Neetel Inside ニートノベル
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 いいぜ。

 てめえが何でも予定(スケジュール)どおりに計画(プロジェクト)が進むと思ってんなら。

 まずはそのふざけた幻想を――ぶち殺す!

「エッー!」
 赤坂は文字で形容しがたい奇声を発し飛び起きた。頭の先から足の指先まで、ぐっしょり汗で濡れている。
(今まで生きてきた中で最悪最低の夢を見たわ)
 赤坂は寝汗で重くなった布団を払いのけ、ベッドから立ち上がった。職場へのストレスからあまり眠れなかったためか、目にクマができている。
(パンダみたい。クマでパンダになるか。面白い、実に面白い)
 くだらないことを考えながらふと時計のほうに目をやる。アナログ目覚ましは、赤坂が見慣れない位置に針を置いていた。そういえば今日は何度か目覚ましを消した記憶があるなあと、はっきりしない頭で時計を手に取った赤坂は、10分後に家を出なければ遅刻が確定する現在時刻をみて、やはりまだ自分は悪夢の中にいるのだと実感した。
「エッー!」

 赤坂が所属する会社の出向メンバは、出向メンバ全員で行う打ち合わせなどは、作業を行っている部屋ではなく食堂を借りて行うことにしている。食堂は、昼間の食事時間以外に食堂として機能することはないため、空いている時間帯は打ち合わせ場所として活用されている。また、テーブルと椅子がたくさんあるので、打ち合わせ用途で使用されることが非常に多い。
 依代は、食堂の端にずらりと並んでいる自販機からカフェラテを購入し、いつも朝会を行っているテーブルへと歩く。海上と上中里はすでに席に着いていた。
「おはようございます。今日は早いですね」
 本当にそう思ったので、依代は素直に感想を述べた。
「なんだ、俺がいっつも最後に来てみんなを待たせているみたいな言い方じゃないか」
 海上は不服そうに依代を指差しながら言った。
「えっ、ちがうんですか!?」
 突然、上中里が朝の静寂を突き破るような疑問の声を上げたため、海上は腹が立つというよりびっくりした。
「きみらねえ、そういう冗談をいってるといい加減おじさんは怒りますよ」
「それならまったく問題ないですね。すべて事実ですから。海上さんの腹筋を崩壊させるようなユーモアセンスは、私にはありませんよ」
 あらあら、うふふとクスクス笑っている上中里は放って置くとして、海上には依代の発言一つ一つに「テメーいつもいつもむかつくんだよそろそろ脳みそバッファオーバーフローして弾けてここからいなくなれ!」という意図が感じ取れるような気がする。
 海上は、眉間にしわを寄せつつも薄ら笑いを浮かべながら、依代に応戦を開始した。
「いやいや依代ほどの腕であれば、甲本さんの優秀な片腕としてお膝元で立派にご活躍されるんじゃないですかねえ?いろいろ実績もあるみたいだし」
「あらあら、私のことを買いかぶりすぎですよ。せっかくのご提言ですけど、遠慮させていただきますわ」
 上中里は、向かい合ってバチバチと火花を散らしあいながら舌戦を繰り広げる二人を見て、今日も平和ですね、と思った。
 依代から数分遅れて舞浜も到着したところで、依代はあることに気付いた。いつもであれば自分より早く来ているはずの赤坂が来ていないのだ。
「赤坂さん見ました?」
「いや、みてないな。寝坊でもしてるんじゃねえの」
 海上がかぶりを振ったので、辺りを見回して別の場所に座っていないかどうか確認してみるが、それらしき姿はない。それならばと、依代は携帯電話を取り出した。
「電話してみますね」
 と、依代が携帯電話の通話ボタンを押そうとした瞬間、バダーン!という音がした。依代が何事と思い後ろを振り向くと、頭がボサボサの女性がこちらへ向かって、マイケルジョンソンのようなフォームで走ってくる。テーブル付近まで来たところで減速に失敗し、ずるりと足を滑らせ、豪快に転倒した。
「よお、台風のシーズンはまだだぜ赤坂」
 舞浜が欧米人しか反応できない高等話術で硬直した場の空気を和らげようとしたが、その場にいるすべての人間は、舞浜の存在を無視した。
 赤坂すぐに起き上がり、ぺこりと頭を下げる。
「す、ハァハァ、すいません、クハァ、おそくなりぶぁ、ハァハァ、なりました、ハァハァ」
「赤坂さんおはよう。とりあえずこれもって化粧室にいってらっしゃい」
 顔を紅潮させ、乱れた髪をさらに乱れさせている赤坂を見て、依代は予備のハンカチを渡した。赤坂はハンカチを受け取るや否や、ハイ!と大きな声で返事をし、化粧室へ向けて猛ダッシュしていった。

「以上が、昨日発生した問題になります」
 身なりを整えた赤坂が戻ってきたところで、朝会が始まった。依代は、昨日赤坂の付近で起きた事象についてをメンバーに伝えた。問題点を共有するために発表しているのだが、舞浜は耳垢をほじくりながら天井の照明を眺めてボーっとしているし、上中里はどこから持ってきたのかわからない高そうなティーカップで紅茶を啜っている。
「これらの問題について現場だけでは判断できないと海上さんが判断されたので、昨日甲本課長と相談していただきました。海上さん、その件についてよろしくお願いします。」
 赤坂には依代の発言に違和感があった。実際に課長へ報告して何とかしてもらうという判断をしたのは依代のはずだ。海上をたてるために依代が気を使ったのだろうか。
 そんな赤坂の思いに気付く素振りもなく、海上は依代の言葉を受け、甲本とのやり取りについて話し始めた。
「えー、とりあえず。赤坂がサブリーダーの代替要員であるというのは客の勘違いなので、甲本課長が言っておいてくれるとのことでした」
 赤坂はその言葉を聞いて、ほっと胸をなでおろした。これで顧客からの圧力は軽減されるというものだ。
 岡野に呼び出された打ち合わせの際、岡野からの説明では「サブリーダーは病気のため長期入院する」との説明を受けたが、赤坂はサブリーダーが「現場にいない」理由を自社の人間から聞かされていなかった。客からサブリーダーの消息の詳細を初めて聞かされるというのはいかがなものと思ったが、そういった自社の連携不足などは今に始まったことではない。
 依代から聞いた話によれば、ある日を境にサブリーダーとまったく連絡が取れなくなったとのことだった。サブリーダーは何らかの理由で、失踪を余儀なくされたのである。
「それについてはわかりました。案件量の調整については、どのような結果になりましたか?」
 依代は、もったいぶって話す海上を促すように、問題点の解決策提示について言及した。
「あーそれだけどね」
 しかし海上はやはりもったいぶって、目を閉じて一呼吸置いた後、テーブルに対して体を半身にし、握りこぶしを静かに置いて格好つけながら言う。
「俺がサブリーダーの代わりやることになったから」
 食堂が不気味な静寂に包まれた。妙な雰囲気を感じ取った赤坂が周りを見回すと、プロジェクトメンバの顔色が一変していた。
 依代は持っていたカフェラテをテーブルにゴトリと落とし、舞浜は椅子からずり落ち、上中里さえ驚いた表情を隠しきれないでいた。
「どうしたお前ら。突然の発表に驚いたのはわかるけども」
「い、いまなんとおっしゃいました?幻聴でしょうか、海上さんが現場を取り仕切る、的なことが聞こえたような気がしたんですけど」
 依代が、目の前の現実を認められないといわんばかりに海上に再確認を要求するが、海上が発する言葉は、依代にとっては非情なものとなった。
「だから、俺が現場で一番偉い人になるって言ってんの。案件過多も顧客と折衝してなんとかするから。進捗管理から見積もり作成まで、まあ俺が上長となったからにはお前らも大船に乗ったつもりで居たまえ。ハッハッハ」
 やたらと上機嫌になる海上の一方で、表情は変えずにテーブルのこぼれたカフェラテを凝視しながら微かに呟いた依代の言葉を、赤坂は聞いてしまった。
(終わった・・・・・・)

       

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