Neetel Inside ニートノベル
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炎上作番デスマチセブン
第三話 不測の必然

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 べ、別にあんたのために作ってきたんじゃないわよ。お弁当作るときに材料が余っちゃったから、残飯処理班としてあんたをよんだだけなんだから。勘違いしないでよねっ。

 赤坂未尽には、「空想上の素直になれない女の子」を好むという特殊な嗜好があった。実在すれば迷惑以外の何者でもないこの存在になぜ自分が惹かれているのかを、赤坂は一度考えたことがある。
 空想上の存在というのは、コミュニケーションをとる上で発生するリスクが極端に少ない。加えて欲望を満たすのに十分な見返りが用意されていることが多く、用意されていない場合でも妄想することができるし、それが人間関係へ直接被害を及ぼすことが少ないから、そこに快楽の一端を見出すことさえできれば、現実から離陸することなど容易いことなのだ。
 根底にあるものが妄想である以上、空想上の存在が自分を裏切ることなど有り得ない。言わば自分に対する絶対的な信頼感が、
(こんなこと言ってても、ほんとはわたしのことが大好きで、これから毎日おべんと作っていっちゃうけど、やっぱり素直になれないから強がり言っちゃって、家に帰ってから泣くほど後悔して、枕を抱えながらベッドの上を何往復も転がり続ける作業が始まっちゃうのよね)
という幻想を誇張している。他者に害をなすわけでなし、自身の精神安定にもつながるのだからこれほどよいことはない。
 赤坂未尽は、ポジティブな妄想こそ救いなのだと信じていた。

「赤坂さん、ちょっと、大丈夫?しっかりして」
 依代が赤坂の顔を覗き込むが、返事がない。目は開いているし、白目をむいているわけでもないから、意識はあるはずなのだが、声をかけたり目の前で手を振ったりしても、赤坂からは何の応答もない。
「赤坂サーバPing打っても反応ないね。どうしたのかなっかなっ」
 舞浜が軽口をたたいた。関係ないが、舞浜がある特定のキーワードを含んだ発言をするたびに、上中里がぴくっと反応しているような気がするなあ、と依代は思った。
 そんな依代の思案から程なくして、赤坂がようやく口を開いた。
「か、かんちがいしないでよね、べつにあんたのためにあんけんわたしてるわけじゃないんだから。たしゃがもうかかえきれないっていうからあんたのとこにおこぼれがころがりこんでるだけよっ」
「しっかりして赤坂さん!なんだかすごい恥ずかしい!はずかしい!はずかしいわ!」
 依代はにやつきながらも顔を赤くして赤坂の肩を強く揺らした。これ以上彼女に何か言わせるわけにはいかなかった。さっきから舞浜が赤坂の言葉を聞いたとたんにガハハと笑い出しているし、七三の海上はニヨニヨと薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ている。ただでさえやかましい自社の評判が、赤坂の加入でオーバーキル状態になることは避けたい、依代は強くそう願っていた。関係ないが、さっきから上中里が頭だけ突っ伏し、小刻みに震えながら机に頭突きをしているように見えるけど大丈夫だろうか、あとで声をかけたほうがいいかな、と依代は思った。
「はっ」
 マンガのような蘇生音を口にした赤坂は、ようやく瞳に光を取り戻した。
(あれっ、打ち合わせ終わったのかな)
 赤坂が気付いた頃には、すでに岡野主催の打ち合わせ時間は終了しており、赤坂はいつの間にかいつもの自席に座っていた。依代いわく、あさっての方向を見ながら自分で歩いて戻ってきたが、5分くらいは赤坂に何を話しかけても返答がなく困っていたらしい。赤坂は申し訳ないことをしたと思い、依代に詫びを入れた。
 直後、赤坂の脳内に、打ち合わせ時に言い渡された宣告内容が、今にもオーバーフローしそうなほどに急速展開された。
「ほぉぐば!」
 落ち着いたと思った赤坂から急に放たれた奇声に、依代は肩をビクンと反応させた。
「ど、どうしたの?気分でも悪い?」
 依代の言葉は間違っていない。ただ、依代と赤坂双方の意図は激しく乖離している。
 赤坂は、ようやく長い前置きにピリオドを打つべく、重い口を開いた。
「依代さん、すいませんがちょっとご相談したいことがあります。お時間頂いてもよろしいでしょうか」

「ちょ、ちょっとそれは、わたしだけでは判断できないなあ」
 依代は赤坂の話を聞いて、顔色を変えずに青ざめていた。赤坂の話を要約すると「わけがわからぬまま打ち合わせに引っ張り出され、逃走したサブリーダーの代替要員以上の存在として祭り上げられた」ということだった。
「はぁ、わたしはどうすればいいんでしょうか」
 依代に奢ってもらったコーヒー牛乳をすすりながら、赤坂は低い声で言う。
 赤坂個人に対する顧客の誤認も問題ではあるが、それ以上に厄介なのは、赤坂が打ち合わせで入手した資料によると、顧客からの依頼で持ち帰った案件の作業量が異常に膨大で、とても期日までに消化できるようなものではないということだった。
「うーん・・・・・・、むむむ」
 打ち合わせ場所をかねている広い食堂の片隅で、依代はやはり顔色を変えずに考える。
 これまで多くのプロジェクトに関わり、それをこなしてきた依代ではあったが、このような経験は初めてだった。調整役はいつも上長がやっていたし、むしろそういうことに関わろうとすると「余計なことは考えずに作業に集中しろ」と言われていた。
 自分の知識や経験だけではどうにもならないと考えた依代は、他者の介入で時間を稼ぐことにした。
「とりあえず、海上さんに相談してみましょうか。あの人も伊達に齢を重ねてるわけじゃないと思うし。心配しなくても大丈夫よ。何とかなるから」
 赤坂はいやな予感がしたが、話を聞いても顔色一つ変えない依代を信用し、はぁ、と頷いて肯定した。
 依代が出向社員全員に支給されているPHSで海上を呼び出すと、程なくして七三分けの男ががに股歩きで登場した。遠目から見ると海上は、たちの悪いごろつきのように赤坂には見える。
 よっこいしょ、と言いながら依代の隣に着席した海上に、依代は事情を説明した。興味なさげに話を聞いた海上は、食堂の窓から見えるビルを眺めながら気軽に言う。
「で、それがどうかしたの?」
「えっ」
「えっ」
 赤坂はあからさまに顔をゆがませ、海上を睨みつけた。海上はそれに気付いたのか、斜め上を見ながら引きつり笑いを浮かべている。それに気付いた依代が口を開いた。
「赤坂さん。先輩をそんな目で見てはだめよ」
「そ、そうだぞ。俺は5年先輩なんだから。もうちょっと目上の者を敬うって気持ちがひつよ」
「さっきから海上さんが大蛇に睨まれた子ウサギのようにプルプル震えちゃってるじゃない。繊細な生き物なんだから丁寧に扱わないとすぐに壊れてしまうわ」
「よ、依代。言葉選ぼうか」
 海上の言葉を意に介さず、依代は赤坂に反省を促す。赤坂は素直に応じ、海上にぺこりと頭を下げた。
「あ、いやわかればね。わかればいいんですよ。なんかよくないきもするけどいいや」
 話が脱線しているため、依代は海上に本題を切り出した。
「赤坂さんの件もそうですが、案件の量自体も非常にまずい状態です。加えてサブリーダーがいない現状、自社の全体を見渡せる人がいません。このままでは」
 依代の話の途中で、海上が割って入った。
「だからさ。現状の話はわかったての。それで?何で俺を呼んだわけ?俺はどうすればいいの?」
 依代は初めて顔を少し歪ませた。できることならお前など頼りたくない、その思いが海上には遠まわしなやりとりとして認識されている。
(この会社の社風がなければ、お前などに頼るものか)
 そう思いながら、依代は少し息を吐き、いつもの顔を取り戻してから、海上に要望を述べる。
「甲本課長と相談して、顧客との間に発生している認識の齟齬を解消してください」
「えー。俺あのおっさん苦手なんだよなあ。口からドリアンみたいな臭い吐いてるし」
「電話で話をすれば問題ないでしょう。第一本社に戻る時間なんてあるんですか?」
「いやまあそうだけどさ。口は悪いわ臭いわ屁はこくわ、毎日庶務のねーちゃんのケツ追っかけまわしてるわで最悪だろあのおっさん」
 甲本の人物像に関しては、社内で完全に認識が一致している、と赤坂は思った。
「そんなことは知っています。そしてそんなことは聞いていません」
 顔が笑っているが、言葉が一切笑っていない。赤坂はこの現場へ来て初めて、依代の黒い部分を垣間見た気がして、おしっこにいきたくなった。

       

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