Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

『――日曜日は残念でしたが、今日は天気にも恵まれ――』
 あちー。
 5月にしては強い日差しが、僕の頭へと照りつける。
 去年までは紅白帽で防げたけど、今年は鉢巻だから防衛手段がない。
 とっとと校長先生の話が終わってくれればいいんだけど、この人入学式でも結構喋ってたからな。
『――平日にも関わらずお集まりいただきました父兄及び近隣住民の――』
 僕たちがうんざりする中、マイク越しの校長先生の話はまだ終わらない。
 あまりの退屈さに、地面に落ちていた小指の爪ほどの小石を拾い上げて、目の前の松田に向けて投げてみる。ヒット。
 けど、松田は気付かない。威力が低すぎたか。
 もうちょっと大きい石は先週の金曜の準備のときに拾われてしまって、もう転がっていない。となれば、狙う場所を変えよう。
 今度は首筋。うまく狙って、えい。
 小石は見事に首筋に吸い込まれていく。体操服の中まで入ったのか、松田の身体がびくりと震えた。
 後ろを振り返って、笑いながら足で砂をかけてくる。みんな座ってるから派手に避けられなくて、靴下が汚れた。
 さて、反撃せねばなるまい。とはいえ、もう石は通用しない。ならば砂の掛け合いに持ち込もう。
 僕と松田の間で小さなザッザッという音が響く。隣に並んでる不破がこっちを睨んできてる気がするけど男には譲れない戦いが
『せんせーい!』
 突然響き渡った声に、二人とも驚いて前を見る。
 いつの間に校長先生の話やその他もろもろが終わったのか、気がつけば二人の応援団長が声の大きさを競い合うように選手宣誓を行っていた。
 マイクを使っていないのに、校長の話以上の音量が僕の鼓膜まで届く。すごい。
ところで、こういうのは男女でやるもんじゃないのかな。
『誓いまぁぁぁす!』
 一際でっかく叫んだ後、最後に自分たちの名前を叫んで団長が退散する。
 続いて、朝礼台に3年生が一人上がってきた。
『池田敬太くん基準!体操体形にぃーっ、開けっ!』
 マイクに向けて叫ばれる。誰だよ。
 とりあえず適当に広がって、周りを見ながら微調整。
 いつも通りの体操が始まるのかと思っていたら、スピーカーから聞き覚えのある音楽、てかラジオ体操第一が流れてきた。
 うわー懐かしいな。5年生ぐらいから基本的にサボってたし。
 正直うろ覚えだったけど、周りを見ながらなんとか体を動かす。
 改めて聞いてみると、壇上であの3年生がやってくれてなかったら何言ってるのか分からない指示も多いな。
 最後に深呼吸して、割とさっくりラジオ体操は終わり。これから応援席に戻って、
『全体、屈伸!』
 神庭先生何言ってらっしゃるんですか。
 結局、追加でいつもの体育と変わらない準備運動。ラジオ体操は一体なんだったんだ。

 旗が、近づいてくる。
 共にやってくる声援とも単なる叫びともつかない声、声、声。
 その大きさに少したじろぐけれど、周りの熱狂に身をゆだねて、僕も一部となる。
 ドンドンというこの騒ぎの中でも掻き消されずに響く太鼓。その調子は変わらないはずなのに、何故か大きくなったかのように聞こえてくる。
 いよいよ、その瞬間。立ち上がりながら両手を天へ。そして、立ち上がりきらないうちに手を下ろしながらまた座る。
 ただそれだけの行為が、人の波を作り出す。あっという間に僕たちの座っている応援席を抜けて、旗持ちの走る僅か先へとウェーブは去っていく。
 そして、戻ってきた。
 再び、波の一部としてクラスの白組全てが動く。人によっては、鉢巻を放り上げて上空に二つ目の波を起こそうとしている。
 その波は学年が上がるほど大きくなっていくみたいだ。3年生までくると、女子まで投げ上げている人がいる。どれが誰のだか、ちゃんとわかるのかな。
 今度は波が揺り返すことはなく、トラックの端と端で紅白の旗が振られる。
 司会が何か話しているようだけど、激しさを増す太鼓の音が全てを飲み込んでいく。
 じわじわと、そのテンポが速くなる。合わせて、旗を振る速度も上がっていく。
 その両方が最高潮に達して、太鼓がドドン! と鳴り止む。それに合わせて、旗もピタリと、少し止まれてなかったな、白……。
 けどそんなことには目もくれず、応援団長が飛び跳ねる。
「白組勝つぞーっ!」
『『オオーーッッ!』』
 向こうで叫んでいる赤組と相まって、叫び声だけは二重。
 これで応援合戦は終了。校長、教頭、神庭先生が審査員となって点数が付けられる。
 その3人が壇上に現れる。
 まず、神庭先生の発表。手に持った紅白の札のうち、どちらを上げるかで結果を表明する。
 焦らすように両方を見比べる神庭先生。グラウンドの、応援席の緊張が高まっていく。
 そして遂に札を後ろ手に隠すと、直後さっと上げた。
 ……白。
 まだ勝ってもいないのに、歓声が白組を支配する。
 続いて教頭先生。この人は焦らしもせずに、赤の札を掲げた。
 打って変わって、グラウンドの向こうから叫び声が聞こえる。
 そして、校長先生。この人も焦らすタイプのようで、どちらかを出すかに見えてすぐに戻す、ということを繰り返す。
 徐々に、その間隔が長くなる。赤をゆっくりと上げたかと思うと、戻す。そして白をさらにゆっくりと上げていく。上がる、上がる上がる、戻った!
 そして赤。じりじりと、じりじりと、じりじりと、あっ!
 その手が下がることはなく、そのまま一気に上がりきった。
 赤組の方から、一際大きな歓声が聞こえてきた。

『白速いです、赤組も頑張ってください!』
 もう何度目か分からない、この実況。
 個性がないのかわざとそうしているのか、白と赤が入れ替わったり順位を発表したりする以外になんの変化も見られない。
 とはいえ、白が勝っているのはいいことだ。
 応援合戦で負けたマイナスは大きい。プログラムの2番から4番、1年から3年まで一気に行われるこの80m走で盛り返さなくちゃ。
 僕が走るのは次の次。で、今回うちのクラスで走るのは甍と守口。でも両方赤だから、応援していいやら。
 銃声と共に、スタート。次の次に走る僕たちは、立ち上がっておく。
このグループは早いほうなのに、守口がその中でも際立って早い。2位との差を少しずつ広げていく。
 幸いにも、甍はそこまで早くないみたいだ。それでも僕より上だけど。6人中、5位につけている。
 しかも2位と3位は白。これはいい感じだ。ゴール。
 1位こそ取られたけど、2位と3位とってればトータルで同じぐらいの得点になるんじゃないかな。
 続いて、僕たちの前のグループがスタート。砂埃が少し止んだぐらいで、クラウチングの体勢に。前を見ると、今度は白がワンツーフィニッシュを決めていた。上々。
 さて、いよいよ僕らの番だ。
 練習のときに負けた二人は、両方とも赤。これはまずい。
 1位は無理だろうけど、なんとしてでも2位に入ってやる。
「位置について、よーい」
 勝つ勝つ勝つ。それだけを考えろ!
 銃声と共に、一気に走る。よし、ひとまず2位だ。
 強く地面を蹴って、更に、更に早く。練習で2位だったあいつは、きっと僕のすぐ後ろぐらいにいるはず。見えてないけど、追いつかれるわけにはいかない、来た!
 ゴールテープまであと少し。そんなところで、並ばれる。抜き去りたいけど、そんな加速ができるはずがない。
 とはいえ、向こうも限界なようで――――ゴール。
 一気に減速、ゆっくり歩く。まずい、勝ったかどうか自信がない。
 肩で息をしていると、その肩を見知らぬ先生に叩かれた。
「3位のところに並んでね、呼吸整えてからでいいから」
 …………うあー!負けたー!
 少しふらつきながら、3位の旗の後ろの皆さんに合流する。
 周りとおしゃべりしている奴が大半だけど、ちょうど近くに知り合いがいないので、ひとりで息を整えながらこっそり2位の奴を睨みつける。
 くそ、何組かは知らないけど、クラス対抗リレーで覚えてろよ。

       

表紙
Tweet

Neetsha