「なんでこのタイミングなんですかー」
「しょうがないだろ、学期の初めに決めちゃったんだから」
「テスト終わってからでもよかったんじゃ」
「文句言うな、とっとと分担決めろ」
筒井がぶちぶち言いながら、妹尾先生の元を離れて僕たちの輪に加わってくる。
うちのクラスの掃除当番は、出席番号順に9人ずつ(正確には1つ目が10人なんだけど)で4班に分けられている。
掃除場所は教室と事務室で、それぞれに1班が配属されて1ヶ月経つと掃除場所を入れ替えてもう1ヶ月掃除。
2ヶ月経つと、残りの2班と交代するという形だ。
これはだいぶひどいシステムだと思うんだけど、妹尾先生のこだわりらしい。訳分からん。
ということで、水曜日にもかかわらず掃除場所の交代が行われて、今日から僕たちは教室の掃除をすることとなった。
既に机は教室の前半分に片付けられて、後ろの広い空間で円になって役割分担のジャンケンを始める。
「んじゃ、ジャーンケーン」
役職は箒がけが2人、窓枠を拭いたり黒板を綺麗にしたりするのが1人、床拭きが6人。当然床以外を狙いたいところだ。
「ポイ!」
僕の手はパー。周りでも、大体の手がバランスよく出ている。
「あーいこーでしょ!」
変わらず、パー。人数が多いせいか、またあいこ。
「あーいこーでしょ!」
今度はグー。やっぱりあいこだ。
「待った待った待った、これ勝負つかなくね? 男女で分かれようぜ」
面倒臭くなったか、筒井が手を挙げて、新たな競技方法を提案する。
もしかすると、男子4人に対して女子5人だから勝ちやすいという打算をあるのかもしれないな。
「いいけど、男女で勝ち負け決めた後どうするの?」
口を挟んできたのは韮瀬……じゃなくて、近本さん。
最近韮瀬よりも色々とうるさい女子だ。
この場合の「うるさい」というのはただ単純にうるさいというのもあって、個人的にはあんまり好きなタイプじゃない。
「1回勝った奴だけで決勝やって決める。それでいいだろ」
「んーまあ、いいけど」
ということで、男子でのジャンケンだ。
「ジャーンケーンポイ!」
今度はチョキを出してみる。
「えー、何だよそれ!」
「戸田っち一人勝ちとかないわー」
「うわー負けた」
残りの3人は、なんと全員パー。
筒井が頭を抱え、乃木はなぜか僕を責め、梨元は肩を落とす。
「代われよー」
「やだよー」
筒井が近づいてくるが、余裕のスルー。
「じゃあジャンケン1回やって負けたら代われよ」
「いや訳わからない」
乃木はもう意味分からないからスルー。
「そっち誰勝ったー?」
そこに、近本さんが近づいてくる。
「聞いてよチカさー。なんか戸田っちが空気読まずに一人で勝ち抜いちゃってんのー。しかも代わってくれないし」
「えー、マジで一人!? 強っ。こっち3人もいるのに」
乃木の台詞の後半をスルーしながら、近本さんが目を見開いて驚く。この人、この表情になるとめっちゃ眼球飛び出てて怖いんだよな。
「じゃ、決勝やろー」
残ったのは僕、苗木さん、近本さん、韮瀬だ。なんだこの女子率。
韮瀬以外とはあんまり親しくないので、場にどうしよっかという視線が少し飛び交う。
「はい、じゃあ決勝行くよー」
沈黙を破ったのは韮瀬。うんナイス。
「ジャーンケーンポイ!」
出された手を見て、一瞬時間が止まる。
まさかの、全員チョキ。
おお、という空気が一瞬生まれた後、韮瀬のあいこでしょの声で掻き消される。
次に出したのは僕がパー、周りはパーグーパー。苗木さんの負けだ。
「あー……」
自分の出したグーを見つめながら、少ししょぼんとする苗木さん。なんか申し訳ない気分になってきた。
あー、今西もこれぐらいだったら可愛げがあろうというものを。
正直もう床拭きでないのは確定しているので負けてもよかったんだけど、なんと最後のジャンケンでも僕は勝ってしまった。
近本さんが負けたから韮瀬と一緒に――――はちょっと違うな、韮瀬と共同で掃き掃除の担当だ。
とりあえず、教室の後ろの掃除ロッカーから箒を2本出して片方を韮瀬に渡す。
「さんきゅ」
「分担どうする?」
「半分ずつやろ。あたしあっちやるから」
そのまま返事も聞かずに箒をかけにいってしまったので、僕もそれに従う。まあ異存はないんだけど。
雑巾を濡らしてきた拭き掃除組の視線が早くしろとせっつくのを感じて、少し雑に箒を動かす。
掃除ってのは手を抜くと早く終わるもので、教室の4分の1はあっという間に掃き終わった。
「早くしろよニラー」
対して、韮瀬は割ときちんとやってるみたいで、当然僕よりは遅くなる。
「あとちょっとなんだから待ってよ!」
乃木の催促に、韮瀬は少し苛立った声で返す。
やっぱり、前より調子が落ちてる気がするんだけど気のせいかなあ。
既に二人とも掃き終わったところを、次々と雑巾がけ担当が走っていく。
5往復で終わりらしいから、みんな早く終わらせようと一生懸命だ。
「……と」
そういや、ちり取り持ってきてないや。
拭き掃除をしているところにぶつからないように、掃除ロッカーへ。
「うおっ、危ね」
「あ、ごめん」
扉を開けたせいで、梨元がぶつかりかかったみたいだ。ちり取りと小箒を取り出して、慌てて閉める。
再び床を飛び回る弾丸を避けて、ゴミを集めてある机と机の隙間に戻る。
韮瀬が僕の分と自分の分をまとめてくれた山をザッと掃き取って、ゴミ箱へ捨てに行く。
そうしたらもうすることもない。みんなが5往復し終わるまでぼんやりとその様子を見る。
みんな次々と終わっていくけど、苗木さんと梨元が特に遅い。二人とも文化部だし、単純に足腰の問題なのかな。お、終わった。
二人はベランダに置かれているバケツで雑巾を洗いに行っているけど、お構い無しに僕たちは机を運び始める。
妹尾先生は引きずるなって言っていたけど、今は他の掃除場所の見回りに言っているせいかみんなやりたい放題だ。
教卓は2日に1回でいいと言われているので今日は運ばずに、また掃きと拭きの追いかけっこが開催される。
また僕が早く掃き終わって、先に自分の分のゴミを取っておく。
ちょうど取り終わった頃に韮瀬がゴミを持ってきた。ナイスタイミング。
「ごめんよろしくー」
「はーい」
僕のほうには消しゴムが落ちていたりしたけど、韮瀬のほうにはそんなものはなかったみたいだ。ちゃっちゃと取って、ゴミ箱へ。
また机のほうに移動して、今度は机で半ば塞がれた掃除ロッカーを四苦八苦しながら開けて、僅かな隙間から箒を放り込む。
「韮瀬それ貸してー」
「あ、いいよ。ウチはあとで掛けるから」
どうやら、わざわざロッカーの中のフックに引っ掛けるつもりらしい。やってる奴なんていないのに。
「いいじゃん、転がしとけば」
「だからー、ウチはそういうの嫌なの」
そういや、そんなこと言ってたっけ。
「韮瀬、真面目なんだなー」
「真面目じゃないし。ちゃんとさせたいだけ」
いや、そういうのを真面目って言うんじゃないのか。
「環奈そこ通して」
「あ、ごめん」
気がつかないうちにみんな5往復を終わらせてたみたいで、南風原さんが雑巾を洗いたそうにしている。
掃除ロッカーの前というのはベランダへの扉がある場所でもあるので、僕も邪魔になるな。
南風原さんとすれ違うようにして狭い机と窓の間を通って、一旦この狭いところから抜ける。
続々と雑巾がけが終わっていて、今度は机を元の位置に戻すための移動が始まった。
「今日はどしたのー?」
いつもより遅く登場した僕に、今西がポニーテールを揺らして振り返りながら聞いてくる。
「今日から掃除当番でさー」
「えー、テスト2日前なのに?」
「訳わかんないだろ」
少し傾いた椅子(最近慣れてきた)に座って、鞄から理科の教科書を取り出す。
「で、覚えた?」
「バッチリ。100点取れそう」
「顕微鏡のパーツの名前だけで問題出してくれればね……」
八重先生は10点分は確実に出すって言ってたから、無駄ではないだろうけど。
「んじゃ導管と師管はどっちがどっちかわかる?」
「えーっ、と?」
駄目だこいつ。
「いやー、顕微鏡覚えるのに時間かかって」
「覚えるの苦手だもんなー」
国語はできるって言ってたけど、漢字はできないみたいだし。
「じゃ、一個一個おさらいしてくよー」
「はーい」
ピシッと手を挙げていい返事。背筋を伸ばしたせいで、ただでさえ差のある座高が更に開く。
なんか本人が言うには計算したら身体の半分以上が脚ってことになってたみたいだけど、それでもこんなに差があるってのは納得できない。
「ん、どうした戸田くん」
「いやでかいなーって」
改めて全身を見直すと、そう感じる。モデル体型っていうのかなーこういうの。
顔もまあかわいいし、この性格を晒さずにやっていけるモデルならいけるんじゃないか結構。
「……本当にどうした戸田くん」
「お前の将来を考えてた」
「一体何を!?」
「え、まあ」
モデルとか言えるか。
「結婚できそうにないなーって」
さらりと誤魔化そう。実際割と本音だったりする。こんなのと結婚したら大変だぞー。
「ちょ、ちょっとどういうことだー! あたしにだって婿の一人二人来るわ!」
「二人はまずいな」
「追求すべきはそこじゃねぇ!」
なら嫁に行く気がないところか?
「まあ、相手探し頑張れ」
「じゃ戸田くんどーう?」
一体何をおっしゃっているんだ。
だが僕はこの2ヶ月で鍛えたスルースキルがある。またどうせ、これで僕をからかって遊びに来ているんだろう。その手は食わないぜ。
「それは愛の告白ってことでいいの?」
「んふふ、どうでしょう」
悪い笑み。これは嘘をごまかす時のパターンだな。
「じゃ、その件は保留して勉強に戻ろうか」
「えー」
「女は賢い男が好きって言うだろ」
「そんな人見たことないよー」
姉ちゃんの恋愛論は一瞬で否定される。
ですよねー。