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短編(フジサワ)
携帯電話

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携帯電話


 携帯電話をパチンと開いて、見るのは大体インターネット。
 見たいものなどそんなにあるわけじゃない。それなのにポケットにしまう気にはなれな
い。バイト仲間に「携帯依存症」と揶揄されたこともある。別に否定はしなかった。
 触っていないとなんだかうずうずする。僕にとっての携帯電話は電話する道具じゃなく
て世界と繋がる道具だった。とっても狭い世界だとは思うけれど。


 久しぶりに、携帯電話でメールをしている。返事はそんなに期待していない。「期待し
ないように!」と戒めている。期待が大きすぎると後で辛くなる。
「メールを送信しました。」のメッセージを確認してから、僕は携帯電話を閉じ、ベッド
の上に投げ置いた。天井のシミを一瞥してすぐにまた携帯電話を開いた。
 部屋にいても、パソコンをするより、テレビを観るより、音楽を聴くより、本を読むよ
り、結局携帯電話を弄っていることのほうが多い。
 メールの返事をあまり期待せずに待っている間に、しておきたいことがあった。アドレ
ス帳の整理。
 知らない人と出会うたびにアドレス帳はゴチャゴチャになっていく。とりあえずアドレ
スを訊いても、その後一度も連絡を取らないって場合も多い。その方が多い。
 フットサル大会の打ち上げで一緒になった医学生たち。何だか気後れする。削除。職場
のカラオケで知り合った、同僚の彼女。面白い子だったけど、あいつは神経質な奴だし
メールしてるのがバレると色々めんどうくさそうだ。削除。
 見ていくとけっこう要らないアドレスばかりだ。どんどん消していこう。そして、消せ
ないものは大事に残しておこう。元々マメにメールするほうじゃない。本当に大事なアド
レスはごく僅かなはずだ。
 親兄弟のアドレス、必要。職場の同僚達、まあ、必要。地元の友達、全然連絡は取らな
いけれど、消すのはなんか寂しい。
 あ、これは、久しぶりに見た。
 もういない人のアドレス。メールでは何度もやり取りした人。一度だけ実際に会ったこ
とのある人。
 二度と使うことはない。必要あるか、ないか、ない。
 ないけれど、消してしまったら、一度会ったということまで忘れてしまうんじゃないだ
ろうか。そんな気がして、少し心が寒くなった。息を吐いた。熱いのが出た。
 電源ボタンを押してスタート画面に戻して、そのまま閉じて、トイレに立つ。
 トイレから戻ってくると、チカチカ光っていた。
 メールの返事が返ってきた。一緒に買い物には行ってくれないのだそうだ。
 そうだよな、とつぶやいて、携帯をパンツのポケットにしまった。


 僕は自転車に跨った。これから機種変更に行ってくる。

       

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