Neetel Inside ニートノベル
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 神を否定することは意味のないことだ。なぜなら神は論理の外側にいる存在であり、人間が『超越的存在の最適解』として生み出す願望であるからだ。将来的に良い車を購入したいという願望を、「電車で事足りる」だとか、「そもそも軍資金はどこの泉から湧いて出るんですか」などと現実的な返答をしても、そこに訪れるのは不和のみである。こうあって欲しいという願望には「そうあればいいですね」と言っておけば良く、自身の意思を表示する必要性はそこに存在しない。
「いや、意味がよくわかんないわ」
 やっかいなのは、血液型占いなどで性格を分類するなどして人格攻撃を始める、他者の願望を知識として無自覚に取り込む人間がいることである。いくら「統計学的に根拠がない」とか、「性格が四種類な訳ないだろ」とか、「二千円は明日返すと言う私を信用しないで星占いは信用するっていうのはなんなの?」とかいっても、相手の心象が悪くなるだけなのだ。
「ごめんね、赤坂さん連日の作業で少しネジが飛んじゃってるみたい。大きな心で接してあげて」
 要するに、人間は根拠のない事象を事実として発言する場合があり、大抵の場合それは発言者の願望なのである。願望論が公衆の面前で発露された場合、取るべき行動はもちろん願望論を陵辱することではないから、心情的には「あの人は脳を構成するガンプラのパーツが余っちゃったんだろうな」とか、「ゆとり教育の真の被害者はゆとり教育世代でないのに『ゆとり』と括られた人たちよね」とか思わず、その人の人生自体は肯定してやれば良いのである。そういう人は、壺さえ売らなければ意外と良い友人として接することができるものである。
「いや、別にいいんですけどね、いつ終わんのこれ」

 深夜行われたバッチプログラム起動とデータ正常性の確認作業が終わったのが最終電車が出発して二時間後だったため、依代の発案で始発電車が出るころまで『たこわさ』がおいしいと評判の居酒屋で時間を潰すことになっていた。
 赤坂は、朝まで営業している居酒屋で七杯目のジョッキを両手に持ち、危険な泥酔状態にある。うんざりする埠頭と心配そうに眉をハの字にする依代をよそに赤坂は持論を垂れ流しながらビールを喉の奥に流し込んでいる。

 依代は、自分の不甲斐なさ故に赤坂を追い込んでしまっていると思い、反省した。
 埠頭は、こんなことなら無理にでもタクシー拾って帰ってりゃよかったと思い、反省した。


「DBが落ちたんですか?なんでです!?」
 赤坂は思わず大きな声で聞いてしまったので、周囲がざわついた。依代が「落ち着くように」と赤坂をたしなめてから、現状を報告する。
「原因はまだわからないな。過負荷でDBがダウンというアラートだけ上がってるみたいだけど」
「そんな、どうすればいいんでしょう」
 DBが落ちたとなれば、通常の障害とは重要度が全く違う。システムに依存している業務が全てストップしてしまうからだ。
「DBのロールバックはもう終わったから、あとは再起動するだけね。なんにしろ、うちでは依頼しかできないんだけど」
「じゃ、じゃあ私依頼してきます」
 ちょっと待って、という依代の言葉を耳にすることなく、赤坂はすでに運用チームの元へ走っていた。
(もう依頼してるんだけど……)

 DB再起動の緊急対策のあと、赤坂と依代は岡野の前に立っていた。
「なるほど、障害の内容はわかりました」
 岡野は二人の方を見ず、モニタを睨みながら報告に返答する。
「で、原因はわかったんですか?」
「まだわからないですね。バッチ起動時に落ちているのはアラートでわかるんですが、その原因はまだ不明です。これからバッチプログラムとログの調査しようと思っていますが、よろしいですか?」
 依代は岡野の問いにすぐ答え、今後の方針を提案した。
「そうですね。なんで落ちたのかがわからないとどうしようもないな。ちなみに当該バッチプログラムは月末までにデータが処理されていないとまずいので、本日現時刻から対応開始で翌日業務開始までに対応終了するように動いてもらえますか?」
 嫌な空気を感じて顔をひきつらせる赤坂とは対照的に、依代は淡々とした表情で「わかりました、失礼します」と言って踵を返したので、赤坂は慌てて岡野に頭だけ下げたあと依代を追いかけた。
(さすがというべきか、依代さんこういうのには慣れてるなあ)
 感心しながら依代のあとを追っていると、依代がくるりと振り返った。
「赤坂さん」
「は、はい。なんでしょう」
「ここからは、あなたが指示してください」
「えっ!」
 赤坂は心底驚いた。依代がリーダシップを取り、対応完了まで指示を仰げると踏んでいたからだ。
「依代さんがまとめてくれるんじゃないんですか?」
「あなた、今の自分の立場わかってる?」
 そういえばそうだった。自分は指示を出す立場に昨日不本意ながら就任したのだ。かといって立場からアイデアが湧いてくるなんてことはない。
「そういわれましても、わたしどうすればいいか……。さっきの岡野さんとの話もパルプンテ状態で立ち尽くしていただけですし」
「大丈夫、わからないことは私に聞いて。埠頭さんでもいいけどね」
 埠頭に何を聞くというのだ。朝に心地良く眠る秘訣か。そんなことを思いながらも、依代が力になってくれると聞いて心強く感じたので、赤坂はほっとした。
(さっき依代さんが言ってたのは、バッチプログラムとログの調査だったな)
 岡野とのやりとりを思い出しながら、赤坂は対応内容について考える。
「それじゃ、依代さんはバッチプログラムを見てもらえますか?埠頭さんが出社したら二人で分担して作業してください。さっきの依代さんの話だと、複数の共通部品を使ってるみたいですから、一人よりは二人の方が速いでしょう」
 依代は、わかりましたと言って、コクリと頷いた。
「ログの取得については、上中里さんにやってもらいましょう。ログ取得後、共有フォルダに置いてメールで情宣します」
「舞浜くんはどうするの?」
 障害発生時に遊ばせておくつもりか、という意味合いでの依代の言葉だろうが、赤坂は直感的に「彼に作業を振ってはいけない」と感じていた。もちろん根拠はないため、脳をフル回転させて「舞浜に作業をさせない理由」をひねり出す。
「舞浜さんはただでさえ作業が遅れているので、そっちを優先してもらいましょう。作業を振るにしてもそれ自体に時間がかかりそうですし」
 赤坂の意図に気づいたのか、依代はなるほど、と頷く。ふと依代から視線を外すと、上中里が既に出社しており、キーボードを叩いていた。
「問題なければ作業開始したいと思いますが、どうでしょうか」
「うん、いいんじゃないかな」
「それじゃよろしくお願いします。私はこれから上中里さんに説明してきますので」
 対応としてはこれで問題ない、と赤坂は思う。これまでの対応をしていたのは依代だから、調査もほとんど依代に任せてしまえばうまく進むはずだ。量的な問題が出てきても、すごいプログラマらしい埠頭氏がいれば大丈夫だろう。
 赤坂の誤算は、上中里に事情を説明する手間を工数として考慮していなかったところだった。

「え、どういう事ですか?」
 上中里は、たった今話したことの再説明を簡単な日本語で要求した。
「あのね。バッチ起動中にDBがダウンしちゃったから、その原因を調べないといけないの。上中里さんには本番サーバのログを撮ってきてほしいのよ」
「なんでおちちゃったんですか!?」
 赤坂は、ため息を付きそうになるのを必死に堪える。
「だから、これからそれを調べるんでしょ」
「なるほど、そういうことですね!」
 上中里は急に顔をしかめて、深刻そうなふりをする。それが赤坂にはたまらなく不愉快だった。
「で、どうやって調べるんですか?」

       

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