Neetel Inside ニートノベル
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 今日中にメンバ全員との面談を終わらせて、明日の朝会で今後の方針を説明し、無いに等しいプロジェクトの士気を高める、というのが、赤坂未尽が立てた計画である。
 舞浜の後に面談を行った依代には、上中里へのフォローや、今後多少無理してもらうかもしれないことを告げ、了承を得ることができたから、きっとその後の埠頭との面談も問題なく終わるものだろうと、赤坂は考えていた。
「これってさ、海上さんの分をあたしが引き取った方が良くない?なんでツッキーが抱える必要があんの」
 埠頭はテーブルに広げられた進捗管理表を眺めながら、赤坂の作業割に疑問符を呈した。
「え、ツッキーってわたしのこと?」
 赤坂が本筋とは離れた部分に反応する。
「そうだけど、気に入らない?御大将とかの方がいいかな」
「私はギム・ギンガナムか。まあなんでもいいわ」
 赤坂は意図的に会話を脱線させていた。海上の作業の件で真意を埠頭に悟らせないようにするためである。
「その件については依代さんとも話してるから心配ないよ。かわりと言ってはなんだけど、今途中までやってる私の作業を引きとってもらうから」
 赤坂はそう言うと、依代から転送されたメール内容を出力した紙を埠頭が見やすいようにテーブルへ置く。
「このパフォーマンス改善案件はプログラム修正もなくてインデックスを追加するだけだから簡単だよ。ただデータを用意してテストをするのが面倒だけど。わからないところがあれば私か依代さんにきいてね」
「ふーん、なるほど。了解」
 資料に目を通して簡単な説明をしただけだったが、埠頭はある程度理解した様子で、フムフムと頷いている。
「けどさー。まじであたしが舞浜の相手すんのー?あいつの相手するのすごい疲れるんだけど」
 埠頭が赤坂の方針に対して苦言を呈してくるが、言い分は最もなことだと赤坂は思う。
「私が課長と顧客との折衝の二重苦の中戦っていることを思い出しながら、もう一度その件について考えてみてください」
 赤坂が『相対的に見ればお前の悩みなど小さなもんだ』などという意図の発言をするものだから、埠頭も売り言葉に買い言葉で乱暴な発言をしてしまう。
「あたしだって、日々睡眠欲やら勤労意欲減退による眠気やら食後突如襲い来る瞼が上から下に下がって意識が飛びそうになる現象やらの三重苦と戦ってんのよ」
「それ原因一つだし。どんだけ眠いのよ……ああ、そうだ」
「なに、まだなんかあんの」
 埠頭がいつもけだるそうにしている半目をさらに細くした。
「明日からちゃんと朝から来てくださいね。朝会しますから」
「ええー」
「ええー、じゃないですよ。さっき『心を入れ替えてこれからはちゃんと会社にくる』って言ってたじゃないですか。なんだったんですあの決意表明は」
「朝から来るとは言ってない!」
「偉そうに言うな!」

 面談を終え、なんとか今後の目処もたったところで、赤坂はようやく自分の作業にとりかかる。自分の作業といっても、今日からとりかかるのはもともと海上が抱えていたものである。
スケジュールは3日遅れていたが、ボリュームとしてはそれほど大きなものではなく、作業完了日までまだ時間があったので、多少頑張れば取り戻せる、と赤坂は考えていた。
 実際、作業はトントン拍子で進み、一日目でほぼすべての修正作業が終わった。
(複雑なケースのデバッグは全部終わったから、明日残りを全部やればオッケーだね)
 一息ついたところで、コーヒーカップを手にとる。ホットで入れたはずのコーヒーは、既に冷たくなっていた。
「おつかれさま。今日は一日大変だったわね」
 依代の声に、赤坂は肩をすくめた。
「今なら落雷が真横に落ちても驚かない自信がありますよ私は」
「うふふ。死んじゃったら驚けないけどね。ところで、時間は大丈夫?」
 依代の言葉に赤坂はハッとして、PCの時刻をみる。
「アーッ、まっずーい!私帰りますね!」
 走っても終電に間に合うかどうか瀬戸際の時間だったため、赤坂は大急ぎで帰り支度をし、嵐のようにビルを飛び出した。

 終電にはなんとか間に合い、日付が変わって三十分ほどした後、赤坂は帰宅した。浴室でシャワーを浴びながら、一日のことを振り返る。
(いろいろあったなあ。びっくりするくらい、濃い一日だった)
 赤坂は、これまでにない特別な経験をした、と思う。この現場に入ってから毎日そんな事だらけのような気がするが、今回起きたことはこれまでのものを遥かに上回る爆発力があったと思う。
(こんなスリル、頻繁に味わいたくないけどね)
 浴室から出てふと携帯電話を見ると、依代からメールが届いていた。

title:今日は大変だったね
本文:あれだけ無茶を言われたのによくがんばったね。私もできるだけサポートするから、いっしょに頑張ろう!

 メールの本文ですべてが報われたような気がした。赤坂は嬉しすぎて、「一生ついていきます」という文章の後に常軌を逸した量のハートマークをつけてしまったが、ハートマークが百個を超えたところで我に帰った。
(こんだけハート入れたら、変な子だと思われちゃうわよね)
 トランス状態からもとに戻った赤坂は、ハートマークを二十個くらいに減らしてから、メールを送信した。

 翌日、赤坂はいつも以上に上機嫌で出社した。睡眠時間が短かったのにもかかわらず、とても寝覚めが良かった。この調子ならうちのプロジェクトも余裕で完遂よね、というようなことを本気で考えているような心理状態だったから、鼻歌を口ずさみながらエレベータに乗り込んでいたし、それを見た周りの人が変な目で見てこようと全く気にならなかった。
 作業場のドアを開けると、既に出社していた依代の周りに人だかりが出来ている。自分の席の前にまで多くの人がいたため、人ごみをかき分けて自席にたどり着くと、深刻そうな依代の顔が視界に入ってきた。
「どうしました?すごい人がいますけど」
「ああ、赤坂さん。実はね」
依代が振り返らず、キーボードを操作しながら、告げた。
「うちの担当している箇所で障害が起こっています。過負荷でDBが落ちちゃったみたい」
「ええっ!」
 赤坂は生まれて初めて、驚いた拍子にカバンをおとすという漫画のような貴重な体験をした。


つづく

       

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