Neetel Inside ニートノベル
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炎上作番デスマチセブン
第四話 現場は燃えているか

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 海上は確かに魔王であった。
 赤坂にとって予想外だったのは、海上がバラモスでしかなく、さらに知らないうちに彼がバシルーラでどこかへ吹き飛ばされていたことだ。

 正直言って、海上がいなくなったことはどうでもよかった。舞浜とのうざったいやり取りを聞かなくてすむし、会話するたびにイライラとするあの顔と口調のコンビネーションを味わなくてもすむと思うとチョップで数十メートルの滝を両断できてしまえるほど幸せな気分だが、残念ながら問題はそんなところにはない。海上がサブリーダに就任したことで鎮火に向かうと見ていたプロジェクトに、新たな燃料が投下されたのだ。
「こまります!突然そんなことを言われても!」
 甲本が食堂を出る前に何とか我に帰った赤坂は、眉間をしわくちゃにして不満を漏らす。
「いや、お前が困ろうが関係ないから。じゃあな」
「できませんよ!私リーダー経験なんてないんです。現状の開発業務に加えてチームをまとめるなんて不可能です」
 引き止める赤坂の声を適当に聞き流していた甲本がぴたりと足を止め、赤坂のほうにゆっくり振り返ると、深く嘆息した。
「あのな赤坂。そんなもん誰もがいつか通る道なんだよ。お前にとっちゃ今がそれだったってだけの話だ」
 甲本の哀れむような目といい加減な発言に、赤坂は憤慨した。
「ふざけないでください。サブリーダが二人もぶっ飛んだプロジェクトに未経験の人材を投げ込むなんてどうかしてます。もう一度よく考え直してください」
「お前、俺をなめてるのか」
 甲本の表情が、哀れみから怒りへと一変する。阿修羅のような気迫に、赤坂は一瞬たじろいだ。
「上層部の決定事項だと言っただろうが。お前以上に悩んでいるやつなんていないとでも思っているのか?ふざけているのはお前だ」
 言っていることは正論であったので、赤坂は納得しかけたが、すぐに気付いた。
「論点をすり替えないでください。誰が決定したかなんて関係ありません。私は今この状況が異常であると言っているんです」
 気迫で負けぬよう、甲本を睨み返す。すると甲本は、意外なことを言った。
「じゃあ、お前はどうすれば良いと思う?」
「えっ……」
「この状況を理解した上で、お前はどうするのが最善かといってるんだよ」
(正気かこいつ)
 試しているのか、はたまた本当に現行案以上の策がないのかはわからないが、甲本はなんと赤坂に意見を求めてきた。
「どうなんだよ。打開策もないまま反論か」
「そ、それは……」
 赤坂は顔を引きつらせて後ずさる。甲本の発言自体は、赤坂には正論に聞こえるのだ。窮地に追い込まれ、必死に代替案を練ろうとするも、冷静さを失った現状でまともな案が浮かぶはずもなく、ただ顔から噴出す汗の量を増やすだけだった。
 思わず甲本を睨みつけた目をそらすと、ハイヒールから伸びる白い脚線が視界に混入してきた。目を上げると、心配そうな顔をした依代がそこにいた。
 とんでもない醜態を晒してしまっている、と赤坂は依代からも目を背けようとしたが、とあることに気付いて甲本の方に振り向いた。
「そ、そうですよ。依代さんがやれば良いじゃないですか。依代さんほどの方なら絶対うまくいきますよ」
 赤坂の提案に甲本は、やはりそうきたか、というような表情を見せた。口には笑みすら浮かべている。
「あいつはな、ダメなんだよ」
「ど、どういうことですか!?」
「ダメなもんはダメなんだよ。とにかくそれ以外の案がないなら俺は帰るから。さっさと作業に入れよ」
 赤坂は驚愕した。自分が言った最良と思える案を、それまで表面上は正論を返していた人間が、理由もなく否定したのだ。瞳に光を失った赤坂を気遣う様子もなく、甲本は早足で食堂から立ち去った。
「あの、赤坂さん、大丈夫?」
 いつまでも立ち尽くしている訳にはいかない。甲本が去ったあとも呆然としている赤坂に、依代はたまらず声をかけた。それに反応して赤坂は依代の方へ油の切れたロボットのようにぎこちなく振り向く。
「は、はは、わたし、どうすればいいんでしょう」
 顔を引きつらせながら言う赤坂を見て、依代は頬に手をあて困ったようなそぶりをする。
「そうねぇ」
 数拍置いた後、依代は言った。
「まあ、やるしかないんじゃないかな、てへ」
 舌を出しておどけて見せた依代だったが、赤坂はその声を聞いた後、ビターンと顔面から床に倒れ伏した。

       

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