『白組、344点。赤組、408点。赤組の優勝です』
グラウンドの向こうから、歓声が聞こえてくる。
白組は正直そんなこと分かっていたので、悔しがると言うよりもしらけた空気だ。
大きい競技は騎馬戦ぐらいでしか赤には勝てなかったし、僕はそれにすら出てないからほぼ完敗なのかな。
運動会の勝ち負けなんて拘ることじゃないけど、悔しいような悔しくないような。
団長が前に出て、校長先生から旗を受け取っているのをぼんやりと眺める。
選手宣誓がずいぶん前だった気がするけど、まだ3時になったばっかりなんだよな。
それほど競技に参加していなかったのに、わりと濃い時間を過ごした気がする。
多分、その主原因は午後の応援席が重すぎたせいだ。
あの時僕達側にいた奴らは大して気にしていないっぽかったけど、そうじゃない人の中にはだいぶ韮瀬に苛立っている奴もいる。
韮瀬も韮瀬で、謝りたいけどタイミングを逸しちゃってるみたいでそりゃもうピリピリしてた。
不破も扱いに困ってたみたいだし。
騎馬戦で男子がみんな行っちゃったときとか、もうね。
逃げようかと思ったけど行くところがなくて、救護テントに行こうかと本気で思った。
『続いて、学年別クラス対抗リレーの表彰です』
そして、また空気が少しざわっとする。
『1年生優勝、1年3組』
だいぶ色黒な感じの男子が朝礼台に上って、トロフィーを受け取っている。アンカーの奴だ。
体育座りの韮瀬は、膝をぎゅっと抱えてその間に顔を埋めている。周りから聞こえる、ひそひそ話を遮断するように。
傍から見てもすごく気にしているのが分かって、胸が苦しくなる。
確かに、判断をミスったのは韮瀬だ。けど、目の前で見ていた僕たちはあの時韮瀬が必死だったってことがすごくよく分かる。
金田が言っていたみたいに、気にしたってもうしょうがないことのはずだ。
そう、声を大にして言いたい衝動に駆られる。
けど、それでクラスの中での僕の立場がどうなるかを考えると、怖くなる。
言葉は喉の奥に引っ込んでいって、結局何も起こらないままだ。
表彰が終わって、校長先生の講評が始まる。
それを全部聞き流しながら、考えを巡らせる。
弁当を食べている時、牧橋は不満たらたらだった。あいつそんなに早くないのに。
そこはまあどうにか分かってもらうとして、やっぱり他の奴らの反感を消すのは僕じゃない誰かに任せるしかない。
男子の中心ぽい奴らのうち、金田は分かってくれてるみたいだから筒井がどう思ってるのかがポイントだな。
女子はグループできてるから、正直どうしたらいいのかわからない。
一番韮瀬に反感持ってたのはテニス部組だけど、仲いい人いないからな。というか、校外学習で一緒になった卓球部組と今西以外に話す女子とかいないし。
筒井が動かせれば文化部はなんとかなる、かな。もともと、苗木さんとかが怒る様子が思い浮かばないけど。
不破や小峰も言えば、てか言わなくても協力はしてくれるだろうし、そっちを頼ったほうがいいのかな……うおっ!
スピーカーから響いた、キィィィィンという音に思考が中断させられる。
『えー、ではこれから後片付けに入ります。まず一旦教室に戻って椅子を片します。ちゃんと昇降口で脚を雑巾で拭いてください』
音の原因は、教頭先生の大声か。話してる最中も、小さくキィィンという音が入る。
『その後、各自でグラウンドの片づけをします。終わり次第先生の指示に従って下校してください』
最後まで聞かないうちから、気の早い奴らは応援席へと移動を開始している。
既にごちゃごちゃし始めた人の流れに乗って、僕も応援席へ。
自分の椅子に戻って、タオルと水筒を椅子の上に載せて、けどまだ移動しない。
とりあえず今やるべきことは、ちょっとだけ待つこと。
そして、不破と一緒に少し遅れてやってきた、韮瀬の元気のない肩を叩いて
「お疲れ」
と笑顔で言ってやることだ。
不破も韮瀬も何を言ってるんだみたいな顔でこっちを見てくるけど、気にしない。
ひとまず、これが今僕にできる精一杯のことだ。
それ以上は言わずに、自分の椅子を運ぶ。
「何あれ?」「……んー」という会話が聞こえた気もするけど、何も言わないからな。