある。
その行動力をいいように解釈した女の子には、奇天烈な行動が輝いて見えるのだろうか。
「ラブレターか……。これにラブコメ要素があると？」
「手紙ってのがちと古いかもしれんがな。オーソドックなんじゃないか？」
ごちそうさまでした。
「確かにそういう考えも出来ない事もない……。が、運命の人には適わんよ！」
そうだな、俺もあれは思い出しただけで１時間ぐらい軽く飛べそうだ。
「とりあえず渡したからな。あとはご自由に」
手紙を読んでる陽介の目が何度も上下している。
「……なぁ、返事ってどうすればいいんだ？」
「ついに三次元に帰ってきたか？」
こいつもついに彼女持ちか。
「いや、な。誰からとも、どこへとも書いてないのに返事を要求されてるんだよ」
「ドジっ娘、いいじゃないか」
「どんな人に頼まれたんだ？」
「知らんよ。朝、来る。下駄箱、開ける。それ、入ってた」
分かりやすいように片言風で。
「これさ、お前宛なんじゃない？」
「いや、小さなメモも一緒に入ってたから。お前にって」
「中々の行動力にドジ属性か。行動力があるのにドジっ娘なんて、ドジっ娘スパイラルじゃないか――」
なんだそれ。
「このキャラに興味が沸いてきた。ちょっと探してくる！」
なんで直接こいつの下駄箱に入れなかったのかは永遠の謎っぽいな。
陽介が勢いよく飛び出していくと予鈴が鳴った。
放課後になったと思うと、既に陽介は居なかった。
さすがに行動力だけの男である。探し方については深く考えまい。
今日は科学部の見学の約束をしてたな。連れて行くはずのあいつは居ないけど。
科学部の部室ってどこだったかな、と考えながら教室を出ると思わぬ顔があった。
目が合うとこちらをじっと見つめてくる。
団長。……こっちだとＰＣ部部長と呼ぶべきだろうか。
「少し話しがあるの。一緒に来てくれる？」
部活棟三階、PC部。古い自販機のすぐそこ。
部室に入ってから一言の会話もなく、パソコンのファンが回る音だけが響く。
「……あのね」
重々しく言葉が発せられる。
「普通にinしていいから」
ゲームの事？
「その、皆もあなたが居ると楽しいと思うし……」
囁くような、諭すような声が頭に響く。
「あの時はちょっとビックリしただけだから」
「それ、嘘ですよね？」
何故でこんな事聞いちゃうかな、俺は。
「それは……」
視線を外し、言葉を捜している。その横顔は日本人形そのもの。
保守的で消極的ですぐに思考が飛ぶ。それでも突っ込まずにいられない奴なんだな、俺は。
あいつが馬鹿なら俺は、……なんだろうか。
「その、すいません」
空気が悪い時は謝るに限ると思う。それでも沈黙は続くんだが。
「……入部してみる？」
外してた視線を戻すと、人形は戸惑っていた。
「昨日は何も言わず帰っちゃったけど、嫌じゃなかったら……」
昨日見た、眉間の皺を覚えている。
「考えさせてください」
考えている事が分からなかった。
表情とは違い、実は新入部員を探していたのか？
それぐらいしか思いつかなかった。
そういえばまともに見学もしてないな。何も見る前に部室を出たし。
「また来ます」
そう告げるのがベストだと思った俺は、ゆっくりした足取りでＰＣ部の部室を後にした。
「ただいま」
結局科学部行きそびれていた。考える事があると他の事を忘れるのが俺である。
……それでも、八代さんへの罪悪感はある訳で。
「おかえり！」
聞きなれない男の声。誰だ？ 親父が帰ってくるには早いはずだ。
「すっかり大きくなりやがって」
キッチンの方からコップを持ったログハウスに住んでそうな樵（きこり）が出てきた。
「俺の事忘れたか？」
生憎樵の知り合いなんて居ませんが。
樵風の男の影から母親が顔を出した。
「あら？ 流君の事、覚えてないの？」
流君？ ナガレクン？
「――流兄っ!?」
上田流（うえだ ながれ）、父親の兄の息子。従兄弟である。
「ようやく思いだしたか、こいつ」
何故か抱きつかれた。ご立派な髭が耳に刺さってるんですけど。
「いや、俺の知ってる流兄はこんなに毛むくじゃらじゃないし」
「あー、そういえばもう４年も会ってなかったしな」
髭って四年でＣ．Ｗ．ニコルみたいになるのな。
「入学祝いにって、一杯お野菜持ってきてくれたのよ」
母親は目を輝かせながらニンジンを見せてくる。
「どっちかというと、お裾分け？」
「高校生だからな、まだまだ育ち盛りだ！ 俺もまだ大きくなってるしな！！」
１９０ｃｍ目指せそうですね。こんな人だったっけ？
「とりあえず着替えてくる」
太い腕を外しながらそう告げ、自室へと向かった。
夕飯を一緒に食べ昔話に花が咲く。昔の俺はあぁだったとか、流兄はこうだったのに、とか。
杏子が話も出たのも当たり前で、前は近所に住んでいたので食事もしたし、小さい頃はよく一緒に遊んでもらったものだ。
今は疎遠になってるなんて言い難いので、適当に誤魔化した。
夕食も終えた流兄は、泊まっていきなさい、と言う母に、ホテルがあるから大丈夫、と豪快に笑いながら帰っていった。
「『男子、三日会わずば刮目して見よ』ってレベルじゃねーぞ……」
髭を思い出しながら一人ゴチた。
「探し出せないというのか……」
例の手紙を前にして、珍しく真剣な顔で考え込んでいる陽介を横目に、左クリックを繰り返す。
「なぁ、このキャラって八代さんに似てないか？」
「ん？ あぁ、ましろな。俺も最初見た時にちょっと思った。髪型以外」
このキャラのルート、狙ってみるか。
「俺的には断然志摩だが。もちろん声込みで」
桜川未央好きだもんな。俺も好きだけど。
カチカチと物語りが進んでいくと、いつの間にかキャラ紹介で一番最初に出てるキャラのルートに入っていた。
「さすが優柔不断。攻略考えずにやってるとそうなるわな」
したり顔の憎いこと憎いこと。
区切りのいいとこでセーブして休憩するか。
……まだ真剣な顔をしているな、こいつ。
「珍しく悩んでるな」
「んー、一日あれば見つけれると踏んでたからなぁ」
まともに探してたのは放課後だけだったりする。
「こんな時どんな顔すればいいのかねぇ」
「笑えよ、陽介」
「それ違う。Ｍ字にはなるだろうけどな、じい様がそうだし」
嫌な事聞いた。
「そういえばさ、科学部の見学どうだった？」
「行ってないからどうとも」
言えない。八代さんに悪いことをしたな。
「女の子との約束を破るなんて……。アンタ馬鹿ぁ！？」
それはもっと邪険な感じに、可愛い声で言ってくれ。
「……月曜に行くか」
「行きにくくなったけどな」
そういえばＰＣ部もまた行く事になってたんだった。
「逃げちゃダメだ」
陽介の言葉で思いのほか傷つきながら、今月のテックジャイアンを開いた。
