Neetel Inside ニートノベル
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「うーふああぁぁー」
 奇声を上げながら、今西が机に倒れ込む。
「ようやく全部終わったー」
「嘘ついてんじゃねぇ」
 まだ4教科だろうが。
「午前中がって意味ね。あと数学……」
 突っ伏したまま、くぐもった声を響かせる今西。
 一方僕は割と回復してきていて、朝の様子と比べると僕が今西の元気を吸い取ったみたいに見えるかもしれない。
 国語、理科、数学と続いたテストは想定していたよりも簡単で、ゆっくり……とは言いがたいけれど割と休む時間が取れたのが幸いしたのかもしれない。
 代償として、背中は痛いけど。
「戸田くん、体調はどう? 給食食べられそう?」
 テスト用紙を袋にしまいながら、田原先生が問いかけてくる。
「あ、はい。もうかなり大丈夫です。全然食べられます」
「じゃあ教室戻る? それともこのままいる?」
「え、あー」
 そういや、もうここにいる理由とかないのか。
 筆記用具を今西に借りっぱなしになるし、教室に戻ったほうがいいのかな。
 ちょっと迷って、なんとなく今西を見てみる。
 いつの間にか突っ伏していた顔を上げて、両手で机に転がっているふたつの消しゴムを弄くっていた。
 胴も腕も長くて、転がっていった消しゴムを取るために手を伸ばしているせいで机を真っ二つに分けているようなその姿に、つい笑ってしまう。
 よし。
「このままいます」
 今日はもうちょっと、こいつを見てみよう。
「そう。じゃ給食どうしようか」
「あ」
 そういや、僕がここにいるってことは誰も給食を持ってくる人がいないわけか。
 しょうがない、取りにいくか。
「僕行ってきます」
「大丈夫? ふたり分だから2回に分けて運びなさいよ」
「いつもすまぬー」
 消しゴムを弄くりながら感謝を示されてもなんか違う気がする。
 まあいいや、さっさと取ってこよう。先生はああ言ってたけど、面倒だからふたり分いぺんに。
 扉に手をかけて、そうするなら戻ってきて足で開けるためにちょっと隙間を空けておいたほうがいいかな、なんて考えながら開けて
「うおおっ!?」
 扉を開けると、そこに妹尾先生がいた。
 驚いて、思わず後ずさる。
「おいおい戸田、そこまで驚かなくてもいいじゃないか」
 妹尾先生は困ったような笑顔で保健室に入ってくる。後ろで今西も笑ってるのが気配で分かるぞ。ちくしょう。
「で戸田、身体の調子はどうだ?」
「だいぶ元気です」
「そうだよなーいいフットワークしてたもんな。じゃ、教室戻るか?」
「いえ、5時間目もここ居るそうです」
 田原先生が封筒を渡しに来ながら、話に加わってくる。
「あら、そうですか。じゃ給食持ってきますね」
「それも戸田くんがやってくれるって言ってます。あ、でもふたり分だからひとりお願いすれば」
「おおそうか。任せろ戸田」
 笑いながら背中を叩いてくる。痛いって。
「じゃ行くか」
 妹尾先生と一緒に、保健室を出て階段を上る。
「どうだ? テスト解けたか?」
「まあそこそこは」
 なんか朝もこういう会話した気がするなぁ。
「そうかそうか。5時間目もその調子で頑張ってくれよ。そんなに難しくはしてないから」
「本当ですか?」
「まあ普通に勉強してれば100点取れちゃうんじゃないか?」
 さすがにそれは言いすぎだろ。
 そこで会話は途切れたけど、階段を上るにつれて、テストの間でも変わらない教室のざわめきが大きくなってきて間を埋めてくれる。
 腹が出ているせいか若さのせいかそれとも両方か、僕のほうが早く登りきって教室に入る。
「お?」
 見慣れない教室の光景に、思わず声が漏れる。
 普段は整然と6班に分けられている並んでいる机が、教室のあっちゃこっちゃで大小の塊を形成していた。
 そこに座っているのもいつも通りの男女混合じゃなくて、性別がはっきり分かれている。
 なんじゃこりゃー。
「あれ戸田、よくなったの?」
 驚きながらも列に並ぶと、牧橋が後ろに並んで声をかけてきた。
「ん、まあね。保健室戻るけど」
「それ本当によくなってんのか?」
「全然大丈夫。てかこの机どしたの?」
「カ……っと、妹尾先生が今日は机自由に並べていいぞ、って」
「へー」
 ちょっと粋な計らいだな。
 ところで、すぐ後ろに妹尾先生が居たからカッパっていうのをギリギリで堪えたっぽいけど、隠しきれてないような気がする。
 離しながら牛乳とストローを取って、給食いっちょあがり。
 妹尾先生が取り終わるのを待って、っとそうだ。
 トレイを一旦ロッカーの上に置いて、自分の鞄を取り出す。
 ロッカーの位置が給食当番のいる所から微妙にずれてて良かった。
 ちょっと重いけど鞄を腕に提げて、トレイを持ち直して教室から出て行く。外で妹尾先生が待ってくれていた。
「大丈夫かそれ? 持つぞ」
「あ、大丈夫です」
 確かに生まれてこのかたまともに運動してきてないから細腕だけど、これぐらいはなんとかなる。
 なんとかなる。
 なんとか……きつい!
 最初はよかったけど、4階という位置を甘く見ていた。
 階段を降りるたびに腕にずしっと負荷がかかって、なかなかきつい。
「本当に大丈夫か?」
「問、題、ないです」
 意地でそう答えてはみたけど、右腕がヤバイ。血流れてるかな。心配になってきた。
 ようやく1階について、今度は妹尾先生のほうが先に行くとドアを開けてくれた。保健室になだれ込む。
 一旦鞄を床に置いて、一息。右手がじんじんする。
「戸田、お前やっぱ無理してたんじゃないか」
 妹尾先生が呆れた顔でこっちを見てくる。だって、ねえ。
「大丈夫ー?」
今西が少し心配そうな顔をしてるので、トレイを机に置きながら痺れた右手でVサイン。ちゃんとできてないけど。
「じゃ、今西も英語頑張れよー」
 僕の鞄を引きずってきてくれながらトレイを置いて、妹尾先生が出て行く。
「じゃ、いただきますしましょうか」
 あれ、いつの間に田原先生の給食は出てきたんだ。
「はーい」
 今西はわざわざ手を合わせている。偉いな。
「「いただきます」」
「いただきまーす」
二人は息がぴったり合っているけど、僕はちょっとタイミングを計り損ねた。
 これが毎日給食を一緒に食べている者の結束力か。
 今日のメニューは苺ジャムつきの食パンにチーズ入りの卵焼き、プチトマト2個とシチュー。
 まずは苺ジャムの袋を破いて、中身を全部搾り出すとスプーンで拡げてやる。
「えー、戸田くんそうやって食べるの?」
 見ると、今西は小さく袋を開けて、ジャムを渦巻状に細く出していた。
「いいじゃん、別にどうだって」
「こっちのほうが綺麗なのにー」
 綺麗だろうと何だろうとどうでもいいからー。
 拡げ終わってから、とりあえず牛乳にストローを突き刺す。最初に牛乳を一口飲むのが、僕の流儀だ。
 何故か知らないけど、家で飲むより給食の牛乳はおいしい気がする。
 とりあえずパンにかじりついてから、プチトマトを両方平らげる。
 そういやぐっちゃんはまた今日もプチトマトを皿に載せきれないほど貰っているんだろうか。
 うちの小学校にも栗田ってトマト好きがいたけど、ぐっちゃんほどは貰えてなかったなぁ。先生もうるさかったし。
 そういや今西はプチトマト嫌いじゃないのかな。
 見てみると、今西のトマトも綺麗になくなっている。おお、偉い。
 ん。
 シチューを食べながら今西の食事の光景を見ていると、あることに気付く。
 もしかしてこいつ、三角食べしてるんじゃないか?
 牛乳、パン、卵焼き、シチュー、牛乳。
 やっぱり、きちんとした順番で食べている。
「今西」
「ん?」
「三角食べ、いつからしてる?」
 その質問に、今西はパンをかじって飲み込んでから
「小学校の頃からずーっとそうだけど?」
「凄っ」
 真面目にそんなことしてる奴なんて、見たことないぞ。
「そう? そこまででもないと思うけど。家ではやってないし」
「いや、学校でできるだけでも凄いわ……」
 僕には真似できそうもない、ってあれ。
「プチトマトはどうしてんの?」
「ん、あれは最初の2周だけ食べる」
 だから真っ先になくなってたのか。
「欲しかった?」
「いや、別にないならないでいいけど。そこまで好きでもないし」
「そういうもんなのかー」
「そういうもんよー」
 会話終わり。もぐもぐ。
 今西は三角食べをやってるけど、順番は関係なしに僕の食事は終了。
 僕の牛乳の飲み方にはもうひとつ流儀があって、最初に飲んだら後は他のものを食べ終わるまでは一切飲まない。
 で、最後に牛乳を一気飲み。
 ふぅ。これがうまいんだ。
 今西も大体食べ終わっていて、三角食べの結果最後に残ったシチューを頑張ってスプーンで掬っている。あ、諦めた。
「ごちそうさまでしたー」
 スプーンを置いて、きちんと手を合わせる今西。
 少し伸びをすると、立ち上がって自分と僕のトレイを持ち上げる。
「給食室に返してくるねー」
「え、いいよ僕も行く」
「いいのいいの。日頃のお礼だと思って」
 そう言われると、断る理由もない。
「ありがとな」
「こっちこそいつもありがとねー」
 振り返って笑いながら、今西が足でドアを開け「奈美ちゃん!」怒られた。
 やっべー、やらなくてよかった。
 仕方がないので、立ち上がってドアをきちんと開けてやる。
「本当にいつもありがと……」
「いいってことよ」
 肩を叩いて、やりたいけど身長が足りなかった。

       

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