Neetel Inside ニートノベル
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「おーい」
 身体ががくがく揺れる。なんだなんだ?
「おい、起きろ戸田」
「ん、ああ……」
 なんだ妹尾先生か。目覚めてすぐに見たい顔じゃないな。
「もう学校着いてるぞ」
「え?」
 思わず時計を見る。4時7分。1時間以上寝てたことになるのか。
「お前、すごいぐっすり寝てたな。気分はもう大丈夫か?」
「あ、もう大丈夫です」
 今回のは結構ひどかったけど、寝ればやっぱり綺麗に治るもんだ。
「ならよかったが、無理はするなよ? ほら、降りるぞ」
「はーい」
 膝に抱えていたリュックを持ち上げて、既にみんな降りてしまっているバスから外へ出た。
 みんなが班毎に並んでいる中の、韮瀬が先頭に立っているところの最後尾に慌てて並ぶ。
「よし、帰りの学活始めるぞ。まあ、特に連絡することはないんだけどな。ゆっくり寝て、ちゃんと来週学校来いよー」
「先生、俺気分が悪くなるので月曜は欠席します」
「はいはい、病気は計画的にな」
 筒井をナチュラルにスルーする妹尾先生。伊達に年は食っていない。
「じゃあ、終わりにしよう。気をつけー、さようなら」
『さよならー』
 みんな申し訳程度に頭を下げて、三々五々解散していく。
 さて、僕も帰るか。
 ……。
 …………。
 ………………。
 いや、まさかね。
 いくらなんでも、今西がこんな時間まで残ってるなんてことあるわけない、よね?
 まさかと思いつつも、僕の足はみんなとは逆に校舎の方へ向いていく。
 2年生と3年生は普通に部活やってるから、保健室は開いてるはず。
 外の窓から、中を覗き込む――いない。
 けど、この窓からじゃカーテンの問題で死角が結構ある。腰が痛いって言って寝てたときがあったし、いないかどうかは分からない。
 あ、でも待てよ。
 見えにくいけど、机の下を覗き込んでみる。
 今西はいつもあそこに鞄を置いているはずだから、いるなら鞄があるはずだけど、あ。
 田原先生が僕に気づいた。耳障りな金属が擦れあう音と共に、窓が開く。
「奈美ちゃんならもう帰ったわよ」
「あ、そうですか」
 見抜かれてる。当たり前か。
「でも待って。奈美ちゃんから『戸田くんが渡したいものがあるって言うはずだから受け取っておいてください』って聞いてるんだけど」
「え、あー……」
 背中に背負っている、今日の戦利品。
 今西がなんの疑いもなく、僕はこれを手に入れてしかもここに来ると思っているのがありがたくて、なんかくすぐったい。
 だから、
「すいません、それは直接渡します」
「あら、そう」
 誰かに渡してもらうなんて、できるものか。
 これは、必ず僕から手渡してやる。
 
「遅い!」
 開口一番、そう言われた。
 給食を持っていくときも焦らして焦らして、放課後保健室へと飛んでいったらこの様だ。
 他に人がいるので、カーテンの裏で小声で言い合いを始める。
 カーテンの中に入ると怒られるけど、壁とカーテンの間の狭い隙間のここならいいはずだ。
「遅いってなんだよ! まずはお礼だろ!」
「お礼なら給食持ってきてもらったときに言ったでしょ!」
「あ、まあ……いやそれでも!」
「じゃあありがと! これでいいでしょ!」
「それはなんか違うだろ! やらないぞ!」
「うー」
 今西は不満そうな顔でこっちを見下ろしてくる。
「ほらほら、もっとちゃんと言わないとやらないぞー」
 鞄からちょっと潰れた袋を取り出して、見せびらか
「しぇいっ!」
 素早く、長い手が伸びてくる。やると思った!
 避けて袋を後ろ手に隠す。
「よこせー」
「お礼言えー」
 狭い隙間の中で、僕の前に陣取る今西。細長いとはいえ、でかいとプレッシャーがある。
 僕はカーテンを背にしていて逃げ場がない。怒られるから派手に暴れられないし。
「逃げられないぞー」
 手がわきわきと動いている。気持ちわるっ。
「うりゃ」
 左手が背後へと伸びてくる。即座に袋を左手に持ち替えて、回避。
 で、今度は右手が伸びてくる、と。
 両サイドから今西の手が来ているせいで、左右に移動できない。
 しょうがないので、体をずりずりと下にやっていく。
「よーこーせー」
今西はどんどん前のめりになっていく。背中では手と手が懸命なバトルを繰り広げていて、
 ゴン、という音が響いた。
 背中に回されていた手が引き抜かれる。
「いっつぅぅぅ」
 おでこにその手を当てながら、今西がその場に座り込んだ。狭い狭い。
 ――ああ、ベッドか。
 前のめりになりすぎたせいで、カーテンの向こう側にあるベッドにおでこをぶつけたっぽい。
「大丈夫?」
「駄目……めっちゃ痛いしなんか血も出てる……」
「血!?」
「ほら見てよ」
 ぱっとおでこから手が離れる。そこには真っ赤な血が――どこにも見当たらない。
「そりゃっ!」
 あ。
 おでこに気をとられた隙に、今西が手を伸ばして袋を掴み取っていた。
「へへー、あたしの勝ち」
 反応できないうちに、今西は立ち上がると袋を僕と同じように後ろ手に隠す。
「ありがとねー戸田くん、引っかかってくれてー」
「え、ちょっと」
「これでお礼言ったからいいよねー」
 勝ち誇った顔の今西。すっげー悔しい。
 取り戻そうとして背中に手を伸ばす。
「甘いな!」
 袋を持った今西の手が上へと伸びる。
「届かないだろー」
「うっ」
手を伸ばしてみる。けど、今西の言うとおり袋には届かない。反則的な身長と手の長さだ。
 負けた……。
「覚えてろよ今西!」
「いいだろう、何度でもかかってきなさい。あたしは越えられないけど」
「数学で越えてやるよ!」
「いやそこは別で。もっとこう、身長的な」
「無理に決まってるだろ!」
「牛乳飲めば?」
「それでも、えっとどんだけ違う?」
「あたし今169.1だけど」
「でかっ!」
「でしょー。あたしはあらゆる意味で越えられないの」
 満足げに胸を張る今西。
 くそ、今日は僕の負けだけど、越えてやる。
 こういう騙しあいも、成績も、できれば身長も!

       

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