Neetel Inside ニートノベル
表紙

越えられない彼女
firstest

見開き   最大化      

「めんどくさいー」
「めんどくさくてもやるの」
 机の上に突っ伏す頭を軽くはたく。
 6月に入ってから1週間が過ぎて、雨は全然降らないけど僕たちの前にはひとつ大きな課題が降ってきた。
 いわゆるテストってやつだ。
 毎回漫画だけ読んで捨てちゃう通信教育の勧誘には『中学校のテストは甘くない!』だとか書きたてられてて、どうせ脅し文句だとは思うけど少しビビってたりもする。
 実際、1年生の最初なんだからそんな難しいことをやるわけじゃない、よね?
 英語とか、アルファベットの大文字小文字が書ければいいとか言われてるし。
 こんなんじゃ勉強がめんどくさいってのは分かるけど、だからって勉強しなくてもいいってことじゃないだろう。
 数学できないしな、今西。
「そもそもテスト前だからって勉強するのがまちがっとるんじゃー」
「「それは違う」」
 田原先生にまで責められて、さすがの今西も起き上がる。
「だいたいー、あたしはちゃんと戸田くんから毎日ノート借りて勉強してるしなんとか」
「ならない」
「むー」
 ふてくされながらノートに目を戻す今西。
 気持ちは分かるけども、今西は授業を受けてない。
 マイナスは確かにあるんだから、ちゃんと頑張らないとダメだ。
 というか、テストを受ける意志まであるなら普通に教室にいればいいのに。
 その辺は、いやここだけじゃなくて、いくつも不思議な点はある。
 けどまあ、
「わっかんないー!」
「はいはい」
 とりあえず、そういうのは保留で行こうと思う。
 そのうち、聞けそうになったら聞くぐらいが一番心地いい関係を続けられそうだし。
 椅子の下に手を回して持ち上げて、一歩分今西のほうへ移動。
 ノートを覗き込むと、教科書の問題を解いてたみたいだ。2つの丸と、3つのバツが描かれている。
 丸は最初の2問。そして、今西はバツのついている残りの問題のところを叩くと、
「何度も聞くけど、なんでマイナス×マイナスはプラスになるのー!」
「いや何度も言うけど、なんでとかじゃなくてそうなるんだってば」
「そんなの認めない」
「認めろよ」
 そんなところに腹を立てられてもどうしたらいいのか分からない。
「納得のいく説明を求める」
「自分で考えろって……」
 理不尽にも程がある要求だけど、こいつに睨まれると弱いんだよなー。
 いつか勝てるようになりたい。
 ペン回しをしながら、理由を考えてみる。東郷先生なんて言ってたっけなー。喋るの早すぎて何言ってたか覚えてないんだよなー。
 一応、ノートをめくってなんて書いてあるか確認してみる。
 先生独特の『重要』と書いて円で囲んで下線を引くという滅茶苦茶気合の入った項目には、『かけ算、割り算は符号が同じならプラス、違うならマイナス!』とだけ書かれていた。
 役に立たねぇー!
 あと、右上には『カエル=守口』という謎の等式がカエルの絵と一緒に書いてあるけど、これマジでなんだっけ。
 すごく気になる。えーっと、これは5月8日の授業か。
 もっかいペン回しをしながら、頑張って思い出そうとしてみる。
 あーっと、そうだ確か、
 ぺしん。
 ペンをいきなりの衝撃で取り落とす。
 ぐったりしていた今西がいつの間にか起き上がって、僕の後頭部をお返しとばかりにはたいてきていた。
「何すんだよー!」
「そっちこそ何してんの! 明らかになんか別のこと考えてる顔!」
「え、分かるの?」
「やっぱりかー!」
 うわ引っかかった!
「ごめんごめん、ちょっと気になることがあって」
「そんなん後でいいから教えてよー」
 机の下で脚ぶんぶん。田原先生に当たらないように振れ幅は小さく。
「わかったわかった。えーっと、」
 けど何も考えてないぞ。
「まず、マイナスがあるだろ」
 勢いで喋りだして、ノートの上に一本横棒を引く。さあ、ここからどうしよう。
「うん」
 今西もそれがどうしたって顔でこっちを見ている。
 さて、何も考えてないけどどうするかな――――あ、そうだ。
「で、もう一個マイナスがあるだろ」
「うんうん」
「で、このマイナスとマイナスが」
 矢印を書いて、横棒を2本並べる。イコール違うよ。
「こうなる」
 それぞれから矢印を伸ばして、片方の先はそのまま横棒に、そしてもう1本は縦棒に。
 できたのは有り体に言えば、プラスってやつだ。
「……えっと、つまりマイナスが二つあると片方縦に突き刺さってプラスになる、と」
「です」
 これが今の僕にできる精一杯の説明、うわ今西の視線が冷たい。
 やめてー。その目やめてー。
「戸田くんに期待したあたしが馬鹿だった」
「うっさい!」
 ちくしょー、無茶振りされて被害者は僕なのになんで僕が悪いみたいになってるんだー。

「いやー、覚えとくわー。マイナスとマイナスがあったら――」
「もうそれはいいだろ!」
 4時45分、僕たちは保健室を出て上履きを履き替えていた。
 普段は今西が運動部の下校と鉢合わせしたくないそうでもうちょっと早いけど、今はテスト1週間前で部活が休みだからこの時間でもいいみたいだ。
 今西は同学年じゃなくても、誰かに姿を見られるのが嫌いみたいで、僕以外の誰かが来るとできるだけ注目されないようにか、小さくなっている。
 けど多分割とどうしても目立つと思うんだよなー。
 僕みたいに保健室慣れしてて『離籍しています』って書いてあっても入ってくるような奴はそうそういないみたいだから、二人きりみたいなことには僕以外至ってないらしいけど。
 靴を履いて、校舎を出る。
 僕たちは門を出るまでは一緒で、そこから先は僕が右、今西は左の道を通って帰る。
 こうして肩を並べ、いや歩幅を合わせて――――なんでどっちも適切じゃないかなあ。
 とにかく、一緒に歩くのはほんの短い距離だ。
 当然、あっという間に歩ききって、
「んじゃー」
 まだ暮れ始めてすらもいない、白い月の浮かぶ空。
 門の前でお互いに手を振って別れる。
「じゃーねー」
 また明日、保健室で。

       

表紙
Tweet

Neetsha