ピストルの音と共に、3人のランナーがスタートする。
待ちに待った――ってほどでもないけど、クラス対抗リレーの幕開けだ。
白組はただでさえ点数で負けてたのに、綱引きでも負けて「もう無理」というオーラが漂っていたけど、クラスでなら話は別だ。
1組は青、2組は赤、3組は白のハチマキ。現在の順位はほぼ並んで白、青、赤だ。
まるでフランス国旗、はこの並び方だっけ?
「チョビー」
こういう時はチョビに聞くに限る。
「えっと、戸田くん何?」
ぼそぼそとしたチョビの声は、周りの声援のせいで聞こえにくい。
少し首を伸ばして、聞き取ろうとする。
僕の走順は22番目、チョビは18番目。距離はトラック半周で、奇数のやつと偶数のやつがそれぞれトラックの反対側で並んでいるから、間に2人。
ちょっと遠いけど、間の奴らは両方とも応援のために立ち上がっているから、そこまで元気のない僕とチョビの会話にはそこまで影響がない。
「フランス国旗の色の並びってどうなってる?」
「え、っと、確か青、白、赤」
「おー、サンキュ」
つまり今の青、赤、白って並びは、うん。
考えるのをやめよう。
気がつけば第6走者まで来ていて、少し前に。
青がどんどん後ろとの距離を開けていて、赤はじりじりと白との間を詰められてきている。
けど問題ない。1組の作戦は序盤に早い奴を結集させていて、2組は逆に序盤に遅い奴をぶつけて逆転を狙う。そして3組はバランスよく、だ。
毎回、1組は序盤だけリードして、25人目辺りで最下位まで落ちていく。
最初は青、少し遅れてもつれ合いながら白と赤にも第7走者にバトンが渡る。
「モーちゃん、がんばー!」
ここで登場するのが我がクラスの誇るデ……巨漢、モーちゃんこと砂川だ。
女子にすら負ける50m10秒9のその走力は、あっという間に3位へと後退し、さらにその差を大きく広げていく。
ここで開けられた分を取り返すために、第8走者では例外的に作戦を無視して金田が出陣。
アンカーも務める(ここで走るのは今西がいない分の埋め合わせ枠だ)その走り。本当に早い。
白が女子だったこともあって、距離の半分以上を埋めてバトンが渡った。
とはいえ、ここからはしばらく鈍足ゾーン。苗木さんと大綿さんの後、オタク軍団の半分が走って、白との差はまあまあってところ。
さて、そろそろ加速の時間だ。
クラスの文化部をほとんど放出して、運動部たちがちょっとずつ差を縮めていく。青と白は既にトップを競り合っていて、周りのテンションはどんどんエスカレートしていく。僕も含めて、みんなレースの様子を見るために立っている。
お、白がトップになった。けど青の女子とうちの女子の速度はほぼ拮抗している。ここからだ。
目の前で、チョビにバトンが渡る。すかさず、前の高沢さんがレーンに並ぶ。そろそろ、僕の出番だ。
チョビが懸命に走って、少しまた差が詰まる。安河内さんにバトンが渡って、また詰まる。
青を射程に捉えて、高沢さんへ。走り終わった後、減速する安河内さんの胸は大変いい光景である。
ばれないように、視線は高沢さんを追うかのようなさりげない動きで、こっそりと目に焼き付けながらレーンへ。
いよいよ、加藤にバトンが渡った。
レーンから見ると、少し白と後ろ2組との差が開いている気がする。まだまだ挽回可能ではあるけれど。
加藤は、張り切っていただけあって十分早い。青との距離がかなり詰まる。同時に、僕との距離もあっという間に詰まっていく。
助走スタート。すぐ前で青がバトンを受け取って、本格的に走り出す。よし、あの速さなら抜ける。
思ったより手にバトンが触れるのが遅くて、ちょっと振り返ってしまう。その瞬間に、手にバトンの感触。慌てて握る。
後ろを向いた分で、助走の速度がだいぶ落ちた。すぐ目の前の青ハチマキの女子の背中を目指して、思い切り走り出す。
やっぱり、僕のほうが早い。競り合いながらカーブへ突入する。
抜くためにアウトを取って、並んだ。
周りの歓声が妙に大きく、はっきり聞こえる。「頑張れー!」という何人もの声が、それぞれ誰から発せられたか聞き取れそうだ。
ふと、今西の顔が浮かぶ。来ないって言ってたけど、あいつなら来ててもおかしくないんじゃないかな。
一瞬だけ、観客席を眺め回す。レースに集中していたはずなのに、いとも簡単にそれは行えた。
保護者席に並ぶ、顔。その中に、見知ったものはない。
やっぱり来てないのかな。ああ、救護テントにいたりして。
頭でこんなことを考えながら、足は正確に走り続ける。青いハチマキを少しずつ引き離していく。
カーブを抜けた。バトンを渡す相手、千倉の背中がどんどん迫る。こっちを見て、走り出した。
その手に向けて、バトンを叩きつけるように渡す。すぐにグッと手ごたえが返ってきて、離して減速。既に走り終わった人間の列に並ぶ。
「よくやった戸田っち!」
まず、守口が飛びついてくる。
「ナイス戸田」
続いて、アンカーのタスキをかけた金田がハイタッチ。
「っしゃ、あー」
息が上がっているので、周りほどはしゃげない。
少しふらふらしながら、レースの行方を見守る。
白と赤の距離は、微妙に詰まってきてはいる。けど、まだ白は十分に早い奴を温存しているからわからない。
対して、うちもこの後ある不破、小峰、韮瀬の卓球部ゾーンを越えればそこからはトップクラスの奴らばかりだ。
ここでどれだけ差を詰められるかが、勝負を分ける。
甍にバトンが渡る。早い。けど、白も負けていない。
健闘もあまり差を詰められないまま、不破へバトンが渡る。
さすがに男子の相手は厳しいか、また差が開く。次の小峰は女子と走るから、大丈夫だろうけど。確か、クラスの女子で二番目に早いはずだし。
白に一拍遅れてバトンパス。走り出した小峰は、体格の割に早い。僕と同じぐらい、は言いすぎか。開いた白との差を大きく取り返しにきている。
目の前でバトンの受け渡しを待つ韮瀬は、だいぶ焦った表情をしている。白も女子が連続で走ることを利用して、抜き去る気なのか少し前に出ているみたいだ。
白のランナーが助走を始める。直後、韮瀬も続いた。
それは早くないか? と心配が頭をよぎる。けど、多分あれならほぼスタートが横並びになるだろう。攻めに行く気だ。
まず白が、韮瀬のほぼ真横でバトンパス。続いて小峰も、っ!
渡せると思って安心したか、小峰が少し減速したせいで韮瀬に届かない。慌ててもう一度、強く踏み込んで走り出す。
韮瀬も来ないのに違和感を覚えて、半分後ろを振り返る。けど小峰が強く踏み込んだのを見て、速度を落とさずにパスを受け取る。
けど、
「大丈夫だったか今の」
「いやまずくね?」
僕らから、そんな呟きが漏れる。
今の動き、バトンが受け渡しできる範囲――オーバーゾーン以内に入っていたかかなりギリギリだ。というか、多分出ていた。
韮瀬があそこで振り返ったせいで、気付けなかったんじゃないか。
韮瀬の走りは白とほぼ拮抗しているのに、みんな少し不安そうな顔になる。
「……気にしたってしょうがないじゃん」
さっきまでとは違うざわざわ感の広がるところに、金田の声がみんなの注目を集める。
「ニラ頑張ってんだから、勝とうぜ」
そしてガッツポーズ。
「っしゃ! だな! 頑張れよ守口ー!」
そこに、松田も乗っかる。
レーンの上の守口は声援に笑顔で手を振ると、すぐに真剣な顔つきになってバトンを待つ体勢になった。
白がわずかに先に、続いて赤がバトンパス。
守口は走る。走る。早いのはわかっていたけど、いつもよりも早いんじゃないか。
青も頑張るけど、遂にカーブの中ほどで抜かされた。
僕も含めた2組のみんなから歓声が上がる。
そこから、派手なデッドヒートが始まった。
赤がさらに差を広げたかと思えば、30番目で一気に抜き返される。
そこからまた盛り返して、並んだかと思えばまた少し競り負ける。
残り5人。けど、ここで松田が本気を出した。
抜いたばかりか、ぐっと差を広げる。なんだこいつ、さっきからかっこよすぎる。
けど、アンカーまでの残りの3人がその差をじりじりと詰めてきた。
半周遅れてついてくる1組がもはや眼中にはないかのように、2組と3組は圧倒的に盛り上がる。
そして、遂にアンカーにバトンが渡る。
またほとんど差がない状態で、タスキをかけた2人が走り出した。
「っしゃああああああああああ!」
走り出すや否や、上がる歓声。
金田、ヤバイ。白のアンカーも相当なのに、その上を行っている。距離が広がっていく。
「いいぞ! 行け! 行け!」
思わず、僕も熱くなって応援に力がこもる。
実行委員が、青のアンカーガ行くや否や慌ててゴールテープを張っている。どう考えても、そこに飛び込むのは金田だった。
アンカーは僕達と違って1周。けど、半周を過ぎてもお互いスピードには衰えが見られない。
赤いタスキがどんどん僕達に、勝利に近づいてくる。
カーブを曲がり、最後の直線を一気に駆けて、最後にさっきと同じようにガッツポーズをしながら、金田がテープを切った。
ゴール後の僕たちのテンションは、抜群に高かった。
そんな中、発表された順位は。
『1位、3組。2位、1組。2組はラインの反則があったため、失格となります』