Neetel Inside ニートノベル
表紙

sneg、始めました。
07.見るモノだと思ってた

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 考えていた以上に酷い有様だった。
 数名だったはずが、委員長一味の思いつきで、男子のおおよそ八割がメイド服に身を包んでいる。
 委員長曰く、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、だそうだ。
 女子はというと、三割が男装でニ割が裏方という午前と午後を均等分けた編成で、学園祭を楽しむ体制を整えていた。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
 それはそれは愛らしい声で客を招きいれる陽介。
 このような奇妙な喫茶店を催す事に決定したその日から始めた特訓の成果らしい。
 女声、か。また奇妙な飛び道具を持ちやがったな。……今度海原エレナのモノマネでもさせてみようと思う。
「上田くん、似合ってるねぇ」
「いいえ、サクラさんもお似合いですわよ」
 わざと野太い声を作り返事をする。嫌味には嫌味で返すのが礼儀なのだけど、
「そう?」
 嫌味だと気付いてないらしい。という事は、嫌味を言った覚えもないんだろうな。
「……ねぇねぇ、『ボク』、か、『オレ』、どっちの方がいいかな?」
「折笠なら見た目王子様っぽいし、ボク、がいいんじゃないか?」
「じゃあ、『ボク』でいこうかな。……よし、ボクは接客に行ってくるよ」
 銀色のトレーを手にした折笠はふわりと金髪を揺らして客席の方へ歩いて行く。きっと前から見ていれば胸も揺れたに違いない。
 そんな王子様の後ろ姿は華奢な男子そのものに見えた。
 見送った視線を残して本能の赴くままに手を動かしていると、
「ほらほら、看板ムスメが人前でポリポリ掻かないの!」
 と、紅茶を受け取りに来た眼鏡少年に叱られてしまった。痒いんだから仕方がないじゃないか。
「上田君、接客に出てくれない?」
 委員長のお言葉は無視して裏方の作業に徹した。
 仕切り一枚あるだけで見られる度合いは雲泥の差。なんとか被害を食い止めたい一心でその場に留まる事を決意する。
 おしぼり製造マシンの完成の瞬間だった。
 それにしてもカツラが痒い。少し固めの毛が項や頬を掠める度にムズムズする。
「これあげる。括れば少しはマシになるんじゃない?」
「あぁ……、サンキュ」
 杏子からヘアゴムを受け取る。
 いつものポニーテルを降ろしたストレートヘアの杏子は男装の麗人と呼ぶに相応しい。
 なんとなく杏子のようにポニーテールで纏めようかと思ったが上手く括れず、偽物の髪の束は手から滑り落ちていく。
「作り物なんだからそんな上じゃバラけるでしょ」
 クスクス、と目を細めて笑う杏子を尻目にポニーテール萌えでもないのでアドバイスの通り項の辺りで纏め直した。


 回転率も程々の喫茶店の模した教室の片隅で開店からノンストップでおしぼりを作り続けた後、俺の心と体を表したように草臥れた(くたびれた)メイド服を着たまま昼食を取り、何故か学生服に戻っている陽介に促されるまま校内を歩いていた。
「なぁ、冗談だよな?」
「そう思うか?」
 面に華が咲き誇こってやがる。
「委員長命令だ、諦めろ。……なぁに、『優勝は謎の美少女!』って感じの記事が校内新聞に載って終わりだって」
 嫌な予感というのはどうやら想像を上回るようで。
 着いた先は……学園祭で定番の美少女コンテスト会場。
 その中でも一番出入りの少なそうな、『出演者控え室』、と名付けられた教室に俺と陽介は居いた。
「あら、小野君と……上田君?」
 凄く失礼な言い方かもしれないけれど、場違いな人が居る。
 華やかと呼べるほど綺麗に飾られてはいないけれど、この人はもっと落ち着いた雰囲気の場所が似合うはずだ。
「急に欠員が出たとかで……クラスメイトにお願いされちゃって」
 そういう事なら部長にお鉢が回ってくるのも納得出来る。
 高校生というには少し大人びてる気がするが、文句無しに美人だ。象徴的な長い黒髪にはきっと和服が似合う。
「優勝候補ニ人ってとこだな」
 手でファインダーを作り俺と部長を収めようと動いている陽介。そんな枠組みお前にはいらないだろう。手刀で切っておいた。
「……衣装はどうすればいいのかしら?」
 このメイド服を今すぐ脱いで渡したい。
「武史が着てる感じの服でよければ取ってきますよ?」
「それは……遠慮するわ」
 メイド服を着る部長を見てみたい、そんな本音は隠して、
「じゃあ、俺の制服なんてどうですか?」
 馬鹿な提案だと思ったが、案外そういうモノが採用されるようで。
 ならあなたはこれを着てみる?、と、自分の制服を摘む部長に、毛の処理云々と誤魔化して辞退する。
「あら? 制服の交換なんてゲームみたいで楽しいのに」
 意外な言葉を口にした部長は、俺の目の前で初めて顔を綻ばせていた。


「覚悟はいいか? 俺は出来てる」
 お前は出来てるだろう。企んだ張本人だし、出場しないんだからな!
 俺は女装して美少女コンテストに出る覚悟を出来る程女装を受け入れてないんだ。穴があったら入りたい。むしろ穴を掘るところから始めてもいい。
「では次の方! 飛び入り参加の、えーっと、『西園寺言葉さん』です」
 俺の制服を着て颯爽と舞台に上がった部長を見つめていた俺は、突き飛ばす形でステージに上げられる。
 偽名で呼ばれたと気付いたのは司会を務める放送委員に移動を促された時だ。
 さすがに男の名前で出る訳にはいかないだろうが、その名前はあんまりじゃないか? あの二人を足した人物なんて危ないにも程がある。
 部長と同じように整列したはいいものの、司会者に向けられたマイクに答える声を俺は持っていない。
「その子、ちょっと喋れない理由があるから――」
 横に並ぶ部長が小声で司会者に伝えた。
 失礼しました、とノートの切れ端のような紙を見ながら言った後、すらすらと、『西園寺言葉』という人物のプロフィールを語りだす。
 そのプロフィールは無茶で無茶を煮詰めたようなキャラ設定だった。
 元になったキャラの事を無視して帰国子女で英語しか喋れないだの、既に大学を卒業して博士号を取得してるだの。
 もし何かしらフリが来て、喋る事になった場合、俺は英語で喋るしかなく、しかも博士号なんて口にするのもおこがましい肩書きを背負える程知識を持っている分野はない。
 口から心臓が出るついでに鼻から脳髄が湯水の如く出るのではないかと思うと同時に、犯人は検討がついているので制裁はどうするべきかと考えていると、俺に冠せられた名前の元ネタのキャラが登場するゲームをプレイした事があるであろう部長は口に手を当て笑いを堪えている。
 その後一人私服の女性が壇上に登場すると、全ての出場者が出揃った。
「皆さん、気になった美女は居ましたでしょうか? 居た方は是非投票にご協力ください! 学園のマドンナを決めるのは、あなた達です!!」
 司会者の死語交じりの使い古された某お笑い番組のような煽り文句を合図に、登場した順に舞台を降りていくマドンナ候補達。
 順番が来るまでの間何気に会場に視線を漂わせる。
 まだ舞台を見続ける人、紙を何やら書いている人、移動の準備をしている人、すでに会場を出ようとしている人。
 体育館を後にする群集の中に見慣れた髪がある。
 ステージの上から見えたいつもの杏子の後姿。その横には楽しそうに喋っている上級生らしき男が居た。


 着替えも終わり、大きく伸びをして安堵の息を吐く。
 男の俺が優勝、そんな事はあってはいけない事象だと思う。
 そういう事象だけは歪む事なく、そこにあるのだから有り難い。
 美女コン会場として未だに機能している体育館の隅にひっそり座り、事の顛末を傍観する。
 何故か今回の顛末に噛んでいた陽介が雄弁に語った、その経緯。
 接戦、デットヒート、惜しくも、残念な事に。そんな羅列の後に出たのは、
「部長が優勝……」
、との一言だけだった。
 幾分かトーンが落ちている事が大変喜ばしい。
 惜しかったね、と折笠が言い、見てみたかったです、と八代さんが続く。それはフォローなのか、冷やかしなのか……。
 冠とマントを所在無さ気に制服の上に纏う部長は過剰装飾で、いつもの部長の方が断然綺麗に思える。
 と、同時に、あの壇上に自分が居る姿を想像をして冷や汗が背中を伝った。
 

 教室を片付終えると、陽は段々と長くなっているというのに、帳はもう下りていた。
「駅まで送っていくよ」
 そんな事言わなきゃよかった。珍しくまた格好つけたのに待たせるなんてあんまりだ。
 下駄箱の脇で踵を上げ下げしている八代さんに散々謝辞を述べ、謝った事に謝り返されるというやり取りをそこそこに校舎を後にする。
 校門を出ると嵐のような喧騒が嘘のように静まり返り、初めて催す側に回った学園祭が終わったんだという実感が沸いてきた。
 今日は何も考えずに眠ろう。いや寝れるはず。
 そんな事を思いながら、駅へ入っていく人並みに飲み込まれる八代さんを見届けて、家に続く道へ足を向けた。


 週が明けると兵どもが夢の跡、なんて事もなく綺麗さっぱりと元の姿を取り戻してる。
 これで俺の黒歴史も無くなってくれれば、なんて思っていたんだけど――
 学年毎に通知内容を知らせる掲示板に、『写真100円~――』、と、俺の痴態を映し出した写真が張り出されている。
 クラスの違う男子達が写真を前に、どれを買うか、これは誰か、なんて好き勝手言っている。
 当の本人に断りもしないで金儲けに走る写真部に一泡吹かせたく思ったが、委員長を通じて止めさせるよう教師に頼むのが席の山か。
 女子達はというと、折笠の男装の話で持ちきりで、後ろの席の当人は多くの女子を侍らしていた。
 このクラスでは俺と折笠、二人で男女の話題を掻っ攫って……痛み訳だな。
 そんな頭の痛くなる事を考えていると、本当に頭が痛くなってきた気がする。
 ここ最近頭が痛くなる事ばかりだが、今一番の問題は今日から中間テストが始まった事だ。

       

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Neetsha