Neetel Inside ニートノベル
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「闇よ、風の刃となりて敵を切り裂け。『ウィンド!』」
 男が唱えると、黒き風がスライムを襲った。
「闇よ、雷となりて敵を討て。『ダークライトニング!』」
 黒き雷がスライムに落ちた。
「闇よ、壁となりてその純粋なる力で敵を押しつぶせ。『ダークプレス』」 
 黒き壁がスライムにのしかかった。
「プシュルルー」
 そのすべてが確実にスライムに襲い掛かった。
 並みのモンスターなら死体すら残ってはいなかっただろう。しかし、このおぞましいスライムはいまだ健在だった。
「ちっ、これだけ受けて無傷かよ」
 男が悪態をつくのも無理は無かった。
 なにせ、男は決して手を抜いていたわけではなかった。むしろその逆だったとも言える。いつものボスクラスのモンスター程度ならば確実に殺せていた。
 それだというのに目前の敵は傷ついているのかもわからない。男は悟る、力の差は圧倒的であると。
「ちょっと……」
 迫り来る確実な死というものに焦る男の背後から声が掛かった。
「なんだよ」
 まだ居たのかと言わんばかりの男のぶっきらぼうな言葉に女は少しむすっとしたが、ここは我慢だと脊髄反射レベルで飛び出そうになった拳と言葉を押さえ込み、男を見据えてきわめて短く簡潔に要求する。
「バーサクとドレイン」
「は?」
「バーサクとドレインよ!」
 女はあきらかに不機嫌な様子で持っていた剣をこつこつと地面に叩きつけながら男に催促する。
「バーサクとドレインだぁ? お前何言ってるのかわかってんのか?」
「いいからさっさとしなさいよ」
 こつこつと地面を叩く音がより速く、強くなり始める。
「し、しかしだな」
 あきらかに削られていく地面に男はたじろぎ、どうしたものかとせわしなく首をスライムと女の交互に振り、頬をかいた。
「ったく、さっさとしなさいって言ってるでしょ!!」
 イラつきが頂点に達したのか、唐突に女は持っていた剣を渋る男にめがけて叩きつけた。
「う、うぉお……」
 いきなりの女の奇行に男はその場で腰を抜かしてしまう。
「って何しやがる!」
 数秒放心した後、男はすぐに立ち上がって女に抗議を開始した。
「どうせこれのおかげでなんともないんでしょ!」
 女が言うとおり、男の体には傷一つ付いておらず、代わりに女が剣で指す男の周りを舞っていた羽の何枚かが黒い光となって霧散した。
「ま、まぁそれはそうだが、しかし、やっていい事と悪いことが……」
「それに、あんた『アレ』、まだやってないでしょ」
「あ、あぁ、うんアレは詠唱に時間がかかってとてもじゃないけど援護なしじゃ……」
 まったく自分の言葉を聞こうとしない女に呆れながらも男はそこまで言い、はっと気づいたように視線を上げ女に向ける。
「じ、冗談だろ?」
「残念ながらエイプリルフールはもう過ぎたよ、フェンリル」
 そう言って不適に口の端を吊り上げた女は、早くしろといわんばかりに胸を張った高圧的な態度で男をにらむ。
「ったく、どうなっても知らねぇからな!」
「えぇ、上等だわ」
 こうなった以上自分ではどうすることも出来ないと分かった男は、覚悟を決めたように女に向き直り詠唱を開始した。
 と、同時に女の体には黒い蛇のようなものが足から徐々に螺旋を描きながら巻きついていく。
『ドレイン!』
「痛っ」
 女が苦しそうに声を上げるも、男は気にした様子も無く次の詠唱を開始する。気遣いをしようものなら逆に女に怒られてしまうと分かっているからだ。
 次の呪文を男が唱え始めると、今度は女の顔が黒に染まっていく。それも徐々に、まるで大きな蛇に頭から体を飲み込まれていくようにだ。
『バーサク!』
「――ッ!」
 女は痛みで声も出せず、その場にうずくまる。
「おいおい、言ったこっちゃ――」
「よっしゃ! さっ、いくわよ!」
「うぉっ」
 男が気遣ったのも一瞬だけで、女はまるで苦しがっていたのが演技だったと言わんばかりに勢いよく立ち上がり、体の調子を確かめるようにしてその場で何度かはね、拳を握り、そして準備は整ったと首を左右に振り骨をぽきぽきと鳴らす。
 男はというとその様子を心配そうに見るしかなかった。どうせ聞きやしない。そんな事男は骨にしみて分かっていた。
「なに情けない顔してるのよ。あんたが要でしょ」
「お、おう任せな!」
 そういって女は、走り出す直前、心配そうに自分を眺めていた男に投げキッスと軽くウィンクを送り、紫色のおどろおどろしいモンスターに駆け寄った。
「ったく、無茶しやがって」
 照れからか、少し頬を赤らめた男は猛然と敵に向かっていく女の背中をしっかりとまぶたに刻み、そのまままぶたを閉じてぶつぶつと詠唱を開始する。
 詠唱を開始した途端に男の足元には複雑な幾何学模様を伴った円形の魔法陣が現れ、ゆっくりと回転し始める。

       

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