Neetel Inside ニートノベル
表紙

炎上作番デスマチセブン
第六話 不確定要素起爆要因型時限式爆弾様障害(後編)

見開き   最大化      

「いや、大変だったのはわかるし、実際頑張ってると思いますよ。でもここまでイカれたモンスターに様変わりするとは思いませんでしたよ」
 赤坂が「定時になって帰ろうとする上中里の体を羽交い絞めにして制止し、スケジュール表を突きつけて説得している」くだりの5回目を話し始めたのを聞き流しながら、埠頭が愚痴を漏らす。
「まあまあ、こうやって無事終わって、お酒も飲めるんだからいいじゃない」
 ペンキでも塗ったかのように真っ赤になっている依代を見て、酔えない自分が不幸であると感じた。
「よくないですよ!多分あいつ一人じゃ帰れないでしょ。誰が送るんですか」
「それは、偶然近くの駅付近に住んでいることが発覚した、かなえちゃんれーす」
 醤油差しに話し続ける赤坂と、笑いながら赤坂の肩をたたき続ける依代を見て、もうこいつらとは絶対飲みに行かない、と埠頭は強く決心した。
 しかし、埠頭のその願いが叶うことはなかった。


 依代が岡野に提示しているのは、今後の障害対応スケジュールである。
「なるほど、これならいけそうですね」
 許可が降りた、と依代は判断した。あとはチーム内への説明と作業割だけだ。
 そう思った矢先、岡野が面倒な提案を口にした。
「うちのチームも手伝いますので、これにうちのメンバも入れてテストの作業割りやってもらえますか?」
 非常にありがた迷惑な申し出だった。別チームを巻き込んだ作業を行うというのは、「これから問題を起こします」と言っているようなものだ。依代は岡野の善意の提案を承服するつもりはなかったが、かといって無碍に断ることもできない。
「わかりました。ではある程度の作業をそちらにお渡ししますので、作業割はそちらでお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「ああ、そうですね。それで構いません」
 本来こういった作業は、例え下請けに全責任があったとしても、元請SIerがリーダシップをとってやるべきなのだ。それが最初から最後まで下請けに手配させて、自分たちは判子を押すだけという元請のやり方は間違っている、と依代はいつも思っている。
 しかし依代文乃はそのことを誰にも伝えることはしなかった。客に腹を割って話ができる人間がいないというのも一因ではあるが、「お前がやれよ」といったところですぐに出来るようなノウハウを彼らは持っていないし、持とうともしていない。彼らは問題が発生した場合に、責任の所在と再発防止策を考えたりはするが、それを誰がすべきなのかを考えたりはしない。書類が揃い、発表できる環境が整えばそれで良いのだ。
(ああ、不満なことばっかり考えてるな私。いかん兆候だ)
 岡野に軽く会釈したあと、岡野のせいで一手間増えた今後の作業について考える。思い切ってテストのほぼすべてを任せてしまうというのも手だろう。それが出来るだけの十分な人数を確保するという話を岡野から聞いている。出来るかどうかは疑問ではあるが、それはこちらの責任ではない。最低限の作業手順書を渡しさえすれば、こちら側に落ち度はないことの証明になる。
(いつからこういう考え方するようになったのかな私。嫌な人間だわ)
 色々と思慮を頭の中で巡らせながら歩いているうち、自席の方から賑やかな声が漏れに漏れまくっているのがわかったので、依代は「真なる敵は内に有り」という縁起でもない言葉を連想した。

「だからダブルゼータの最後に出てきたミネバは影武者だって言ってるじゃないですか!」
「いや、実は影武者のふりした本物かもよ!大体影武者が自供なんて怪しすぎるでしょ」
「なんの話?歴史の話題かな」
 ニコニコした表情の依代が戻ってきたので、赤坂は救世主ジャンヌ・ダルクが降臨召された、と思った。
「いや、確かニックネームの話をしていたはず」
「え、なんで影武者とかの話がでてくるの?」
 依代がドツボにはまり始めたので、赤坂は「もう奴らのことは忘れてください」と言って、外界から隔絶された言語を使う人々からの通信を途絶させた。
「依代さん、さっきの電話、途中で切れちゃったんですけど、なにかあったんですか?」
 赤坂は何事もなかったかのように依代に尋ねる。
「ああ、うん」
 依代が頷くと、「ちょっと待ってね~」と言いながらマウスとキーボードを操作し始めた。静かに端末を操作する依代を見て、いつもエンターキーを『ッターン!』と押下してしまう赤坂は、そのソフトなキータッチを見習いたいと思った。
 少しして、依代が手を止める。
「みんな、今メールを送ったから読んでね~」
 依代の言葉に従い、自席に座ってグループウェアを開くと、確かに依代から添付ファイル付きでメールが着ていた。本文には、今日行う作業の内容が時系列で書かれている。
「え、依代さん、これって」
「うん、そうなのです」
 依代はいつも以上に微笑んだあと、冷酷な言葉を発した。
「今日は徹夜です!」
「エッー!」
 誰もの予想に反して、一番に声を上げたのは舞浜であった。というより、誰もがその存在を忘れていた。
「まじかよ!今日ワールドカップの決勝ですよ!?正気かアンタ」
 この長髪メガネがサッカー好きだったとは全くもって意外だったが、そんなことは多摩川に現れたアザラシに住民票が交付されたことぐらいどうでも良かった。
「本気も本気。あと赤坂さんは、添付ファイルの作業割に目を通して承認してねー」
「は、はあ。承認って、どうやればいいんですか?」
「ボタンをバチコーンと叩いて、ファイナルフュージョン!とか言えばいいのよ」
 いつの間にか静かに自席に座っていた埠頭が、よくわからないことを言った。
「埠頭さん、変なこと言って赤坂さんを混乱させてはダメ」
 あ、ごっめ~ん、などと言って片目を瞑りながら舌を出す埠頭を見て、激しく脳天をチョップしたくなったが、もはやそれどころではない。
 さあ大変だ、と赤坂が資料に目を通し始めたところで、彼女はあることに気づいた。
「なんかいつの間にか話が進んでますけど、結局今回の障害の原因ってなんだったんですか?」
 赤坂は一番大事なことを忘れていたと思い、依代に質問する。
「あ、そう言えば報告してなかったね。すいません」
 依代がなぜか謝っているので、赤坂は恐縮した。立場としては赤坂が上長なのだから気に病む必要などないのだが、技術から折衝までありとあらゆることに関して能力的に遠く及ばない依代からこう言われると、不安な気持ちになる。
「いや、謝らないでください。それで、原因はなんなんでしょう」
「メールで送ったファイルの1ページ目を見てもらえるかな」
 依代が指示したファイルを開くと、バッチプログラムの起動スケジュールが書かれているドキュメントがモニタに表示された。業務終了後から起動されるプログラムの名称と開始時間、処理時間などが記載されている。
「で、今回障害が発生したと思われるプログラムがこれね」
 依代は赤坂のモニタを見ながら、ボールペンの背中である部分を指し示した。そこには今回障害が発生したバッチプログラムの名称が記載されていた。
「はい」
「2ページ先を見て」
 マウスホイールでページをスクロールさせると、また似たようなスケジュール表が表示される。ただ、今回表示されたのは先程まで表示されていた日時処理バッチ起動スケジュールではなく、年次処理バッチ起動スケジュールだった。
「これがどうかしたんですか……って、あれ?」
 赤坂がぴーんと来たので、依代はにっこり微笑んでその部分をまたボールペンの背で指した。
「わかった?そう、これなのよ。この大きいバッチと起動時間がバッティングしてる部分があるの」
 ほぼ理解した、と赤坂は思った。つまり、この半年に一回動く予定のバッチプログラムと今回障害が発生したプログラムが同時期に起動した状態になり、大量の処理が発生してシステムがダウンしてしまった、というシナリオだろう。
「なるほど、別のバッチのせいですか。でもこのバッチについてはアラートが上がっていなかったはずですけど」
 システムエラーが発生した場合、共通部品を使用してエラー報告を出力し、障害監視システムがそれを拾えるようにしなければならないとプログラム開発規約に書いてあったことをなんとなく思い出して、赤坂は疑問に思った。
「うん、このバッチはアラート上がらないのよ」
 ええ~、と赤坂は苦笑いした。よく顧客レビューが通ったものだ。
 しかしそうなると、わからないことがひとつある。やりとりの中で発生した疑問点を、赤坂はぶつけてみた。
「でもこれ、アラートが上がらないとすると、これが原因だっていうのはなにで判断するんですか?」
「いい質問ですね!」
 依代がどこぞのニュース解説員みたいなことを言うと、A4サイズの紙数枚を赤坂に手渡す。プログラムが吐き出したと思しき何らかのログがびっしりと印刷されている。
「アラートは上がらないけど、エラーログはひっそり吐いてるみたい。担当の人に言ってもらってきたよ」
 日付でエラー発生時刻付近をたどると、たしかにエラーが発生している旨が出力されていた。
「ああもう。バカ!なんなんですかいったい」
「うふふ。タイムスケジュールについては、再調整するように岡野さんにもう依頼しました。それで今日の夜は、完了しなかった二つのバッチプログラムについてのスケジュールを一旦削除して、一方のバッチプログラム完了を確認してから次のバッチプログラムを起動する、ということを手動でやります」
「なるほど、流れは大体わかりました」
 赤坂は長い間不明なままだった事がようやく解決し、スゥっと息を吐いた。ただ赤坂には、まだ一つだけ懸念材料があった。
「この半年に一回動くバッチは、エラーが発生してもアラートに上がらないままなんですか?」
「うーん、とりあえずそれはうちの持分じゃないからなんとも言えないね。かってに修正するわけにもいかないし」
 また面倒なことになるような気がするなあ、と赤坂は眉間にシワをゆせながら腕組みする。
「改修してもらうよう言えないですかね?」
「まあ事が事だから、やらないとはいけないと思うけど、優先順位としては低いでしょうね。運用でカバー可能だから予算が出ない気がするな」
「なるほどー。むむむん」
「一応次のリーダ会で提案してみたら?通常業務へ支障がひどいとか言えば運がよければ聞いてくれるかも」
 多分無理だろうなー、と思いながら、赤坂は今のやりとりをメモ帳に書き取る。
 今後がどう転ぶにしろ、とりあえず今日は徹夜で作業をしなければならない。それだけは確かなことだった。

       

表紙
Tweet

Neetsha