Neetel Inside ニートノベル
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 それから数日が何事もなく過ぎた。
 姉はあの日以来、僕たちにはなにも干渉してこなかった。僕としても特別なにかを言うつもりもなかったし関わるつもりもなかった。
 そもそも僕は、姉が帰ってくると聞いたときから、面倒なことになりそうだと予想できたから、出来る限り関わらないでいようと思っていたのだ。まあ、案の定、面倒なことは起きてしまったのだが。
 そうして今日、いつものように部屋に閉じこもって美雪さんと愛を育んでいると、妹から一通のメールが届いた。
『お姉ちゃん、明日帰るってよ』
 文面にはただ一言そう書いてあった。
 姉と仲直りしろという妹なりの気遣いなのだろう。それは僕にも理解できた。だけど、こう何日も経ってしまうと変に意地を張ってしまい、いまさら謝りに行くというのもきまりが悪い。それに、第一僕が悪いわけではないんだ。なのに自分から謝りに行くのはどうにも腑に落ちない。
 ああ、姉のことを思い出したらまた腹が立ってきた。ふん! と八つ当たりに携帯をベッドに投げつけた。どうせ僕の携帯の電話帳には五件しか登録されていないので、遠慮なしの全力投球だ。
 ドスッっと鈍い音を立てて美雪さんの腹部にヒット! いや投げたからストライクか?
「って、美雪さああああああああああああああああああああああああああん!」
 僕は慌てて駆け寄り、仰向けに倒れた美雪さん抱えた。
「美雪さん大丈夫ですか!? 本当すいません!」
 くそッ! 僕はなにをやっているんだ! これじゃ姉になにも言えないじゃないか! いや、姉より酷い事をしたかもしれない……。
「美雪さんすいません……。僕、少しイライラしてて……」
「いえ、私は大丈夫ですが……その……」
 美雪さんは起き上がると、僕の手を握って真剣な表情を浮かべた。
「お話があるんです」
「はい?」

「離婚しましょうアナタ」「な、なんだってー! というか僕たちまだ籍を入れてませんよ!?」「あらそうなの、じゃあサヨナラね、アナタ」とか「三ヶ月だって」「え? そ、それって?」「うん、できちゃったみたい」「や、やったああああ! 男の子かな女の子かな? ってあれ? 僕たち三ヶ月前にまだ出会ってませんよ?」「あら、じゃあ誰の子かしら?」みたいな展開ではなかったようだ。
「いまなんて?」
「ですから、お義姉さまのことです」
 美雪さんが真剣な表情を崩さずに繰り返した。どうやら雰囲気から察するに「おめーのねーちゃんムカツクからマジやっちまおーぜ!」的な相談ではなさそうだった。
「義妹さんからのメールを拝見させていただきました」
 妹からのメール……。まさか、妹との関係を勘繰って……。いや待てよ、確かに僕は妹が大好きだが、まだ手を出していないぞ。いや、待て。まだってどういうことだ。手を出すつもりだったのか僕。という事でもなさそうだった。
「明日、お義姉さまがお帰りになられるそうですね」
 薄々感づいてはいたが、やっぱりそのことか。あまり触れられたくない話題なので、そっぽ向いて口笛なんか吹いてみる。我ながら白々しい。
「このまま仲違いされたまま、お別れするのは良くないと思うんです」
 美雪さんが僕の顔を両手で挟んで、無理矢理正面を向かせた。う、美雪さん若干お怒りモードかもしれない。
「で、でも……」
 そうだ。美雪さんがなんと言おうとやはり悪いのは姉なのだ。少し意固地になり過ぎているかもしれないけど、そこは美雪さんの名誉のためにも僕が折れるわけにはいかない。ってあれ、なんだか話が拗れてきてないか?
「アナタの言い分も分かります。確かにお義姉さまは少し口が過ぎたと思います。だけど、私は全然そんなこと気にしていません。それに、お義姉さまがあそこまでお怒りになられたのも、アナタのことをそれだけ愛しているからだと思うんです。それに、私にも非がありました。いきなり私のような無作法な小娘が、アナタのような立派な方の妻になられた知れば、お義姉さまでなくともお怒りになられるのも当然のことです」
「そんな……、美雪さんは全然悪く――」
 ない。と言おうとした僕を、美雪さんはいきなり抱きしめてきた。
「み、美雪さん?」
「アナタも本当は、お義姉さまと仲直りしなきゃいけないって思っているんじゃないんですか? それに、カッとなって手を上げてしまったことも謝らなきゃいけないって」
「そ、それは……」
「私、嬉しかったです。アナタがお義姉さまに手をあげて、許さないって言ってくれたとき。とても嬉しかったですよ。でも、やはり家族に手を上げるのはいけないことです。どんな理由があっても。それは、アナタも分かっていますよね? 私も一緒に頭を下げます。だから、ね。一緒に謝りにいきましょう」
 僕の背中に回された美雪さんの腕に少し力が入った気がした。
 はぁ、と一度嘆息する。どうやら美雪さんは、僕のことなんてなんでもお見通しのようだ。本当に素敵な人を嫁にもらったと僕は思う。こんな、どうしようもないダメニートの僕のことをいつも気遣って心配して、そして支えてくれている。それなのに、僕はいつも美雪さんに甘えてばかりだ。自分の不甲斐なさをしみじみ痛感させられる。
 僕は美雪さんをやさしく抱き返した。美雪さんにここまで頼まれたら断れるはずがないじゃないか。たぶん美雪さんは、それも分かってやっているんだろう。
「分かりました。姉に謝ってきます」
 観念したように言うと、美雪さんは僕から体をそっと離して、いつもの美しい微笑みを浮かべた。この笑顔に僕は何度癒されただろうか。
 だけど、どうしても譲れないことが一つだけあった。これだけは美雪さんがなんと言おうと首を縦に振るわけにはいかない。
「でも、姉のところに行くのは僕だけです。美雪さんは部屋で待っていてください」
「え? なぜですか?」
 それは、美雪さんを同伴して行ったら、姉が包丁を持って突進してくる恐れがあるからですよ。僕と美雪さん、どちらに突進してくるかは分かりませんが。とは、言えないので「妻に頭を下げさせるわけには行きませんよ」と、頼れる亭主を気取って説得すると、美雪さんは不承不承ながら納得してくれた。
 美雪さんを連れて行ったら、姉がどうリアクションを起こすか本当に知れたものではいからな。
 そうして僕は一人部屋に残る美雪さんに「僕、帰ってきたら美雪さんをいっぱい愛してあげます」と、セクハラだか死亡フラグだかよく分からないセリフを残して部屋を後にした。
 何事も平穏に済めばいいんだけどなぁ。そうはいかないのが物語というものだ。ん? なにか違和感を覚えることを言った気がする。

       

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