Neetel Inside ニートノベル
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炎上作番デスマチセブン
第二話 宣告

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「今期最高はレールガンに決まっているでしょうが!」
 出向先企業出社初日の赤坂は、本社から送られてきたPCを開発用にセットアップする作業を行っていた。統合開発環境やDB、ミドルウェアなどをPCにインストールしたり、開発用ツールをサーバからPCにコピーしたりしなければならない。
「お前はアホなの?悪魔契約をした人間の攻撃を防いだおっぱいアーマーが最強に決まってるでしょうが」
 セットアップは作業項目が多い上に、何かをしている待ち時間の最中に別の作業を行うことができない。手順書どおりの順序でセットアップを行わないと、不具合が発生する可能性があるためだ。
「あんな不自然な鎧があるか!あんなもんトルネコでも買い取らんわ!」
「なっ、貴殿トルネコを馬鹿にしおったな?絶対に許さない」
「ニゴリエースハオレノモノダー!」
ガッシ!ボカッ!
「いてえ!」
「俺は死んだ。スイーツ(笑)」
 赤坂未尽は赤くなった握りこぶしをさらに深く握り締め、言った。
「ちょっと静かにしてもらえません、ぶっとばしますよ」
 人中を抑えながら、短髪で七三分けの男が呻いた。
「お、おまえは俺が5年先輩だということを知っているはずだが」
「ああもういらいらするなあ!いらいらいらいら」
 赤坂は七三分け男にまったく反論する気がなかった。もとから彼らの話を聞く気がなく、うるさいかうるさくないかでギャラクティカマグナムの出力条件を設定していたためだ。
「ぶっとばしてからの発言じゃないよね。バグってるわ」
 仰向けに倒れたセミロングの男は、そのままの姿勢でかろうじて声を発した。額から煙を立てている。
 みかねて依代文乃は赤坂をなだめる。
「あ、あの赤坂さん。腐っても先輩なんだから、あまり失礼な発言はしちゃだめよ。あと職場内できれいな正拳の順突きと逆突きを披露するのもどうかと思うな。二人とも急所にはいってたから腰をもう少し落としていれば正確に殺せたかもしれないわ。おしかったね次はがんばりましょうね。でもここでしちゃだめ」
「俺は殺されるのか」
 七三分けの男は、小学校3年のときワゴン車に追突されかけたとき以来の戦慄を覚えた。
 室内は異常な雰囲気を察知して一時ざわついたものの、騒ぎの元凶が判明するや否や、「またあいつらか」「今日も元気でよろしいですね」などという声が聞こえたあと、すぐにもとの空気に戻っている。

 サブリーダーの吉良が出社していない件については、依代がそれ以上何も言わなかったので、追求することはしなかった。これほど落ち着いているということは、誰かがすでに何らかの策を講じているということだろう。依代のキーボードを打つ速さは、全部この人が裏で動いてくれてるんじゃないだろうか、と思わせるほどの安心感があった。
(そうすると、このひとは実はものすごい人なんじゃないだろうか)
 赤坂はそう思って、依代を勝手に尊敬し、勝手に頼りにすることに決めた。

 「インストール中」のプログレスバーが13%からなかなか動かないことに苛立ちを覚えつつ、先ほど依代から渡された数百ページに及ぶ業務資料の1ページ目をめくりながらうんざりする。「開発環境」と書かれたページを読むと、課長の甲本から事前に渡された資料には一切書かれていなかったことが山のようにあふれ出してきたため、軽い眩暈を覚えた。
 頭をおさえて「いったい何が起きているんだろう」と考えていると、依代が声をかけてきた。
「だいじょうぶ?だいぶ悩んでるようだけど」
 いつもニコニコしている依代を見るとそれだけで癒されるような気分になるが、目を戻すとすぐに現実に引き戻されるため、赤坂の情緒は早くも不安定になりかけていた。
「はあ、なんか事前に聞いてたこととちがうなというか。Javaって聞いてたんですけど、いろんな言語が入り混じってませんかこれ」
 中には今まで聞いたことのないようなプログラミング言語やDBの名前が跋扈しており、より一層の不安を掻き立てられる。
 そんな不安を知ってか知らずか、依代は変わらぬ笑顔で赤坂を見る。
「そうなのよねー。お客さんが最新技術を使いたがるから、要望として次々に案件が舞い込んでくるのはいいんだけど」
 そこで言葉を一旦切って、依代は小声で赤坂に耳打ちした。
「ここまで開発に使用する技術の種類が多いと、全部できる人なんて居るのかしらって思っちゃうよね」
 いないんだろう、と思った。保守やライフサイクルを考慮に入れず目先のキャッチーな技術用語に踊らされた結果、目も当てられないような状態になっているように赤坂には見える。
「どうしましょう、Javaの経験はありますけど、CとかVBは研修のときに少しやっただけで自信ないです」
「そうなんだ、でも大丈夫だよ。私だって何とかなってるし」
 何が大丈夫なんですか?という言葉を飲み込んで、そうですか、と赤坂は当たり障りない返事をする。依代の笑顔を見ているとなんだか大丈夫なような気がして頬が緩んでいる自分を発見した。

 出社して数時間たつが、現状どのような体制で業務が行われているのかまったく見当がつかない。依代には「とりあえずPCをセットアップしてね」といわれただけで、自分がこれから何をするのかの説明が一切ない。依代から説明があるかと思いきや、彼女はさっきから一心不乱にキーボードをたたいている。
 手を止めてもらうのも気が引けるので、軽い話題から触れていくことにした。
「そういえば現地には六人居るって聞いたんですけど、あと一人居ないような気がするんですが」
 赤坂の席はテーブルの端にあり、右隣には依代、前には七三分けの海上進、セミロングの舞浜佐波雄、長髪でおっとりとした女性の上中里葵が順に座っている。サブリーダーを除けばあと一人足りない計算だ。
「埠頭さんかな?さっき電話があって、午後から来るって」
 フトウ・・・・・・?どこかで聞いたことのある名前のような気がして、赤坂は眉を寄せて記憶の検索を始める。同期でそんな名前の人間が居たような気もするが、下の名前が思い出せない。
「フトウさん?男の方ですか?」
「いいえ、女の子よ。知ってるの?」
 うーん、と赤坂は言葉を濁した。そして、結論が出そうにないそのことについて考えるのをやめた。
 話題を変えて昼ごはんの話をしようとしたとき、赤坂の前に見知らぬ男がズイッと現れる。
「赤坂未尽さんですか?」
「え?はい、そうですけど」
 フルネームで呼んでくるこの人は何者だろう、と訝しんでいるが、向こうは気にせず話し始めた。
「Dシステムの岡野といいます。ちょっとお願いしたいことがあるんで、向こうのテーブルに来てもらえますか」
「えっ、どういう・・・・・・」
 依代が「お客さんよ」とそっと耳打ちするが、赤坂には意味がわからなかった。

「以上が本案件におけるシステムの概要となります」
 岡野の隣に座っている池上の説明が終わった時点で、赤坂の混乱具合は最高点に達していた。
(な、なにがおこっているの。いみがわからない。この人たちは何を言っているんだろう。何で私は呼ばれたんだろう)
 現状を何一つ認識できず、真っ白になっている赤坂を無視するかのように、岡野が口を開いた。
「何か質問などありますか?」
 二十人程度が座れるテーブルには、足りない椅子をどこかから持ってこなければいけないほど多くの技術者と思しき人たちが結集し、資料を見ながらいかめしい顔をしていた。しかし岡野の呼びかけに応じて質問するものはおらず、赤坂はまたそのことに驚愕する。
(わかってないの私だけ?話はおろか状況すらわかってないよ。どういうことなの)
 頭の中で「お前は何を言っているんだ」と言うミルコクロコップの画像がぐるぐる回っている。
「質問がないようでしたら、次項目の説明に移りたいと思います。田辺さんよろしく」
「あっ、あのっすいません」
 話を進めようとした岡野をさえぎるように、赤坂はたまらず声を上げた。
 今必要なのは現状把握だった。岡野は何の説明もなく赤坂を呼び出し、打ち合わせに出席させた。説明がないということは、岡野は「打ち合わせがあるということは聞いているはず」と思っているのだろう。だが赤坂は何も聞いていないし、新規案件の打ち合わせに参加している意味もわからない。
「えーと、わたしはこちらに着たばかりでして、あまりこちらのやり方とかどういう体制なのかとか詳しくわからない状態でして」
 考えうる限り最大限に言葉は選んだつもりだった。何で私が呼ばれたんですか、と大勢の前で言ってしまうと岡野のメンツをつぶしてしまうことにもなりかねないし、岡野がすでに自分の会社と何らかの合意を得ているのであれば、自社の信用も揺らぎかねない。不明な現状で自分以外誰も怪我をしない言葉は、非常に伝わりづらいものになってしまったが、赤坂にはこれが精一杯だった。
 岡野は、あーすいません、と申し訳なさそうに苦笑した。どうやら赤坂の発言は自分の軽度のミスから来たものと認識したようで、恥ずかしそうに頭をかいている。
 だが、岡野は赤坂の言葉を正しく認識していなかった。
 岡野は岡野の認識のまま、二十数人の前で宣告する。

「皆さんにご紹介します。吉良さんが体調不良で長期入院されるということなので、かわりに来ていただきました赤坂さんです。Javaの超エキスパートで数々のシステムを構築されてきたということで、システム構築の方法論や設計手法等いろいろアドバイスをいただけるとおもっておりますので、私も非常に期待しています。皆さんどうぞよろしくお願いいたします」

 赤坂未尽は座ったまま、十五秒気を失った。


つづく

       

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