Neetel Inside ニートノベル
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越えられない彼女
日陰の体育祭

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 笛の音と共に、騎馬たちが走り出していく。
 運動会の花形、騎馬戦の練習の始まりだ。
 1年生だけ、紅白7騎ずつだけど結構面白い。
 けど、僕はその中にいない。
 80m走なんかは問題ないけど、組体操や騎馬戦なんかに出たら、気分が悪くなったときに周りを巻き込んで倒れる危険があるからだ。
 小学校の頃、運動会で4年生までやらされた全校ダンスも、2年のときに倒れてからは不参加だった。
 なので、僕は盛り上がるみんなをぼんやりと眺めながらそういった時間を潰すことになる。
 去年までは紅白帽だったけど、今年は鉢巻になったせいで日差しを浴び続けるとちょっと暑い。
 そんな時は、緑のネットに体重を預けて僅かな木陰に入ったり、体育倉庫の軒下にいたりして少し涼む。
 小学校の騎馬戦は何を考えたか女子まで騎馬を作ってて(暗黙の了解で男子は女子を狙っちゃいけなかったけど、乱戦に紛れて胸を触りに行った猛者が一組いた。うらやましい)、少し盛り上がりに欠けるところがあったけど中学校はやっぱり違う。
 騎馬戦は、練習だということを感じさせないようなヒートアップを見せていた。
 普通逃げ回る騎馬が一組ぐらい現れるんだけど、なんとそれがない。
 既に乱戦の域を越えて、何がなんだか分からない団子が出来上がりつつあった。
 筒井が乱戦の中央で、辺りから来る手をひらすら払いのけている。本当に手芸部かあいつ。
 守口も必死に頑張っているけど、既に鉢巻ではなくて転倒させることが目的になってる攻撃を受けて倒れそうだ。
 攻撃してるほうは見たことないから、うちのクラスじゃないな。守口を狙うってことは、野球部繋がりかな?
 守口があわや転倒というところで、笛が吹かれる。それでもお構い無しに戦いを続ける奴らを、神庭先生が笛を吹いて散らす。
 ここから各陣営に戻って、カウント。といっても、見ている側からすれば勝敗は分かりきっている。3対4で、赤の勝ち。
 一応、戻ってカウントが終わるまでに潰れれば逆転――今回は引き分けだけど――もあるけど、ここまで来るとみんな死力を尽くして騎馬を崩さないようにするからそんなアクシデントもまず見れない。
 この無駄な時間、なくていいと思うんだけどなー。

「と思うんだよ」
「あー分かる分かる。下の人たちすごい頑張ってるよね」
 うんうんと今西は頷く。
 今西がノートを写している間、体育の授業中に感じたことをふと思い出して喋ってみたのだけど、分かってもらえたみたいだ。
「どれぐらいきついのか一回やってみたいんだけどな、あれ」
「え、何Mだったの?」
「いやいやそういうんじゃなくて」
 凄く楽しそうな目でこっちを見てくる。猫がおもちゃを見つけた時の目だ。
「へーそうなのかー、戸田くんドMなのかー」
「何勝手に悪化させてんだよ」
「じゃあ悪化してないだけでMではあると」
「だからそうじゃなくて、つーか騎馬戦なら上でもいいし」
「あー、そのほうがいいかもね。戸田くんちっちゃいし割と細いし」
「そりゃ今西に比べりゃ小さいわ」
 椅子に座ってる今でも十分でかい。脚も長いのに。
「ふははー」
 胸を張ってもでかい。いや胸がじゃなくて、ね。
「だが待て、今西はでかいから騎馬戦なら下だろ」
「うん」
「てことは、今西もMじゃね?」
「何その理屈! そもそもやんないし騎馬戦!」
「うちの小学校では女子もやってた!」
「うちはなかった! 女子はダンスやらされてた!」
「え、6年になっても?」
「そうそう。練習のときは男子が外で騎馬戦やってる間、体育館で踊ってるの。こうやって」
 架空のポンポンを持って、1年前に流行った曲を口ずさみながら今西が手を動かす。
「結構覚えてるもんだなー、これ」
 ん。
 気にしてなかったけど、この口ぶりは今西は運動会に出てたのか?
 つまり春か秋までは学校に来てた、ってことだよな。
「そういや、女子は何やってんの?」
「え? ああ。女子は棒倒し」
「棒倒しって砂場でやるあれ?」
「あれ。棒はもっとでかいけど」
「砂は?」
「ないない。人が守りながら倒すんだけど、結構凄まじいよ。女の戦いって感じ」
「えー面白そう。保健室からだと見えないんだよねー」
 保健室は位置的に校舎のほぼ真ん中にある。
 窓はボロい校舎のほうにしかないので、遮られて校庭は全く見えない。ギリギリで体育倉庫が見えるかもしれない、ぐらいだ。
「なら見に来ればいいじゃん」
「え、でも」
「バレないって。体育倉庫の影からでも見てれば絶対に」
「そうなの?」
「うんうん。僕も体育倉庫の周りによくいるけど、誰もこっちなんか見ないし。大丈夫」
「……考えとく」
 今西はいまいち乗り気じゃないみたいだ。シャーペンをくるくる回して、なにやら考えている。
 そこまで人目につきたくない何かがあるんだろうか。
 確かに筒井たちからは結構な拒絶を感じたけど、目の前の今西を見ている限りその理由は分からない。
 けど、一つ分かったことがある。
 今西が回しているペンを落としたところで、それを取り上げて回してみせる。
「え、何それうまっ!」
 回転は安定して、見事に持続する。
 伊達に小学校の頃ずっと腕を競い合っていたわけではない。
 ペン回しでなら、僕は今西を超えているようだ。

       

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