Neetel Inside ニートノベル
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sneg、始めました。
【一】07.出なかった

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 考えていた以上に酷い有様……なんて感慨は沸かなかった。
 委員長達の思いつきで大半の男子がメイド服を着る事になるという事を、なんとなく気付いていたからだ。きっと、現状を発案者に問い質しても、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、なんて答えが返ってくるだろう。
 女子達が午後と午前というチーム分けで学園祭を楽しむというのだから、午前出撃の俺にも午後からは学園祭を楽しむ権利があるはずだ。
 可愛らしい女声で客を招き入れる陽介はこの際放って置いて、どうすれば時間を勝ち取れるか、という思いに考えを巡らせていた俺へ折笠が声をかけてきた。
「上田くん、似合ってるねぇ」
 嫌味だなんて思わない。
「褒められても嬉しくないなぁ」
「そういうものなの?」
「男の子だからな。折笠も男装が似合ってるなんて言われても嬉しくないだろ?」
「そんな事ないよ? 女の子は服が好きだからね」
 よく分からないな、それ。
「……ねぇねぇ『ボク』か『オレ』、どっちの方がいいかな?」
「折笠なら見た目王子様っぽいし、『ボク』がいいんじゃないか」
「じゃあ『ボク』でいこうかな。……よし、ボクは接客に行ってくるよ」
 銀色のトレーを手にした折笠はふわりと金髪を揺らして客席の方へ歩いて行く。きっと前からなら見れたであろう揺れる胸は容易に想像出きた。
 思春期特有だと思いたいビジョンを描いたまま頬を掻いていると、
「ほらほら、看板ムスメが人前でポリポリ掻かないの!」
 紅茶を受け取りに来た眼鏡少年に叱られてしまった。痒いんだから仕方がないじゃないか。
「上田君、接客――」
 そうだ――
「接客に出れば、コンテストは無しでいいか?」
「え?」
 ん?
「いいけど……なんで知ってるの?」
 委員長がずれた眼鏡を直しながら顔を覗き込んでくる。
「あっ! 小野君から聞いたんでしょ?」
 何がだ?
「……とりあえず、行って来る」
「う、うん。お願い」
 今朝、教室に着いて間もなく急激に伸びた少し硬い髪を後ろに流しながら間仕切りから出て客席を見渡すと、席の半分程が埋まってはいるが、繁盛しているというには微妙なところだった。この程度なら俺がこっちに出る必要も無いだろうに。
 接客業には端から関わるつもりがなかったので何をすればいいのかも分からず、棒立ちでそのまま辺りを見渡していると、 
「暇そうだから、これお願いね」
「ん?」
「あのテーブルに持って行って」
 名前も知らない男子――ではなく、男装した女子に仕事を押しつけられた。
 銀のトレーを持ったまま呆けている訳にもいかず、指されたテーブルへ行くと、
「このクラスの女子? 後で一緒に――」
 なんて、別のクラスの奴に声をかけられてしまう。
 ティーカップを置きながら、しっかりと教え込んでおこうか。
「……男だよ」
 ギョっとする顔を見るのはそれはそれで愉快なのだが、俺は女装してるのだからなんとも言えない。女装の男に声をかけるのと、女装をするのはどちらがダメージがでかいのだろうか。
 そんな顔と心境を幾度と味わいながらインスタントに毛の生えた程度の飲み物を各テーブルに配って回り、短針が十二を指すまでもう少しという時間まで働かされていた。
 開店から休む事もサボる事もせず、金髪王子は元気に仮設キッチンと呼ぶのも憚られる作業場とホールと呼ぶにはあまりにも質素な客席を往復している。
 その働き者の折笠とすれ違った時―― 
「キャッ」
 勤勉な金髪の執事(双子山所有)からご褒美として、真面目に仕事をこなしていたメイド(棒付き)へ、服の上からスプーンの添えられた熱い液体、頭上へは氷の入った冷たい液体を浴びせて頂く。
 水気を存分に吸収した詰め物は質量を増し、その重みと肌を濡らす感触がなんとも言い難い気色悪さを味合わせてくれる。でも――
「ゴメン! 足が縺れちゃって」
 ――謝られる事なんて何も無い。
「あー、大丈夫」 
「でも――」
「着替えてくるから委員長への説明は任せた」
 いい仕事してますね、折笠さん……としか言いようが無い。
 更衣室へ向かう足取りは思った以上に軽く、スキップの一つでもしたい気分だ……自重したけど。
 さらばメイド服。漸くこれを脱ぎ捨てる事が出来る。


 着る衣装も無く、コンテストにも出ないでよし。晴れて自由の身となったはいいのだけれど、一人で出し物を見て回るってのは、寂しい事になりそうだ。
 一度忌々しい喫茶店に戻ろうとした途中、なんとなく立ち止まったのは、八代さんのクラス前。……知ってはいたけど、改めて思う。彼女達はなんて難易度の高い物に挑戦しているんだろうか。
 学園祭の定番とよく言われてる気がする喫茶店とお化け屋敷。この二つには格段の差がある。
 喫茶店を模すのはそう難しくない。席があり、飲み物が出てくればそれっぽく見えるはずだ。
 けれど、お化け屋敷は怖がらせないといけない。そんな、物を売らない代わりに客に何かを与えるというハードルの高さがある。
 その前の段階としても創作・製作努力という工程があるのだから、時間と労力、そして発想の消費は大きいはずだ。
 もし、自分の所属するクラスがそれを行う事になった場合、俺はおそらく部活に逃げる。陽介による密告で短い逃亡生活を終える事になるだろうけど。
 ここまで来て――更衣室から戻ってきただけで、すぐそこ男女逆転喫茶があるのだけれど――素通りするのもどうかと思うので、廊下に設置された受付で高いのか安いのか分からない設定の金額(五十円)を支払い、暗幕を潜って暗闇を演出されている普段は入る事のない元教室へと足を踏み入れた。
 思った通り、怖くない。
 簡単な迷路のように組まれたダンボールの壁、どこにいるのか分かってしまうお化け達。「ばぁっ!」と声をかけてきた猫娘に会釈で返してしまったのはさすがに悪かったかもしれない。
 出口が見え始めた時にも左右の壁からこれ見よがしに数本腕が出てきたが、これには握手で応答。……催す側を自分に置き換えてみると相当嫌な客だと思う。
 まぁこんなもんか。
 感想がそうなるのも仕方が無い。大きな遊園地でもないのだし、学生が短い期間に費やせる時間と労力なんてたかが知れている。
 教室を間延びさせた程度の道のりを歩き終えて出口のドアに手を掛けようとした時、くいくいっ、と、上着の裾を後ろか引っ張られた。
 ――ここで最後の演出かな?
 おそらく、振り返れば流行りもしない幽霊メイクをした誰かが「うらめしや」なんて口にするに違いない。
 ――あれ? 誰も居ない?
 振り返って前後左右を確認するも、やはり誰も居ない。
 しかし、今度は前から裾を引っ張られている。
 ――前?
 視線を少し下に向けると、
「楽しめまし――」
「うわあああああっ!」


「吃驚させちゃて、ごめんなさい」
 小さな体を折り曲げて謝る八代さんは、驚かそうと屈んでいた訳でも隠れていた訳でもないし、お化けや妖怪に扮していた訳でもない。
 そんな彼女に、いつもの制服姿で感想を聞かれただけなのに、今日一番――今年最大――ここ数年で最も驚いてしまった。
「い、いや、こちらこそ」
 いくら暗かったとはいえ、目の前に居たのに見えなかったのは失礼だよなぁ。そして、その失礼だという気持ちに託けて「驚いちゃったお詫びに……」なんて出だしで、
「もし良かったら、これから一緒に見て回らない?」
 と、彼女に言っている様子は、知り合い同士だと知らなかったら、ナンパしてるみたいだろう。午前中に俺に声をかけてきた他クラスの男子達と変わらない。……もっとも、相手の性別は違うが。
「はい、ちょうど交代したところだったんですよ」
 笑顔で返されて、言ってみるもんだとしみじみ思う。
 断られたならば、自由な独り身という、楽しいのか悲しいのか分からない状況になり、学園祭を満喫なんて到底出来なかったはずだ。
 俺も八代さんも昼食を取っていなかったので、どちらともなく歩き出し、下駄箱を経由して外へ出る。
 火を扱う出し物は外に出店されており、そこでなんとなく目についたので買った一パック五百円のたこ焼きは、口に放り込むとサラサラと中が溶け出しソースと混ざって味と匂いを充満させる。中に入っていた蛸もぐにぐにと存在を放っており――美味しいかって? ……半生(はんなま)です。
 けれど、それが凶とでか吉とでたか。八代さんが手に持つたこ焼きは少々冷めてはいたが半生ではないとの事なので、二人で一皿のたこ焼きを突付くという、カップルのような状態になった。勿論、あーん、なんて甘い出来事はない。爪楊枝は二人分あるんだから。
 残骸と入れ物を処分した後、通りかかった体育館をひょいと覗いてみると、卒業式や入学式と同じように並べられた椅子の向こう――壇上に見知った顔を確認。いつもの制服姿の部長に感じる違和感はなんなのだろうか。
「わぁ、盛り上がってますね」
 と、素直な感想を漏らす八代さんに習い、俺も頭に浮かんだ事をそのまま口にする。
「優勝は……部長だね」
「そうなんですか?」
「うん、だって――」
 ――『だって』って、なんだ?
「……ほら、同じ部の後輩としては、応援しないと」
「そういう応援は失礼ですよ!」
 めっ、と言わんばかりに指を突き出されても怖くないのは八代さんだからだからか。大きな子供が小さな子供を叱るようなその仕草に、怒られているにも関わらず噴出しそうになった。
 込み上げてくる笑いを我慢している俺を見て八代さんは、今度は困ったような表情を露にする。
「な、何がおかしいんですか?」
「ぷっ……いや、な、なんでもないよ」
 これ以上突付かれて蛇を出さないように話を切り替える為、「次、どうしようか?」と訊ねると、「クレープなんてどうですか?」と提案される。
 まだ腹も減っているし、何よりも、学園祭で並んでクレープを食べる、なんていう蠱惑的なシチュエーションに抗えるはずもなく、勇みそうになる歩調を彼女に合わせ、次の屋台へと向かった。


 何故か他の男子より多めに押し付けられた片付けを終え、既に街灯が点いてる帰り道、いつも陽介と別れる三叉路の隅で今期のアニメを話題に少々話し込んでいた。
 話も途切れ途切れになってきた時、陽介が思い出したように言う。
「そうえいば、野中が上級生の男と歩いてるのを見かけたぞ」
「ああ、知ってる――」
 ――けれど、直接見た訳じゃない。
 既視感というには少々おかしい風景がたまに頭を過ぎる。
 今、陽介から杏子の話を出した時、出口へと向かう杏子と隣の誰かを、その場凌ぎのように飾られた壇上から見たような絵づらが思い浮かんだ。
 デジャヴュというよりも、体感した事のあるような感覚であり、既知の事実だったようにも思える。
「おーい、どうした?」
 目の前でぶんぶんと腕が振られている事に気付き、我に返る。
「……慣れない事して疲れたみたいだな」
「帰るかぁ」
 よく分からない感覚を引き摺ったまま家に足を向ける。今日時折浮かんだ感覚と体の疲れ。二つの勝負の行方で今日の寝つきが決まるのかもしれない。


 週が明けると兵どもが夢の跡、なんて事もなく綺麗さっぱりと元の姿を取り戻してる。
 一年用から三年用、全ての掲示板には困り顔の部長の写真がいくつか張り出されており、『写真百円~――』と書き添えられていた。一枚買うのも…悪くないかな。
 陽介からの情報によると俺の盗撮写真があったらしいが、接客で男だと説明しておいたのが功を奏したようで、掲示板に張り出されるまでは至らなかったようだ。
 教室に着いて席に座ると後ろの席では折笠が女子を侍らせていた。どうやら俺に女装を解く切欠を与えた責任感を感じ、ほぼ一日中喫茶店業に従事し、徐々にファンを獲得していったらしい。
 悪い事したかなぁ、せっかくの学園祭なのに。そんな考えも浮かぶけれど、当の折笠は楽しそうに周りに集まった女子達と喋っているので、俺が罪悪感を感じる事もないだろう。
 両手の指を組んで大きく伸びをしながら外を見ながら当日の事を思い返す。女装はしてしまったが大した実害もなかったし、八代さんと出し物を見て回れた……それなりに楽しい思い出も出来て、中間テストに集中できそうだ。

       

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Neetsha