Neetel Inside ニートノベル
表紙

sneg、始めました。
【一】06.don't make me

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 大型連休明け、恐ろしい計画が俺のあずかり知らないところで行われているとは露とも思っていなかった。
 悪の組織や秘密結社とかそういう類のモノでは一切なく、ある男と名前も知らぬ女によって。
「……もはや突っ込めん」
 朝一番、教室のドアを開けた俺に言える唯一の言葉だった。
 いつも通り奴は俺の席に座っていた。いつも通りってのもどうなんだろうか。
「おはようございます、ご主人様」
 ハートマークや音符マークが付いてくるような挨拶に吐き気が込み上げてくる。
 ヘッドドレスを付けた色の薄い髪とフレンチメイドのような服の短い裾をなびかせながら振り向く様は、怒りを通り越して哀れみすら感じられた。
「似合うか?」
 あぁ、どこに出しても恥ずかしくない変態っぷりだ。
「ねぇ、上田君も着てみない?」
 そんな勘弁願いたい申し出を口にしながら、陽介の後ろから見た事あるような顔が出てくる。
「どうしたの、人の顔をジッと見て」
 俺の顔を見返しながらの質問。答えた方がいいんだろうか、どちら様ですか?、と。
「そう心配するな、委員長だよ」
 腹の底から出そうな笑いを喉で押し殺しながらのフォロー。
「いや、何がどうなってるんだかまったく理解出来ないんけど――」
 つまりは学園祭らしい。
 俺の知らないところ(聞いてなかっただけだと言われそうだが)で、このクラスは男女逆転喫茶を催す事になったそうなのだ。
 生け贄として男女それぞれ数名が接客を行うとの趣旨を説明される。
「定番の喫茶店にネタ要素である男女逆転要素を取り入れ、俺達は学園祭を勝ち抜くのだ!」
 学園祭って勝敗はあるのか?
「上田君って小野君と一緒で、こういうの詳しいんでしょ?」
 こいつほどではない、と反論したいところだが、委員長からしてみれば大差ないだろう。
「俺は陽介みたいに似合わないと思う。って事で、パス」
 拒否するのが当たり前。ここで喜んで己を犠牲に出来る奴なんてそうそう居ないはずだ。……馬鹿以外。
 背の低い順ででも話を回してくれ。
「似合うんじゃない? 上田って小さい頃たまに女装してたし」
 晴天の霹靂である。
「えぇっ、そうなの!?」
 委員長が眼鏡を直しながら声のした方を振り向く。
「うん。今度写真持ってこようか?」
「杏子、お前……」
 ふふん、と鼻息が聴こえてきそう顔をしながらふんぞり返っている。
「ほぉ、それは俺も見てみたいな。」
 事実ではないが、事実だった。
 女装というか、遊び盛りの俺は泥だらけなると毎回杏子の服を借りていた。
 服を借りて帰ると母親がよく笑顔でヘヤピン式のリボンを付けてきたものだ。
「小学生になる前の話だろ」
「あんた顔つき変わってないもん、写真を見れば皆も納得するわよ」
 これは分が悪い。女装してるって事は色々と見られたくないモノが収められた写真も見られる可能性がある。
 ……それは是が非でも避けたい。
 俺が頭の中で落としどころを考えてるのを尻目に、キャッキャ、とはしゃぐ委員長と陽介。
「……出来ればヴィクトリアンタイプで頼む」
 女装させられる上に無駄毛処理までさせられたらたまったもんじゃない。
「素直でよろしい」
 委員長と陽介が顔を見合わせ頷いていた。


 部室から見下ろすグラウンドは、青春を絵に描いたようだ。
 サッカー部がモノクロの球を蹴り、野球部が白球を追い、陸上部が手足を振っている。
 運動場から一番離れた校舎の最上階から見るそれは本当に小さくて――
「見ろ、人がゴミのようだ」
 言ってみるものの、誰からの反応も無い。
 部屋には四人。俺と陽介、そして当然部長である藤崎先輩。もう一人は――
「この前教えて頂いた本、大変面白かったですわ」
 金城千華と名乗ったあの日から程なくして、先輩はPC部に入部してきた。
 どこかしらへの入部は強制だが掛け持ちはOKらしく、テニス部と掛け持ちでこちらと向こうを行ったり来たりしている。
 先輩が来る度に陽介は水を得た魚の如く口を回していた。
 元々自分のペースに引き込むのが得意な性質だが、先輩が陽介に関心があるからだろうか、毎度見事なまでにオタクトークを炸裂させている。
 ほぼ聞き手に回る事を強いられる先輩はというと、最初に話した時の印象はどこ吹く風、好きな人の前では大人しくなる女の子そのもの。
 華やかな雰囲気と品のある仕草でお嬢様らしさを醸し出しながら相槌を打ち、興味を示し、さらに話を広げようと言葉を返している。
 その結果だろうか、多くのオタク用語にすっかり対応してしまっているのがなんとも言いがたい。……もし陽介がエロゲを薦め始めたら全力で阻止しようと思う。
 少女漫画に抵抗が無くなった先輩へ次は少年漫画を薦めている陽介を尻目に、俺はようやく起動したパソコンの前に座り手早く目当てのソフトを起動させる。
 手に持つのはゲームパッド。
 活動時間の部室に四人、その中のニ人がネトゲをプレイしているのもどうかと思う。

【コペルニクスたん】:今日もきたなw [15:38]
【タケル】:こんにちは。 [15:38]
【尊】:昨日の続きからでいいかな? [15:39]
【Lion】:あいよ その前にwc [15:40]

 これがPC部の日常。
 時折命じられるホームページ更新業務以外は本当にする事が無い。そこで部長に倣ってネトゲをここでするようになったのだが……。
 チャットではいつも通りの団長、すぐそこに居るのに会話は無い部長。ゲーム中はなおさら喋らない。
 部長が席を立てば尊は止まるし、尊が動き出せば部長はすぐ近くに座っている。それでも、そこに居る部長と、尊というゲーム内のキャラが本当に同一人物なのか疑わしく思う事もある。
 いつの間にか出来上がっていた奇妙な距離感。
 出発合図の印象的なSEが鳴ると、自然と意識はゲームに集中した。


 すでにこの組み合わせで昼食を取るのは、ある種定番。
 ニ人から四人という狭い上下幅で毎日空腹を満たしている。
「喫茶店ですか、楽しそうですね」
 いつも楽しそうな笑顔の八代さん。
 運命の人とやらを探してるようだが、進展はなし。もちろん俺との仲も。
 なんとなくだけど俺をまだ運命の人と同じだと信じてるんだと思う。……本当にそうなら、気が楽なんだけど。
「詳しくはまだ言えないんだけど、面白いモノが見れるから是非遊びに来てね」
 折笠が意味ありげに陽介と俺を見比べている。
 時折探検家と化す陽介が居ない時にニ人になる場合がある。陽介を除けば一番喋る相手。
 内容はほぼ恋愛話。彼氏がどうしたの、距離が遠いだの。無限ループって怖いですね。
「八代ちゃんにはハードルが高いかもしれないけどねぇ」
 パンは既に飽きたようで、弁当をかき込んでいる陽介。
 四人ともなると陽介が聞き手と喋り手を上手く使い分けて場を取り持ってくれるので有り難い。
 そこには感謝してるのだが、弾を撃つと十中八九俺が被弾するハメになるのは勘弁願いたい。
「……五月病にかかりそうだ」
 杞憂に終わる事はなさそうだった。


「はぁ……」
 ヘッドドレスを付け終えると自然に溜息がでた。当たり前だな。男がメイド服を着てるんだから。
 せめてもの抵抗と頼んだヴィクトリアンタイプのロングなメイド服であるが、必要以上な装飾が溜息の数を増えさせる。
 スカートの両端を持ち上げ鏡を見ると、引き攣った笑いを浮かべる自分という名の変態が居た。
 あれから何日も待たずに用意された衣装を渡され、放課後に衣装合わせと相成った訳だが。
「このまま校内をうろつくのか……」
 失敗したと言わざる得ない。わざわざプール横の更衣室なんて借りるんじゃなかったな。
 教室まで出来るだけ人目につかないルートを頭の中で巡らせて、気配を消したつもりで移動を開始した。
「待たせたな!」
 こうなれば何がなんでも似合わない事を証明してやる、と胸の前で腕を組み上体を反らしがに股気味の足を大げさに広げた精一杯男らしいポージング。
 残っている人数分の視線が集まる。そして沈黙。笑えばいい。ナウなヤングにバカウケ、大いに結構。
 目を濁らせながら、陽介と委員長が近づいてきた。
「メイクは私に任せて」
 有無を言わさず近くの椅子に座らされ、改造作業が開始される。
 何をされているか理解出来ないが、顔中をコットンで叩かれ、目をカチャカチャされ、鉛筆のような物が瞼を掠める。
 最後に頬を筆で擽られ、頭上から影が降りてきた。
「……いい」
 濁っていた目に光を灯しながら陽介が呟く。
「凄いね! 看板娘の誕生だね!」
 それに続く委員長。少し眼鏡が曇っているような……。
 カツラも用意した方がいいな、違う衣装も用意しましょうか、等と、周囲の反応が明からにおかしい。
「当日はもっと気合い入れていこう!」
 俺にも打算はあった。
 マコちゃんよろしく、溢れんばかりの男らしさと父親譲りのワイルドさをアピールすれば一度の女装で事なきを得る、と。
 しかしマコちゃんに倣ったのは不味かったようだ。……冷静に考えれば可愛いもんな、マコちゃん。
「本番もよろしくね!」
 嬉しそうに肩を叩いてくる委員長の言葉に、窓の外の夕陽を眺める事しか出来なかった。

       

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