Neetel Inside 文芸新都
表紙

アンダンテ&スタッカート
第十二話「煙と飛ぶ鳥」

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「突然すみません、こちらの大学に在学してるということを聞いたので」
 派手な色合いで身を固め、まるで仮面だと思うほど化粧で塗り固められたその女性を前に、僕はそんな当たり障りのない一言を放った。
 彼女とは特に慣れ合うつもりも、今後関係を続けるつもりも全くない。なぜならば、彼女が亜希子の自殺原因の一つである「女子からの迫害」を仕向けた発端者である為だ。そんな人物と会わなくて良いのならば、僕は喜んで彼女の前に二度と姿を現しはしないだろう。
「別にそんなにかしこまる必要はないのに、明良くん」
 彼女は両手を合わせ、満面の笑みを浮かべてこちらを見つめている。多分彼女は気づいていないのだろう。亜希子の苛めの出来事を既に僕が知っているという事実を。
 ちなみに言うと、僕は彼女を助ける為に、助言を与える為に来たのではない。苛めの時の状況を確認するためにやってきたのだ。でなければこんなところに来る訳もないし、出会っても嫌悪しか覚えない存在の前と相対する気もない。
 少しでもヒントを手に入れる為には、この嫌悪感を抑え込まなければならない。
「久しぶりだね、日吉飛鳥さん」
 僕は握りしめた拳をほどき、そして日吉に向けて微笑んだ。

   ―アンダンテ&スタッカート―
   ―第十二話―

 日吉飛鳥の在籍している大学は、なんというか、あまり僕から見て趣味が良いとはとても思えない場所であった。誰よりも輝こうといった意識がとても強いようで、すれ違う者皆色の付いた服装であるし、化粧にも力を抜く気配は全くない。誰もが仮面をかぶっているように見えて僕は彼らは本音で語り合うことはあるのだろうかとすら疑問を覚えた。
「うちの大学、すごいでしょ」
 日吉は満足そうに微笑みながら僕を見る。ああそうだね、と笑みとの苦い顔とも分からない曖昧な表情を返事として返しながら、僕は周囲を見つめる。
 ここには多分、修二のような飾らないし群れないのに、完璧である男性も、亜希子のように静けさを求める女性もいる気はしなかった。いや、日吉自身がきっとそういった者のいる学校を除けたのだろう。でなければここまで別の意味で完璧な学校はそう見つけられないものだ。
「ユキヒト君から連絡が来た時は驚いたわ。話がしたい奴がいるって」
「僕も、まさか受けてくれるとは思ってなかったんだ」
 当然のように彼女の連絡先を知らない僕はユキヒトを経由して彼女とのコンタクトをとった。ユキヒトは状況を知っているからか、すぐさまに連絡を継いでくれた。暫くしたら、彼とも情報の交換をしてみる必要があるかもしれない。彼も何かを掴んでいそうな気がするのだ。
「同窓会の時も全く会話はなかったものね」
「ああ、というよりも僕が要ること自体知らなかったんじゃないのかい?」
「知っているわ。クラスメイトの顔は今でも覚えているもの」
 じゃあ亜希子の顔もはっきりと覚えているかい。と僕は思わず聞きたくなったが、それをこらえ、それはありがたいものだと当たり障りのない返答で済ませる。
「それで、一つ聞きたいことがあるんだ」
「ここ最近の失踪と、殺人事件のことよね」
 すべてを見透かしたかのような彼女の発言に、僕は思わず目を見開いた。流石にこの本人達にとってはとても分かりやすい順序に、感づいている人間がいる可能性は十分に考えていた。だがそれよりも気になるのは、彼女がそれに対して危機感をそれほど感じていないように見えたからだ。
「知っているの?」
「あれだけいつもやっていれば分かるわよ。それに、ユキヒト君がやってきて色々と会話もしたしね」
「ユキヒト?」
 どうやら彼も独自に行動はしているらしい。同窓会を開いてすぐに起こった事に関しての責任感なのか、はたまたいつもの彼のお人好しが高じてのことであるのか。ともかく、僕はユキヒトと一度会話を交わす必要があるのかもしれない。
「それで、ユキヒトとはどんな会話を?」
「なにって……」
 そこで日吉は口を濁す。その理由は、大体分かっているが、それを口に出してしまえば多分これ以上情報を引き出すことは多分無理だろう。だが、彼女が亜希子の自殺の原因を作ったと知っていると伝えなければ、話は進まない。
 随分と面倒なことになったものだ。
「ユキヒトから聞けばいいと思うわ」
「何故、君から言う事ができないんだい?」
 日吉は髪に指をさらりと通し、そして僕から視線を逸らす。
「とにかく、何度も聞かれるのは面倒なの」
 その、あまりにも他人事であるかのような言葉に対して、僕は弾けた。
「亜希子の苛めを行っていた面子が次々と被害に遭っているのに、どうしてそんなにも自分が関与していないようにふるまうんだ?」
 その言葉で、日吉は驚き、そして納得したように眼を細めた。
「やっぱり、知ってたんだ。そうよね、それじゃなくちゃ来ないわよね」
 誰から聞いたの。日吉は熱をもった言葉を吐きだしながら、表面上は非常に冷静に、それでいて非常に落ちついた風で会話を続ける。
 今すぐにでも胸に掴みかかりたい。異性であるとか、そういうことはこの際どうでもいい。そんな思考を必死に飲みこみ、あふれそうな感情を拳を握りしめることで微少ながら消化しつつ、僕は微笑む。
「誰からだっていいさ。ともかく、僕は別に君と言い合いをする為に来たんじゃないんだよ。僕は、この被害を最小限に食い止める為に君に話を聞きに来た」
 でなければ君の前には現れないよ。出かかった言葉をかき消す為に頭を必死に振った。視界が回る。感覚も回る。それによって出かかっていう感情が若干薄れたような、そんな錯覚を覚えた。いや、錯覚として落とさなければすぐにでも僕は活動を開始してしまうだろう。
 ふう、と日吉は一度だけ息を吐きだすと構内の隅にひっそりと設置された、時間の経過を感じさせる色の落ちたベンチに腰掛け、そしてやけに光を内包する鞄に手を突っ込み、暫く動かした後、煙草と共に鞄から手を出した。
「煙草、吸うんだ?」
「ええ、最近はこれがないとやってられないのよ」
 いよいよ被っていた仮面を外し、随分と砕けた姿勢を見せ始めた日吉を見て、僕は再び気を引き締める。先に激昂した方がきっと負けだ。なにも解決せずに終わってしまっては、亜希子の頼みを遂行することは無理となってしまう。
 日吉のこの性格だ。ユキヒトでは取ることのできなかった情報がきっとある筈なのだ。後で彼と連絡を取るとしても、僕側にも十分な手土産がなくてはならない。彼はそんなことを気にすることはないと思うが、それでは僕が駄目になる気がするのだ。
「ちなみに、ユキヒトにはどこまで言ったんだ?」
「そうね、まるで亜希子の亡霊のような犯人だってことかしら。あいつ虱潰しに同窓会の面子に当たってるみたいで、数人が私に聞けば分かるかもとか言ったらしいのよ。ついでに亜希子を苛めていた人物が軒並み被害に遭っている事も言ったそうだわ」
「それで、ユキヒトは?」
「あれほどのお人好しはいないわね。例え君たちが原因を作っていても、人殺しはしてはいけない。死をもって償う事はできないって言って、最大限俺にできることをするってひたすらに言ってきてね」
「へぇ」
「苛めに加担していた面子を覚えている限り伝えて、ああ連絡先も教えたわ。そして何か異常があったら彼にすぐ言うことにもなっていたかしら」
 一本目が早速消費され、携帯用の灰皿にぶっきらぼうに詰められた。日吉はすぐさま日本目を取り出すと口に咥え、ターボライターで着火するとうまそうに一度強く吸い込んでから、ゆっくりと煙を吐きだした。
「彼も必死みたい。一体何が彼の行動理念になっているのか全く分からなくて、少しだけ気持ちが悪いけれど、まあなんであれ私の命が繋がるのならそれでいいわよ」
「それは良かったね」
「もしもここでユキヒト君が私が苛めを始めた原因だってことを知ったら、護ってくれるか分からないじゃない? いや、もう知っているのかもしれないけれど」
 多分彼は感づいているだろう。それほど馬鹿ではないし、それ以上に行動や計画に対しては熱心な男だ。同窓会のスムーズさを見ていれば、彼がどれだけ細かい計画を練っていたかよく分かる。
「それで、君はこれからどうするんだい?」
「さあ、とりあえず一人で行動することは辞めたわ。それに、警察だってちゃんと動いてるんですもの。もしもの時はユキヒト君に助けてもらえばいいしね」
 二本目を吸い終わった辺りで、彼女は立ち上がった。
「そうだ、そういえば、一つだけ思い出したことがあるわ」
「……思い出した事?」
「高校の子で、苛めにも加担していない子が一人行方不明になってるの」
 被害者の中に隠れることで、行動しやすくなっている人間が一人だけいる。日吉の言葉はそういう風に聞こえた。苛めの加担者といっても多分人を知り尽くしているのは日吉だけであるだろうし、多分ユキヒトに伝え切った時に気付いたことなのだろう。
「この子だけ、随分前に失踪してる、というか家で扱いなのかな。多分私達が卒業してまもなくの頃だったと思うの」
「クラスメイト?」
「私も顔を覚えてないからよく分からない。警察も二年近く見つかってないから多分匙を投げてるみたいだし……」
 日吉は腕を組み、唸りながら思い出す素振りをして、暫くして眼を開けると僕に向けて首を振った。
「名前は?」
「確か、西田遥、だったかしら」
 僕はその名前を忘れないように携帯のメモに打ち込み、そして今後調べていくべき指標が見つかった事を内心喜んだ。数年前の行方不明と今回の出来事が繋がっているかは全くもって分からないが、それでも調べてみる価値はあるかもしれない。いや、そう思い込んで調べるしかないだろう。
 これ以上の情報は手に入らないだろう。ユキヒトとも連絡を取り合いたいし、僕はそろそろ日吉から離れようと考え始める。どうやらその考え方は彼女も同じ様で、妙にそわそわして僕を見ている。
 一言言って、別れてしまおう。そう思った時。
「そうそう、も全部知ってるんだろうし、最後に一つだけ、私が亜希子を嫌っていた理由を教えてあげようか?」
 日吉は意地悪げに表情を歪ませると、君の悪い笑みを浮かべる。他人から見れば魅力を感じる表情なのかもしれないが、僕にとっては嫌悪以外何も感じない顔であった。
「……なんだよ」
「何もないの」
「何も?」
「そう、ただ丁度いいのがいたから、狙っただけ」
 それ以上は、彼女の顔を見る事ができなかった。いや、見ていたら僕がどんな行動に出るのか、容易に想像できたからこそ、見てはいけないと思った。同時に、ああ彼女は僕が亜希子に好意を寄せていた事も知っていたのだろうな、と感じ、そして煮えくりかえるはらわたを必死に抑え唇をかみしめる。
 きっと、その時の彼女の表情は、とても醜かったのだろう。
 そして、彼女は今でも誰かを標的に自らのストレスを発散させているのだろう。
 これ以上、日吉飛鳥を知りたいと、いや知識として脳に居座られたくなかった。

   ―――――

「突然呼んですまないね」
「別に気にしないさ、聞きたいことも大体分かってる」
 あの時と同じ古びた喫茶店で、僕は再びユキヒトと合流した。相変わらず店員はいつの間にかいるし、注文するとすぐ消える。全くもって不思議な店であるが、やはりここが最も居心地がいいと思った。
 ユキヒトは以前あった時よりも大分ふっくらしていた。再会からそれほど経っていない筈なのに、意外と肉という存在は簡単につくものだと思わず感心させられた。だが元々体格の良い彼に肉がついてもそれがやけに目立つわけではなく、どちらかといえば健康さを更に際立たせている存在に見えるのであった。
「前よりも少し太った?」
「最近生活バランスが悪くてな、色々と崩れてるみたいだよ」
「そっか、体調だけは気をつけろよ」
 ユキヒトは優しげな眼をこちらに向けながら、一度だけ頷く。やってきたコーヒーを口にして、いつもより苦みのある味に少し顔をしかめてから添えてあった砂糖とミルクを投入した。黒々とした液体の上にたちまち白線が敷かれ、ぐるりぐるりとその小さな世界に落書きのような絵を書きなぐっていく。僕はそこにスプーンを落とすと容赦なくぐるりとかき混ぜてみる。すると先程まで滲むように混じっていた白と黒が、ブラウンに近い色合いへと変化し、硬質的なイメージを思わせる黒を跡形もなく消した。
「それで、君は今何を調べているんだい?」
 程良く混ざり、味も柔らかくなったコーヒーを啜りつつ、僕はユキヒトにそう問いかける。
「そうだね、僕は今のところクラスメイトの女子に、それまでの関係性を聞いていってるよ。そうすれば、誰がどういう考えをもっていたのかも分かるし、この法則性に強い怒りを覚えていた人間が出てくるかもしれない」
 そう簡単に言うとは思えないけれども、と彼は続けると肩をすくめた。
「それほど進んでいるわけではないのかい?」
「そうだね、日吉に聞いた話でやっと一歩前進したくらいだよ」
 君はどうだい。彼は僕にそう問いかける。
「そうだね、色々と辿って言ったけれども、また核心に近づける気配はないよ。やっと見つけた二つの人間を追ってみれば何か掴めるかな、ってくらいなんだ」
「誰と誰なんだ?」
 僕は一息置く。これは、一人で調べるべきことなのだろうか。いや、けれども一人よりも二人の方が情報が更に入ってくる可能性があるかもしれないのだ。それに彼は、この事件をそれなりに知りたいと動いてくれているのだから、信用ができる。
「サチ、そして西田遥という名前なんだ」
「……聞いた事がない名前だけれど、一体どこから?」
「日吉だ」
 正確に言えばサチという存在に関しては日吉ではない。だが、日記だけは僕だけの情報にしておきたかった。だから、僕はここだけあえて嘘をつくことにした。
「ユキヒトはこれからもローラーをかけていくのかい?」
「そのつもりだよ。それくらいしかできない」
 そうだろうねと、同じ行きどまりの僕も自重気味に笑った。結局、情報という情報は大してなかったし、ユキヒトも何か分かり次第伝えると言ってくれたが、多分望み薄だろう。
 彼が亜希子に対して何も言わないのも、多分僕を思ってのことなのだろう。事情が分かった今、何のために行動しているかを問うのはあまり良くないと思っているようだ。
 亜希子を死へと追いやった理由を知る人物の連続死。単純に考えれば、殺人犯は僕かもしれないと考えるのが普通である。

 暫く会話に花を咲かせてみるが、やはりというか、なんというか情報という情報は結局最後の最後までなかった。僕は少し落胆しながら、とりあえず帰宅してから今後について考え直そう。こんがらがった思考を整理しようと思い立ち、ユキヒトと別れてから暮れかけの日を背に街中を歩き始める。
「あら、久しぶりね」
「雪咲さん」
 途方に暮れる僕に声をかけてきたのは、赤い眼鏡が目立つあの女性であった。

   つづく

       

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Neetsha