Neetel Inside ニートノベル
表紙

短編(フジサワ)
夏の穴

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夏の穴


 洞窟の穴はやたら狭かった。とにかく狭かった。狭すぎて驚いた。
 人差し指と中指を入れてみた。それくらいしか入らなかった。指の2本が限界で、3本
目は入らなさそうだ。
 僕は考えた。うん、掘るしかない。拡げないと話にならない。
 それだけは確かだと思って、僕は家を目指して自転車を漕いだ。猛スピードで飛ばした。
もうこれ以上は出せないくらいのスピードで。座って漕ぐヨユーなんてない。
 急がなきゃ、誰かに取られてしまう気がしたんだ。
 スコップの場所は何となく覚えてる。確か物置の中。鍵は――玄関に掛けてあったはず。
「聡おかえり~、どこ行ってたの? スイカあるから食べたら?」
 お母さんがなんか言っている。でも今はそれどころじゃないから。鍵がいっぱいあって
どれが物置の鍵か分からない。ああ、もう、どうせ使わないのばかりなのに、どうしてこ
んなにたくさん掛けてあるんだ? 少しは整理整頓すればいいのに!
 ガチャガチャやってるのに気付いたからか、お母さんがやってきて、1本の鍵をひょい
と掴んで僕に渡した。
「これ? 探してんの」
 ああ、これだと思って、僕はお母さんから奪うように鍵をもぎ取った。
「どっか遊びでも行くの?」
 いつもならそうだ。でも今回は遊びじゃない。
 穴を掘ってなにがあるのかは分からない。でも掘ってみたくなったんだ。これは遊びじ
ゃない。冒険――そうだ、冒険だよ、お母さん!
「…ちょっと穴を掘ってくる」
「ふーん。なんか、楽しそうでいいねぇ~」
 遊びじゃないのに笑顔になってた。でも笑いたいから笑ってるだけだ。
「遊びじゃないよ! 冒険! でもありがとう! 夕飯までには帰ってくるから!」
 勇んで玄関を飛び出したとき、お母さんのため息混じりの声が聞こえた。
「あ、夕飯ねぇ……めんどくさ」
 そう言いつつ、美味しい夕ごはんを作ってくれるお母さんだってことは、よく知ってる。


 スコップのせいでバランスがおかしくなりながらも、僕は何とか元の洞窟の前まで戻っ
てきた。
 服がびしょ濡れなことに気付いた。さっきまで暑くてしかたなかったのに、夕方の風は
とたんに冷たくて、少し震えた。
 でもそんなの関係ない。さあ掘ろう。
 何があるかは分からないけれど、何かがある気がする。けっこう掘りにくい。石がたく
さん混じっている土だ。石に当たるたびに手が痺れる感じがする。でも掘るのは止めない。
 手首が折れても別にいい。
 今年の春、この嫌な村に転校して来てから、初めての心が浮き浮きすることだ。絶対に
止めない。
 この村は嫌な奴ばかりだ。転校生というだけで僕をイジメる。
 でも、最近、坂を登ったところに裏道があることに気付いて、そこなら誰も待ち伏せし
ていないことに気付いた。そしてそこにこの小さな穴もあった。
 でももうそんなに小さくない。ちょっとずつでも拡がってきている。もう肘のあたりま
で入りそうだ。でも、まだまだ。身体が入るようになるまでは掘らないと!
 だんだん見えてきた。やっぱり、中は空洞だ。洞窟なんだ。ただの穴じゃなかった。僕
の想像どおりに、洞窟なんだ!
 遠くでゴロゴロと音が鳴った。空を見上げると真っ黒だった。天気ってあっという間に
変わる。急がないと雨が降ってくる。急がないとまずい。
ちょっと狭いけどもういい。時間がない。僕は洞窟の中に、頭からうつ伏せで入って行
った。
 中は空以上に真っ暗だ。しまった、懐中電灯を忘れてた。


 怖い。
 どこまで進んでも奥までたどり着かない。ずっとずっと進めてしまう。
 今何時だろ? もう夕ごはんが出来てるんじゃないか。今から戻っても、「もうあんた
の分ないよ」って言われちゃうんじゃないか。嫌だ、それは。
 そもそも、たどり着いて、それが何になるんだ?
 何かある気がしてたけど、やっぱり何もない気がしてきた。
 楽しいことなんてないんだ。これからも、この先も。僕はずっと田舎に馴染めなくて、
誰とも仲良くなれずに、毎日川に飛び込みたくなりながら過ごしていくんだろうな。
 ――そんなのは、嫌だ! だけど、でも、どうすれば上手くいくのか分からない!
「怖いよ、お母さん……」
 声に出して言ってみると、涙が溢れてきた。涙は止まらなくて、流しっぱなしにしてる
しかない。
 目の前が少し光ったのは涙のせいだ。きっとそうだ。
 いや、違う? 目を擦ってみても、それでも光っている気がするし、いい匂いもしてき
た。何があるんだろう。何かがある。何があるんだろう。
 時間はないし、もう戻らなきゃご飯抜きになるかもしれない。それでも今戻りたくない。
ここまで来たら、グーで殴られるのも覚悟は出来てる。
 今はとにかく進むしかない! と土を掻き込む指先に力を込めた瞬間、終わりが訪れた。


 頭が痛い。確か、穴に落ちた……洞窟の中にさらに穴が空いているなんて思いもしなか
った。
 ここは、なんなんだろう。昼間みたいに明るい。同じ洞窟の中にいるのに。ここには電
気が通っていて、誰かが暮らしているんだろうか。
 そうか、分かった。ここには地底人が住んでいたんだ。さっき通ってきたのは、地底人
が何かの理由で外に出るときの抜け道だったに違いない。地底人は実在したんだ。
 ワクワクしてきた。このことはきっと、世界中で僕しか知らない事実だ。やった。これ
でもう僕を「軟弱な都会者」なんて言う奴はいなくなる。ね、お母さん、言ったでしょ?
 僕は冒険家だったんだ!
 さあ、のんびりしていられない。次は地底人の正体を暴くんだ。地底人の正体……前に
本で見たことある。地底人はただの人間とは違って、毛むくじゃらで、犬歯が本当に犬の
歯みたく鋭く尖っていた。だけど、あれとは違うかもしれない。なぜならあの本の地底人
は想像で描かれたものだからだ。そうお父さんが言っていた。「こんなのウソだよ」って。
 本物はこれから僕が見つけてみせるけど、だけどどうやって皆に伝えよう? カメラは
ない。携帯を持ってきていない。
 どうにかして地上に連れて来れないかな? でも力がとても強いかもしれないし、クマ
みたいに凶暴かもしれない。
 もしかしたら、殺されるかも。背中が冷たくなったのは、乾ききってない土混じりのシ
ャツのせいじゃないと思う。
 冒険は、ワクワクするけど怖くもある。でも足は動き続ける。いい匂いにひかれて。匂
いの先には細い道がある。また別の部屋があるのかな。


 そこにはキッチンがあった。なんか、見覚えのあるキッチンだった。
 この匂いはなんだろう、とずっと考えていたけど、今分かった。カレーだったんだ。よ
く知っている匂いだったのになんで見るまで気付かなかったんだろうか。
 それだけおかしくなっていたのか。
 キッチンには女の子が立っていて、地底人なのにエプロンをしてて普通に可愛かった。
女の子は僕の方を向いて笑った。
「起きて。もうご飯出来てるよ!」
 え、なに?
「あんたの好きなカレーと納豆だから、起きな!」
 その子は僕の好きな女子と瓜二つだったけど、お母さんみたいなことを言って、突然僕
に抱きついてきた。
「二日目のカレー、美味しいよ~」
 そう言って、僕の背中をさすった。


「ん、起きた? スゴイ汗かいてるね~、着替えな」
 目を開けるとお母さんがいた。脱ぎながら、僕はさっきまでいた世界のことを話した。
「洞窟があったんだ。とても狭い洞窟が」
「夢見てたの?」
「洞窟の入口は指がなんとか2本入るくらいの狭さで、それじゃあ入らないから拡げてい
ったんだ。洞窟の先には、なんか、人がいて、ヘンな気分になった。カレーを煮こんでた
よ」
 そうとしか言えなかった。お母さんは不思議そうな顔ををして、首を傾げた。
「ふうん、よく分かんないけど、楽しそうな夢見たんだね。じゃあ、着替えたらおいで
ね」
「うん」
 パンツの中がベトベトして気持ち悪かった。

       

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