Neetel Inside ニートノベル
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 赤坂は上中里の側頭部を睨みつけながらなんとかエラーログを取り終えさせると、エラーログを共有フォルダに格納したことをPHSで依代に伝える。要件を伝えると依代がすぐに通話を終了させてしまったため、向こうで何かあったのかしらと疑問に思うが、とにかくさっさとこの部屋から出ようと思考の優先順位を変更した。ログを取り終えればログ取得端末のあるこの部屋にいても寒いだけだ。テスト用のサーバもこの部屋に設置してあるため、気温が非常に低い。現に上中里は鼻水を垂らしていた。
「は、はやくでまじょうよこのへや。わたしあとこの部屋に二、三十秒いれば凍死しておばあちゃんのところにいってしまいそうです。へっくし」
「おおげさだわ。キグナス氷河は氷の棺に閉じ込められても生きていたというのに」
 よくわからないツッコミを上中里に入れながら部屋を出ると、暖かい空気に肌が触れるのがわかった。紫色をしていた上中里の唇がみるみるうちに生気を取り戻していくのがみえたので、赤坂は少し可笑しくて笑った。
「そんなに寒かった?」
「そりゃあもう。鼻水で釘が打てるほどに」
 もうログは取りたくないです、と上中里はつぶやくが、そういうわけにもいかない。今後もシステム障害が起きる可能性は十分にあるのだから、頑張ってもらわないと困るのだ。特に上中里は、障害発生時はログを取る作業くらいしかおそらくできないだろう。人手が欲しい時になにもできないでは話にならない。
 赤坂は上中里に、アラートが上がらないことを祈っときなさいとだけ言って、エレベータのボタンを押した。これからまた1階まで下って、6階に上らなくてはならない。
「めんどうですよね。6階から21階への直通便があってもいいのに」
「だよねー」
「赤坂さん、なんとかしてくださいよ」
 1階から亀のような速度でエレベータが上がってくるのを階数表示ランプの明滅で確認しながら、上中里は妙なことを言う。
「何とかってどうすればいいのか。お客さんに文句言えばいいのかな」
「そこはもう、ビシッと」
 拳を突き出して上中里が言うので、赤坂は物騒だと思う。
「何もかも嫌になったときに、岡野さんの胸ぐらをつかみながら凄んでみることにするわ」
 エレベータが到着し、二人が乗り込んで上中里が「閉」のボタンを押すと、当然ながらエレベータのドアは閉まる。そのドアが完全に閉まる直前、赤坂のPHSが着信を告げた。
「はいはいなんですかーっと」
 ドアが閉まり、エレベータが動き出したところでPHSの通話ボタンを押すと、聞き覚えのある声が受話器から聞こえる。
「ああ、赤坂さん?依代です。あのね、しょ」
 通話はそこで途切れた。PHSの画面を見ると、電波状態の受信強度がゼロを示している。これでは通話できない。
「切れちゃった」
「エレベータの中って電波届かないんですよね。不便です」
 通話の途切れたPHSの画面を眺めながら、依代が言おうとしたことはなんだったのかと考える。「しょ」と言っていたから、障害関係のことだろうか?もしかしたら、とんでもないことが起きているのでは?
 通信手段から隔絶された世界に入り込んだ赤坂は、数十秒の間、様々な憶測を頭に巡らせ、恐怖していた。
 庶民感覚から隔絶された世界に入り込んでいる上中里は、赤坂の隣で、今晩どんなスイーツを食べようか思案にくれていた。


「あれ、切れちゃった」
 依代が持つPHSの受話器からは、会話の途中で通話終了の音が聞こえてきた。
「なんです?キレやすい十代がどうかしましたか」
「いや、さっきのこと教えとこうと思って赤坂さんに電話したんだけど切れちゃって」
 依代は埠頭の小ボケをスルーしながら答える。
「エレベータにでも乗ったんじゃないですか?そのうち帰ってくるでしょうし、その時言えばいいですよ」
「そうよね。じゃあ私は今後の対応方針を岡野さんに伝えてくるから、さっきの調査の件は引き続きお願いします」
 岡野というキーワードに反応し、埠頭は動かしていた手を止めた
「ついにあのアホに引導を渡す日が来たんですね」
「そんな日は待てど暮らせど来ないわよ」
 拳を強く握りしめて埠頭が妄言を言うので、依代はただ呆れる。
「あの人は現場責任者だからね、何をするにもあの人の許可がいるのよ。裏をかえせば」
 小さい声で、非常に面倒な存在ではあるけど、前置きをしたあと、依代は少々過激なことを言ったので埠頭は驚いた。
「うまいこと使えばなんでもこっちの思い通りになるってワケ」
 埠頭の肩をポンと叩いて、依代は離席した。埠頭はスタスタと歩いてく依代の後ろ姿を見る。なんであの人はこういう鳥肌がたつほど気色の悪いセリフを真顔でスラスラ言えるんだろう。そして疑問に思う。
(なんであの人は、現状に甘んじてるんだろう)
 少し考えて、結論のでないことについて考えるのをやめ、依代から指示された作業に集中することにした。出来れば依代が帰ってくるまでに原因を特定したいところだが、そう簡単に事が運ぶだろうか。いや、運ばない。
 一人反語遊びをしながらキーボートを叩きマウスホイールを上下させているところに、赤坂と上中里が戻ってきた。
「カミやんおつかれー」
「その呼び方をされると説教臭くなってしまうのでやめてください」
「えー。いいじゃん。かーみやん」
「なんか、バーミヤンみたいね」
 赤坂が口を挟んだのが、まずかった。
「お、いいねー。やるじゃんツッキー。じゃあバーミヤンで決定」
「なんでですか!ラーメンとか売りませんから私!」
「じゃあバーミヤンのロゴからとって桃尻とかどうかな?かわいいでしょ」
「尻じゃない!あれ尻じゃないから!ただの桃だから!」
「あんたねー、否定を重ねて妙案が生まれるとか思ってんの?何が嫌いかじゃなく何が好きかで自分を語れよ!」
「後半の名言関係ない!絶対関係ない!」
 なんだかわからないうちに二人がヒートアップしてしまったので、とりあえず落ち着かせようと赤坂は違う話題を埠頭に投げかける。
「あのさ、さっき依代さんが私あてに電話かけたと思うんだけど、何の用だったかわかるかな」
 埠頭は血走った眼で赤坂を睨みつけた。
「うるせー!そんなどうでもいいこと言ってる暇があったらバーミヤンの新ニックネーム案をひねり出せ!かっぱ寿司とかすかいらーくとか!」
(どうでもいいのはどっちだよ!)
 驚いたのは、上中里まで埠頭につられて怒号を飛ばしていたことだった。
「なんですかかっぱ寿司って!飲食業界から離れろ!というかニックネームから離れろ!」
「うるせえ!翼のもげたレイラ・ハミルトンみたいな顔しやがって!おとなしく仮面つけたアクションスターにでもなっとけ!」
「ワケの分からない例えしないでください!あとあやまれ!レイラさんにあやまれ!」
 異常な喧騒に赤坂が耳を塞いでいると、不意にポンポンと肩を叩かれたのに気づく。ドキリとして後ろを振り返ると、見知らぬ男性がそこに立っていた。
「なんだか、にぎやかですね!」
 男はやけにニコニコしていたから赤坂は少しの間呆気に取られたが、となりで姦しい怒声が二つわめき散らしていたのですぐに我に帰ることができた。
「うるさくしてすいません。すぐに黙らせますので。このMk22ハッシュパピーで」
「いえいえ、それには及びませんよ」
 男が申し訳なさそうに言うので、赤坂は余計に恐縮する。
「ところで」
 一通りの挨拶を終えたと判断したのか、男が赤坂に声をかけた理由を話し始めた。
「以前そちらから頂いたデータが動かないのですが、一緒に見てもらえないでしょうか」
 赤坂は、そりゃ大変だとか、うちの不手際があったんだろうかとか思う前に、ごく平凡な感想をこの発言から抱くのであった。

 お前は誰だ。

       

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