「はい、隣がいない奴はいないなー」
妹尾先生が、貸切バスのタラップに脚をかけながら聞いてくる。
「せんせー、守口いないです」
筒井がわざとらしく手を挙げて、守口(うちのクラス最小の男)の不在を告げる。
「いやいるから! まず隣じゃねえから!」
「ああごめん小さくて見えなかったわ」
「てめぇ!」
「はいはい、いないんだな」
周りがいつものやり取りで笑っている中、妹尾先生はスルーしてバスを降りて、先生達と一言二言話すとバスに戻ってくる。
「よし、全員椅子に座れー。出発するぞー」
「シートベルトしなくてもいいよなこれ?」
隣の金田が、肘で脇腹を突っついて聞いてくる。
「普通こういうバスだとしねーだろ」
「マジで? 俺小学校の修学旅行ん時させられたわ」
ガクンと衝撃が来て、バスが動きだす。
そういえば、今西は何をしているんだろう。
校外学習に行かない生徒は学校待機で勉強、だったっけ?
僕達が遊びに行くんだから、遊ばせてくれたっていいだろうに。
校舎の方を振り返ってみる。1組のバスしか見えないけれど、
「いってきまーす」
保健室に向けて、呟いてみる。
もちろん返事はなくて、バスは校門を抜けていく。
「茶碗蒸し」
「し? じゃあ、醤油」
「ゆ、ゆ? ゆから始まる食べ物とかねーだろ」
「いやいや普通にあるから! 早く考えろよ!」
「ほらあれ、お風呂に浮かべるやつ!」
「環奈ヒント禁止!」
「いいじゃないこいつ馬鹿なんだから!」
その一言に、周りから笑いが起こる。
けど、当の牧橋は懸命に考えていて、馬鹿にされたのにも気づいていないようだ。
バスレクの一環として企画された、『班別対抗しりとり大会』。
第1回戦の今回は『食べ物の名前』という縛りで、バスの座席の順にしりとりをしていく。ただし、解答時間は一人当たり15秒。
バスは左が女子、右が男子の座席で1班から順に並んでいて、女子からスタート。
無事女子ゾーンを通過して、男子ゾーンに入って2人目、僕らの班である2班の牧橋が引っかかった。
班員が一人でもアウトになればその班は全員失格、ゲームに参加できなくなる。まだ僕と金田は何もしてないのに。
「あと5秒。4、3、2――――」
「あーヤバイヤバイヤバイ!」
「牧橋急げー!」
「分かってる! えーっと、あ、あった! ユンケル! ユンケル!」
「――――1、0」
「セーフだろ! これセーフだろ!」
どや顔でこちらを振り返る牧橋。けど、
「ユンケルは駄目だろ……」
さすがに栄養ドリンクを食べ物とは呼べない。
「いけるいける」
「いけねーよ馬鹿!」
「お前夕飯にユンケル出てきて『これ食べなさい』なんて言われたらキツイだろ!」
「そうだよ馬鹿!」
「馬鹿!」
「馬鹿牧橋!」
男子から集中砲火を浴びる牧橋。つーか単なる悪口のほうが多いぞ。
「あー分かった! チョビ、お前どう思う!」
「えっ?」
なるほど、本ばっか読んでるチョビ(『なんかちょび髭似合いそう』って言われたからチョビらしい)なら、公正な判断を下してくれるだろう。牧橋もたまには頭を使うな。
「えっと。栄養ドリンクを食べる、ってのは、聞いたことないから、」
うーん、チョビの喋り方は声が小さくてボソボソしていて、この騒ぎの中だと聞き取りにくい。
「ほらやっぱり食べ物じゃないじゃんバーカ!」
「バーカ!」
最後までチョビの話を聞かずに、筒井や松田がはやし立てだす。
チョビは口をもごもごさせて、言葉を尻すぼみにしてしまった。
「いやいや待てよ!じゃあ醤油ってのもおかしくね?」
「醤油は普通に豆腐とかにかけて食うだろ」
「えーだって豆腐、あー、湯豆腐! 湯豆腐あるじゃん! これでいいじゃん! レク係、これでいいだろ?」
「アウト」
レク係の安河内さんが両手でバツを作って失格を示す。おっぱい大きい。思わず一瞬凝視した。
「えー、なんでなんで!」
「15秒どころかもう2分ぐらい経ってるし」
「いいじゃん思いついたんだからさー」
「ダーメ。2班は失格ね。じゃ、雪野から再開」
「勘弁してくれよー!」
「おい牧橋、俺と戸田何もしてないんだけど!」
本当だよ。
ここからしばらくは、周りを見るだけの少し退屈な時間。
今西も、保健室でいつもこんな時間を過ごしてるんだろうか。
ふと、そんな疑問が浮かんだ。
『計画』を遂行して、帰ったら聞いてみよう。