Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 今日は待ちに待った……わけではないけど、体育祭の日。
 だったんだけど。
「残念だったなー」
 妹尾先生が窓の外を見ながら言う。
 昨日の天気予報では降水確率40%だった空は、どんよりと曇って雨が降り続いている。
「今日は月曜日課で、火曜日に延期な。給食はないけど、まさか弁当を忘れた奴はいないよな」
「さすがにそんな馬鹿いるわけないじゃんよー、な」
「じゃあなんでこっち見てるんだよ」
 筒井と松田は今日も通常進行です。
「はいはい、お前ら黙れ。朝の会終わりにするぞ」
「えー、もう終わりでいいじゃん」
「駄目だ。はい、礼」
 無理やり礼をさせて、妹尾先生が教室を出て行く。
「なんだよあれ。マジウザくね?」
「挨拶とかどうでもいいっての」
 二人が悪態をつく。
 正直筋違いだとは思うけど、そんな空気の読めないことを言うほど馬鹿じゃないので胸のうちにしまっておく。
 いい人だと思うんだけどな、あの人。
 僕が保健室で寝てると、時々様子見に来たりするし、今西も嫌ってないみたいだし。
 さっきの弁当の確認、は冗談だろうけど。
 昨日の帰りの会でも注意されてたことだし、さすがに忘れる奴なんていないだろう。

「え、今日お弁当だったの?」
 いたー!
 2時間目の体育の後、来てるか気になって保健室を覗いてみて、ついでに何気なく聞いてみたら衝撃の一言が今西の口からこぼれ出た。
「マジで持ってきてないの?」
「うん。てことでお弁当ちょーだい」
「何をおっしゃっているやら」
 にこやかに出してきた手を払いのける。てか時間ヤバイな。
「んじゃそういうことで」
「あ、待て」
 伸びてくる手をかわして、教室へと階段を駆け上がる。
 今西はとにかく保健室の外に出たがらないから、ひとまずは安心だ。
 それにしても、知らないとは思ってなかった。
 田原先生なら教えててもおかしくないだろうに。
 週5日やっている往復のおかげか、あっという間に階段を上がりきって教室へ。
 既に大抵の男子は着替えを終えていて、女子が後ろのほうでもぞもぞしている。
 …………本音を言えば、凝視もとい観察したいところだけど、エロい奴だと思われたくないので意図的に見ないようにしながら自分の机に。
 上の体操服を脱いで、ぐしゃぐしゃに置いてあるワイシャツを拾い上げて着る。
 次に下を脱いで、ズボンを履く、あれ。ベルトがない。
 素早く教室を見渡す。ニヤついてるのは、牧橋か!
「牧橋てめぇ!」
 ズボンを手で押さえながら、机の間を縫って牧橋へと近づいていく。
「うおバレたバレた。お前らどけ!」
 牧橋も負けじと必死で逃げていく。扉から外に出られたら厄介だから、
 下半身に開放感。
 後ろから近づいていた筒井に、ズボンを下ろされた!
「てめーらぁぁ!」
 普通に女子とかこっち見てるし!
 慌ててズボンをずり上げて、えーっとどっち追いかけようか!
 迷っている間に、二人とも扉の近くまで到達する。こういう追いかけっこでは、全力を出せない僕のほうが不利だ。さすがにこの格好で保健室は笑えない。
 となれば。
 僕は第三の選択肢を選ぶことにする。
 教室の後ろへ行って、牧橋のロッカーを漁る。
「あ、こら戸田!」
「弁当が惜しけりゃベルト返せ!」
 鞄からつかみ出した人質、いや箱質か? を盾に、ベルトの返還を迫る。
「よしわかった、弁当返せ」
「どう考えても取って逃げる気だろ」
「いやいや、マジだから。ちゃんと返すから」
 じりじりと距離を詰めながら、お互いにいろいろ裏のある笑顔で交渉を続ける。
 ちなみに、僕はズボンが落ちないように押さえながら、襲撃を警戒して内股。3年間使うからってサイズの大きいズボンが憎い。
 遂に苗木さんの机を挟んで、僕と牧橋はにらみ合う。苗木さん困ってるけど気にしない。僕だって困ってる。
 もはや交渉は不要とばかりに、僕らの手は相手の隙を窺っている。
 相変わらず顔は笑いながら、緊張が最高潮に達したその時――チャイムが鳴った。
 咄嗟に次の時間を確認する。理科。ってことは、
「おい早く返せ、八重はまずい!」
「うわ、もっと早くそれ言え!」
 今までの緊張が嘘のように、迅速な人質、いや箱質と、なんだろうベルト質? の交換が成立する。
 慌てて僕と牧橋と苗木さんが席に着いたところで、八重先生が入ってきた。
 座ってズボンにベルトを通しながら、安堵のため息を漏らす。
「はいじゃあ授業始め……おいなんだその弁当箱は。まだ3時間目だぞ、しまえ」
「え、あ、すいません」
 八重先生に指差されて、周囲から笑われながら牧橋が弁当箱をロッカーにしまいにいく。ざまあみろ。
 そうか、あれ今西に持ってってやればよかったかな。

 さて、さっきは逃げてきたけれども。
 よく考えれば、今日の僕の弁当はサンドイッチ。分けられないものじゃないのだ。
 どうせなら、恩を売っておくのもありじゃないのか。
 ということで、今西に分けに来たわけなのだけれども。
「どっから出てきたその弁当!」
「いやー、今日先生たちは仕出し弁当頼むらしいんだけど、その注文にギリギリ間に合ったから1個追加してもらえた」
 卵焼きを口に放り込んで、割り箸でVサインを作る。
「お行儀悪い。女の子なんだから」
「はーい」
 同じ弁当を食べている田原先生にお叱りを受けて、Vサインを解除するとごま塩のかかったご飯を口に放り込む。
「けど、戸田くんがそのお弁当を分けてくれるなら喜んでもらうよ」
「いやなんでそうなる」
「え、給食届けるわけでもないのにここに来たってことはそうじゃないの?」
 言葉に詰まる。これが今西の怖いところだ。
「まあまあ、その心がけはよろしい。ほら、そこに座って食べなさい」
 仕方がないので、勧められるがままに今西の好きなぐるぐる回る椅子に座る。
 これ、少し傾いてるからあんま好きじゃないんだけどな。
 ランチボックスを開けて、ラップにくるまれているサンドイッチを取り出す。
「玉子でいい?」
「え、マジでくれるんだ」
「代わりになんかくれよ」
「うん。ところで、ツナがいい」
「贅沢言うんじゃねー」
 要望は無視して、玉子サンドを渡す。今西はぶちぶち言いながらも、ラップを剥いてかじり始めた。
「はにほしひー?」
「お行儀!」
「ごめんなさーい。で、何欲しい?」
 長い体を縮こまらせながら口の中の玉子サンドを飲み込んで、今西が箸で弁当を指す。
「じゃあ、カマボコで」
「分かった。じゃああーんして」
 むせた。
「どうしてそうなる!」
 えーっとなんていうか、間接キスだろ!
「えー、嫌?」
 そりゃもちろん、嫌、かな……?
 よく考えたらおいしい状況かも、っていやいや。
「嫌とか以前に問題あるわ!」
「ちぇー」
 口を尖らせる今西をよそに、手でカマボコを持っていく。
「奈美ちゃん、一応言っておくと病気には経口感染って言ってね、口移しで感染するのもあるのよ」
「いや先生、ハナっから冗談ですから」
 ですよねー。
 なら受けておくべきだったのかな、なんて思ったりもして。
 今西より先に、サンドイッチを食べ終える。
 昼休みだし、今日は教室に帰るか。
「んじゃ今西、帰るけど放課後どうする?」
「あーお願い」
「分かった。じゃ、火曜は弁当忘れるなよー」
「雨ならねー」
「いや晴れでもだろ」
 光合成でもする気か。
「んー、あたし体育祭は来ないから。家で応援してる」
「えーなんでだよー」
「ごめん」
 今西が頭を下げる。
 その返事になっていない返事に何か触れてはいけないものを感じて、僕は追及をやめた。
 てか普通に忘れかけてたけど、今西って扱いは不登校なんだもんな。来なくて当然か。
「そか。じゃ、放課後」
「うん、ノートよろしくー」

       

表紙
Tweet

Neetsha