Neetel Inside ニートノベル
表紙

七人のオンラインゲーマーズ
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「ちょ、ちょっとこんなの聞いてないわよ」
 男と女が居た。
 一人は黒いローブを身にまとい、一人はショートソードにやたらと露出度の高い軽めの鎧。
「こんなに強いだなんて……」
 二人のうち、ショートソードを持った女が愚痴のように漏らした。その愚痴は、隣に居た男に向けて発したものだったが、肝心の男はというと目の前に居た紫の塊を凝視し、自らの背筋を伝う悪寒に身を震わせていた。
 男に走った悪寒の正体、それは青々と木々が生い茂る森の中で完全に逸脱してしまっていた。
「キシャァ」
 うごめく紫のそれは、ベトベトというより、ドロドロとしたスライム状の体を震わせ、声としては不可解なほど高い音で不機嫌そうに鳴いていた。
「――ッ!」
 その声は木々を揺らし、二人の鼓膜を襲った。
 そんな音を発したスライムの体はやや透明めいており、薄ぼんやりと向こうが透けて見える。しかし、向こうが見えるより先に二人の目に映っていたのは消化中なのだろうか、何かの骨、そして生き物であったであろう物の肉が腐乱した状態でふわふわと漂っている様であった。
 また、スライム自体は強い腐敗臭を辺りかまわず漂わせ、美しい森の木々の生命力を奪う。
 まさに生理的嫌悪という言葉を辞書から引っ張り出した。そんな風貌だった。
「私の剣がまったく効きやしないじゃないの。どうするのよフェンリル!」
「うるせぇな! どうするったってやるしかないだろ」
 絶望色に瞳を染め、ヒステリックに叫び始めた女を背に隠すようにして、男はのそのそと粘液をたらしながら近づいてくるおぞましいモノとの間に割って入る。
「漆黒の翼よ我を守りたまえ。『シールド!!』」
 男が持っていた杖を掲げ、短く唱えると同時に辺りに黒い閃光が走り、瞬時に男はその闇に包まれた。
「きゃっ」
 男のすぐ後ろにいた女は突然の出来事に驚き、持っていたショートソードを危うく取り落としそうになるも、二、三度空中でお手玉をして何とかその手に剣をおさめる。
 女は続けて頭を軽く左右に振りなにが起こっているのかを把握するために大きく深呼吸してから息を落ち着かせ、ゆっくりと男のほうに顔を向け、その光景に目を細めた。
「本当は見せたくなかったんだがな、まぁ仕方ないよな」
「フェ、フェンリル?!」
 女が驚くのも無理はなかった。なにせ、男の周りにはカラスの羽のような漆黒の物体が何枚も旋回しながら浮遊していたのだ。
 そう、男は魔法使いだった。

     

「な、なによ。そんなのがあるなら初めから使いなさいよ!」
「へっ、すまねぇな、こいつはまだ一人用でな。ちゃんとマスターしてから驚かせてやろうと思ったんだけどな」
 少し恥ずかしそうに鼻の頭をかく男は女にそう言ってから、照れ隠しの意味も含めて視線を女から目の前のドでかいスライムに移す。
「なるほど、キングゾンビスライムね。噂どおりの大物、上等じゃねぇか! やってやるよ!」
 男は目の前に居たそれの名前を呟き腐敗臭と一緒に弱音代わりのつばを飲み込んでから声を上げて気合を入れる。
「漆黒よ、光を飲み込め」 
 男は先ほど張った声とは対照的な小ささ呟くようにして唱え、そのまま口元に不敵な笑みを浮かばせ腐臭のする敵を睨んだ。すると、男の周りを回っていたのとはまた違う、細い黒が男の頭上に何本かは突如として現れた。
「喰らいな、『アロー!』」
 男は叩きつけるように叫び、持っていた杖をスライムに向けて力いっぱい振り下ろした。
 男が杖を振り下ろしたと同時にシュッ、シュッと風切りのような音が短く鳴り、男の頭上でふわふわと浮いていただけの棒状の黒達は、まるで意思でも持っていたかのように男が唱えた言葉通り矢のごとくすばやく、まっすぐとスライムに向かって吸い込まれていく。
「キシュ……」
 男の魔法を受け、スライムは苦しそうに声を上げて二人に近づく速度を緩めた。
「や、やったの?」
 少し弱った様子のスライムを見て、歓喜を含んだ声でぼそりと女が呟く。
「いや、気休め程度だ」
 やれやれといった風に肩をすくめた男の言う通り、スライムが止まったのは一瞬で、また二人の方へとのそりのそりと、だが確実に移動を再開した。
「う、嘘でしょ?」
「残念ながら本当の話さ」
 男はそう言うとがっくりと肩を落としてその場で立ち尽くす女を一瞥(いちべつ)し、再び詠唱を始める。
「闇よ、風となりて我の足となれ。『スピードアップ』」
 男が言うと今度は女が黒に包まれ、そして光る。
「ちょ、ちょっと、私の速度なんて上げてどういうつもり? あいつには近距離攻撃が効かないのは私の剣でわかってるじゃない!」
「じゃ、役立たずはさっさといなくなっちまうんだな」
 鼻で笑うようにして男は言い捨てると、女を背後にかばったまま違う呪文の詠唱を開始する。
「なっ、そんな言い方ってないんじゃ……」
 途中まで言ってから、女は言葉を飲み込んだ。なぜなら、いなくなれと言って自分を見放したというのにかけたのは速度が上がる魔法。消費魔力が低いとはいえないこの呪文を、わざわざ役に立たない人間にかけるのだろうか。
 そんな事は、聞かなくてもわかった。しかし、女は自分で言った通り自らの攻撃がまったく効果を発揮しないというのも分かっていた。
 それ故に女はただただ唇をきつく噛んで拳を震わせ、男の背後で無様に使い道の無い剣をぶら下げながら立ち尽くすしかなかった。

     

「闇よ、風の刃となりて敵を切り裂け。『ウィンド!』」
 男が唱えると、黒き風がスライムを襲った。
「闇よ、雷となりて敵を討て。『ダークライトニング!』」
 黒き雷がスライムに落ちた。
「闇よ、壁となりてその純粋なる力で敵を押しつぶせ。『ダークプレス』」 
 黒き壁がスライムにのしかかった。
「プシュルルー」
 そのすべてが確実にスライムに襲い掛かった。
 並みのモンスターなら死体すら残ってはいなかっただろう。しかし、このおぞましいスライムはいまだ健在だった。
「ちっ、これだけ受けて無傷かよ」
 男が悪態をつくのも無理は無かった。
 なにせ、男は決して手を抜いていたわけではなかった。むしろその逆だったとも言える。いつものボスクラスのモンスター程度ならば確実に殺せていた。
 それだというのに目前の敵は傷ついているのかもわからない。男は悟る、力の差は圧倒的であると。
「ちょっと……」
 迫り来る確実な死というものに焦る男の背後から声が掛かった。
「なんだよ」
 まだ居たのかと言わんばかりの男のぶっきらぼうな言葉に女は少しむすっとしたが、ここは我慢だと脊髄反射レベルで飛び出そうになった拳と言葉を押さえ込み、男を見据えてきわめて短く簡潔に要求する。
「バーサクとドレイン」
「は?」
「バーサクとドレインよ!」
 女はあきらかに不機嫌な様子で持っていた剣をこつこつと地面に叩きつけながら男に催促する。
「バーサクとドレインだぁ? お前何言ってるのかわかってんのか?」
「いいからさっさとしなさいよ」
 こつこつと地面を叩く音がより速く、強くなり始める。
「し、しかしだな」
 あきらかに削られていく地面に男はたじろぎ、どうしたものかとせわしなく首をスライムと女の交互に振り、頬をかいた。
「ったく、さっさとしなさいって言ってるでしょ!!」
 イラつきが頂点に達したのか、唐突に女は持っていた剣を渋る男にめがけて叩きつけた。
「う、うぉお……」
 いきなりの女の奇行に男はその場で腰を抜かしてしまう。
「って何しやがる!」
 数秒放心した後、男はすぐに立ち上がって女に抗議を開始した。
「どうせこれのおかげでなんともないんでしょ!」
 女が言うとおり、男の体には傷一つ付いておらず、代わりに女が剣で指す男の周りを舞っていた羽の何枚かが黒い光となって霧散した。
「ま、まぁそれはそうだが、しかし、やっていい事と悪いことが……」
「それに、あんた『アレ』、まだやってないでしょ」
「あ、あぁ、うんアレは詠唱に時間がかかってとてもじゃないけど援護なしじゃ……」
 まったく自分の言葉を聞こうとしない女に呆れながらも男はそこまで言い、はっと気づいたように視線を上げ女に向ける。
「じ、冗談だろ?」
「残念ながらエイプリルフールはもう過ぎたよ、フェンリル」
 そう言って不適に口の端を吊り上げた女は、早くしろといわんばかりに胸を張った高圧的な態度で男をにらむ。
「ったく、どうなっても知らねぇからな!」
「えぇ、上等だわ」
 こうなった以上自分ではどうすることも出来ないと分かった男は、覚悟を決めたように女に向き直り詠唱を開始した。
 と、同時に女の体には黒い蛇のようなものが足から徐々に螺旋を描きながら巻きついていく。
『ドレイン!』
「痛っ」
 女が苦しそうに声を上げるも、男は気にした様子も無く次の詠唱を開始する。気遣いをしようものなら逆に女に怒られてしまうと分かっているからだ。
 次の呪文を男が唱え始めると、今度は女の顔が黒に染まっていく。それも徐々に、まるで大きな蛇に頭から体を飲み込まれていくようにだ。
『バーサク!』
「――ッ!」
 女は痛みで声も出せず、その場にうずくまる。
「おいおい、言ったこっちゃ――」
「よっしゃ! さっ、いくわよ!」
「うぉっ」
 男が気遣ったのも一瞬だけで、女はまるで苦しがっていたのが演技だったと言わんばかりに勢いよく立ち上がり、体の調子を確かめるようにしてその場で何度かはね、拳を握り、そして準備は整ったと首を左右に振り骨をぽきぽきと鳴らす。
 男はというとその様子を心配そうに見るしかなかった。どうせ聞きやしない。そんな事男は骨にしみて分かっていた。
「なに情けない顔してるのよ。あんたが要でしょ」
「お、おう任せな!」
 そういって女は、走り出す直前、心配そうに自分を眺めていた男に投げキッスと軽くウィンクを送り、紫色のおどろおどろしいモンスターに駆け寄った。
「ったく、無茶しやがって」
 照れからか、少し頬を赤らめた男は猛然と敵に向かっていく女の背中をしっかりとまぶたに刻み、そのまままぶたを閉じてぶつぶつと詠唱を開始する。
 詠唱を開始した途端に男の足元には複雑な幾何学模様を伴った円形の魔法陣が現れ、ゆっくりと回転し始める。

     

「ったく、無茶させるんだからっ!」
 女は、手ごたえのない目前の敵にただひたすら打撃としかいえなくなってしまった斬撃を叩きつける。
この時、流石に女も苦労して買った剣の事を疎ましく思うほか無かった。
「キュイー」
「っち」
 棍棒でも持ってくればよかった。女はそう思いながらスライム間抜けな声とともに飛び散る粘液を少し受け、急いで後ろに下がる。
「っはぁは……やっぱりバーサクとドレインのダブルはきついか」
 本来、バーサクとドレインを二重がけすることは無い。
「もう体力が残ってやしない」
 余程の馬鹿かネタならわかる。なぜなら、このバーサクは術使用者の防御力、素早さを大幅に下げ、攻撃力に特化させる術なのである。そこに、術使用者の体力を攻撃にのせて相手に与えるドレインまで使っているのだから女の体力の減りは小さな攻撃を受けるだけでも致命傷になりかねない。
 言わば、戦車と戦うというのに紙の装甲をまとって戦うとうな状態なのである。
 故に女はヒットアンドアウェーなどという戦い方を強いられていた。
「いつまでぶつぶつやってんのよ、フェンリルは」
 足止めもままならない。そんな自分にイラつきながらもそう呟き、ちらりと男のほうを見て盗み見て状況を確認する。
 しかし、それがいけなかった。
 ゴポっと聞こえたが先か女が気付いたが先か、スライムの体の一部が膨れ上がり、一気に破裂したのだ。
「やばっ!」
 その破裂、飛散した飛沫はあきらかに女を殺せる速度を伴っていた。
「どけ! 紅葉!」
 避けられない。女がそう思った時だった。術の詠唱を終えたのだろう男が女の名前を叫んだ。
「――ッ」
 反射のようなものだった。女は、聞こえた声で最後の力を振り絞りその場からもつれるようにして飛びのいた。
「闇よ、すべてを燃やせ。『ヘル、ファイヤ!!!!』」
 もはや詠唱というより叫びに等しい大きな声に応えるようにし、男の足元で高速回転していた魔法陣から真っ黒な塊が飛び出した。
 それは一直線にスライムに飛び、そして女を襲っていた飛沫ごとスライムを包み込む。
「キシャァァァアア」
 断末魔とも取れるようなスライムの叫び声を聞きながら、男は力尽きたかのように膝からその場に崩れ落ちる。
「や、やるじゃない」
 少し離れたところで男と同じように地面にへたり込んでいた女は、満身創痍といった体調とは思えないほどまぶしい笑顔を男に向ける。
「お、お前こそな!」
 男はやっぱり頬を赤らめながらも親指をぐっと立て、はにかむようにして笑う。
 二人は、轟々と上がる漆黒の炎を背にふらふらしながらも何とか立ち上がり、千鳥足で歩み寄り二人で向かい合う。
「よし、帰るか」
「そうね」
 二人はボロボロになりながらもやりきったという満足げな表情でお互いの肩を貸し合い、その場を離れようと一歩を踏み出した。

     

「キシュッ! キシュッ! キシュッ!」
「え?」
「は?」
 後方から聞こえてきた音に、二人の先ほどまで嬉しそうだった顔は一瞬にして凍りついた。
「バ、バケモンかよ」
 漆黒の炎の奥で揺らめく影、そして轟く声。二人はまだ戦いが終わっていないことを確信した。
「ギュッ」
「?!」
 聞こえた声に、男は咄嗟に隣にいた女を突き飛ばしす。
「ギァ゙ァ゙ァ゙」
「え? え?」
 女はいきなり起ったことにまだ脳が反応しきれていなかった。
 なぜ、動いていたのか。なぜ、自分は突き飛ばされたのか。なぜ、男は断末魔のような悲鳴を上げているのか。なぜ、男を守っていたはずの黒い羽がすべて消えてしまっているのか。
 なぜ。
 なぜ。
 なぜ……。
「プシュルルル」
 答えは目の前にあった。
 しかし、それを認めたくないと女は首を振った。
「畜生が!」
 そして女はふらつく足で立ち上がり、上げる事も辛い剣を構える。
「な、なんでまだ“生きて”やがる!」
 確認したくなかった事を声に出し、女はしっかりと確認する。
 それは目の前にいた。
 傷一つ付いていないどろどろとした体で、女の叫びをあざ笑うかのようにスライムは悠々と二人に近づいてくる。
「クソッ」
 その時、頭の中には死への後悔しかなかった。
 今自分を守って倒れた男が言った通り、自分達にはまだこのクエストは早すぎたのである。
 それだというのに自分が少し欲しいものがあるからと言って強引に男をこのクエストに誘ったのだ。
 本当は女だってそれが本気で欲しかったわけじゃないのは分かっていた。
 しかし、女は男と一緒に何かをしたかったのだ。わがままを言って、男を少し困らせてやりたかったのだ。
 確かに、少し苦戦するかもしれないけどきっとどうにかなる。何も、こんな所で何も出来ないまま犬死してしまうだなんて思いもしていなかった。
 要するに、女は浅はかだったのだ。
「ギッ!」
 しかし、そんな女の後悔も、後の祭り。
 視界の端に映ったスライムの放った粘液に、女は虫の息の男を抱きかかえるようにしてまぶたをぎゅっと閉じ、最後の時を待つしか出来なかった。


     

「……?」
 しかし、いつまで経っても女の背中には何の痛みも訪れなかった。
 女は、一瞬の痛みも感じることなく溶かされてしまったのだろうかと思ったが、その手に残る確かな温もりを感じてその判断を否定する。
 手の感覚は、ある。
 嗅覚も視覚も触覚もあるあるある。
 ならば何が起きているのか。
 試しとばかりに薄目を開けてみるが、目の前には依然として死に体の男が横たわっていた。かろうじて上下する胸を見て、死んではいないのだけは確認した。
 女はもし、ここが天国だというのだったらひどい冗談もあるものだと思っていた。
「抱き合っている最中に邪魔でしたか?」
 背後から聞こえてきた新たな声にビクリと肩を震わせた女は、声に反応するようにして今の状況を見直し瞬間沸騰湯沸かし器でも使ったかというくらい瞬時に頬を朱に染め、もはや虫の息だった男の体を突き飛ばす。
「ゴフッ」
 突き飛ばされた男は、それが止めだといわんばかりに盛大に吐血する。
「あらら、困ったものですね。『ヒール』」
 女の背後からあきれたような声でそう聞こえたかと思うと、倒れていた男と女の体が暖かい光に包まれた。
 するとどうだろうか、決して軽症とはいえなかった二人の傷が見る見るうちにふさがっていくのだ。
「詠唱なし?! いや、高速詠唱?!」
 何とか息を吹き返した男は地面で寝転んだまま、女の影で見えない奥の声の主に問いかける。
「そんなに珍しいものでもありませんよ」
 きわめて平坦な声だった。あまりに普通に答える声を不思議に思い振り向くと、そこで始めて女は気づく。いったい何が起こっているのかをだ。
「嘘……」
 なんと女の後ろにいた男は、大きな剣を片手で持ち、盾にするようにして自分達を守っていたのだった。 
 しかも、涼しげな顔で。
「見たところ、ここに来るのは少し早過ぎるようにお見受けしますね」
 にこやかな声でそう言われてしまい、二人とも言葉をなくして地面とにらめっこをするしかなかった。
「あ、いや、責めている訳じゃないんですよ。よくある事です」
 そんな男の言葉に二人はまったく救われた気がしなかったが、それでも何とか自分達を励まそうとあたふたとする男を見ているとどうしても笑いがこみ上げてきた。
「な、なんですか。笑うとは」
「い、いえすいません」
 クククと笑いをかみ殺しながら答えた女は、改めて男を見た。
 小さな背中に大きな剣、使い込まれたのだろう小さな傷がいくつもついたプレートメイル。
 そして、長い耳に黒い肌。
「ダ、ダークエルフ?」
「あぁ、皆さん私を見るといつもそんな反応ですね」
 少しうんざりとした様子で答えた男は、剣を持っていない方の手でエルフ特有の長い耳を照れ隠しのように弄る。
「ま、長話は良いんです。そんな事よりお二人に質問があるのですが」
「あ、俺もあります」
 ここで倒れていた男が声を上げた。
「何でしょうか? できれば手短にお願いいたしますね」
「あ、はい。いやね、何で俺たちを助けてくれたんですか?」
 口元の血をぬぐいながら、その疑問を口に出した。
「あぁ、それは都合が良い質問だ」
 ダークエルフの嬉しそうな声に二人は首をかしげた。

     

「いやね、今あなた方が戦っていたアレ。アレのレアドロップを私は探しているんですよ」
「は、はぁ」
 自分達の苦戦した敵をアレ扱いし、しかも指でちょんちょんと指すだけのダークエルフに男はただ呆れたような声を出す事しかできなかった。
「そこで物は相談なんですけどね。アレ、私が“いただいても”よろしいですか?」
「え?」
 男はダークエルフの言葉からは嘘を感じることを二人は出来なかった。つまりはだ、このダークエルフは本気で思っているのだ。自分達が倒せなかったあいつを、いただいてもいいか。だなんて、まるでそこのパンをもらっても良いかと聞くくらい軽く言ってのけたのだ。
「わかりました。俺たちも少しだけサポートなら――」
「あ、いいですよ。お二人は休んでいても」
 提案を一蹴され、またしても混乱する男をフォローするように今度は女が前に出た。
「あ、あいつには斬撃はおろか打撃すら通用しなかったんですよ? 私たちが力を貸したほうが……」
「だから、ゆっくりお休みください」
 そういってダークエルフは振り返り、二人の提案を両断し笑顔を見せた。
「で、でも」
 二人は信じれなかった。打撃は無効化、そして男のレベルでは持て余すほどの強力な魔法を叩き込んでもびくともしなかったあの化物を一人で良いだなんていうこのダークエルフの事が。
 本来、種族には適材適所というものがある。ドワーフは力仕事、ゾンビは生存性の特化、フェアリーは自然との対話、ヒューマンは万能だがどの種族にも力は満たない。代表的にはこうだが、ほかにも種族なんてものはたくさんある。
 しかし、今男の目前にいたダークエルフのように大剣を片手で振ろうとするものはいなかった。
「っしょっと」
 ダークエルフがそう言うと、男たちを守っていた剣が一瞬にして消え去り、冗談のようなブンという鈍い音が響いた。
「ちぇっ、またドロップなしか」
 一閃。ただ一閃だった。技も工夫も魔法の加護も何も無い、ただぶっきらぼうな一閃でスライムはその命を絶たれてた。
「嘘、でしょ?」
 女が驚くのも無理は無い。なぜなら、多種多様な種族の中、エルフの能力と言えば今このダークエルフが見せた剛力とは真逆、魔法の特化だからだ。しかも、エルフといえば総じて運動が得意ではない。というのが一般のイメージである。
「じゃ、私はこれで」
「あ、え、あ、ま、待ってください」
 何事もなかったかのように去って行こうとしたダークエルフを女はつい呼び止めてしまう。
「なんです?」
「お、お名前を……」
「名前? そんなに大したもんじゃないよ」
 おどおどと聞いた女に対して、ダークエルフは恥ずかしそうに頬をかいた。
「い、いえ、ぜひ!」
「あーうん。鉄(くろがね)っていうんだ」
 女の勢いに負けたのか、鉄と名乗ったダークエルフは少し困ったように頭をかいていた。
「鉄さん……」
 女は、鉄の名前を反芻(はんすう)するようにして呟く。
「じゃ」
 そういって鉄は二人に背を向け離れていく。
「い、いつかお礼はきっとします!」
「ありがとうございました!」
 二人の感謝を背中に受けながらも、鉄はぶっきらぼうに手を振っただけでふらふらと次なる獲物を探して歩き始めるのだった。
「ククク……」
 鉄、その名前の通りに冷静沈着にして情熱家。ダークエルフにしてファイター。勿論魔法も使えるが、剣が気に入ったという理由だけで使い続ける一匹狼。クールアンドタフネス。まさにそんな呼び名がふさわしい男。
「ハハハ! 人助けしちゃったよ」
 それが鉄だった。
「哲朗(てつろう)! もうご飯の時間よ」
 ただし、それはネットの中の話しだった。

       

表紙

椎名メメ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha