Neetel Inside ニートノベル
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「せーの、」
 八重先生の授業にも関わらず、がやがやと騒がしい教室の中。
 3人の男が、己を試しあう! ……なんちゃって。
 掛け声と同時に、僕らは一斉に返ってきたテストを見せ合う。
 金田67、僕78、牧橋51。
「またかー!」
「戸田半端ねー!」
 ニヤける僕。悶える金田と牧橋。
 テスト点数レースは英語以外の4教科を終えて、今のところ僕の4勝で進んでいる。
「やっぱ塾行ってんだろーお前」
「俺も行こうかなぁ、親もうるさいし」
「いやいや、地道な努力の結果ってやつですよ金田くん牧橋くん」
「適当なこと言いやがって」
「元から頭いいんだろちくしょー」
「ないない」
 これは本当。
 僕の点数の原動力は今西なのだ。
 ……これは誤解を招くな。
 改めて、僕の点数の原動力は今西『との勉強』なのだ。
 テスト1週間前からの勉強だけじゃなくて、毎日ノートを見せたり質問されたりは思っていた以上に僕の身になっていたらしい。
 正直、こんな点数を取ったことに自分が一番驚いている自信がある。
 極端にできないってわけではなかったけど、勉強できるわけじゃなかったからなー。
「っそー、英語で見てろよ」
「俺も英語ならできた自信あっからな」
「かかってきやがれ」
 残念だが、僕も英語はできた自信がある。風はこちらに吹いているのだ。
 僕の全勝で終わりだ!

「で、その英語が94点で負けた、と」
「牧橋が意味分からなかった」
 そして放課後、僕は今西の前で屈辱的な結果を報告している。
 調子に乗って、給食を届けに来たときにレースの話をしたせいで隠しきれない状況になったのがまずかった。
 せめて5時間目が英語でなければ。本当に失敗した……。
 でも96点って。あの馬鹿が96点って。
 平均78点とか意味の分からないことをカッパおっと妹尾先生が言ってたけど、それにしたって。
「よしよし」
 うなだれる僕の頭を撫でてきた、ので思わず振り払ってしまう。
「なんだよー」
「ああごめん、それ嫌なんだよ」
 ちっちゃい頃、姉ちゃんが何かあると頭撫でながら「よちよち、じゅんくんはなきむちでちゅねー」ってやってきたからな!
「で、そろそろ見せてもいいんじゃないかな」
「はて、なんのことやら」
「とぼけても無駄だ。テストに決まってるだろ!」
 昼に「あたしのテストはなんか妹尾先生が一気に届けてくれるらしいから」と言っていたのを僕は覚えている。
 そして、今西は何かを待っているときに椅子にじっと座っているような奴じゃないのだ。
 普段、給食を運びに行くと大抵立ち上がってうろうろしてたりするし。
 そんな今西が掃除を終えてやってきた僕を座って出迎えたってことは、既にテストが返却されたと見ていいだろう。
「テストなんて知らないな!」
「出せ! 出さないと」
 右手で銃を作って撃つ真似をする。
「ふっ、無駄よ」
 のけぞりながら両手で銃を作って対抗する今西……いや、これは
「エガちゃん?」
「違うわ!」
 あ、田原先生が吹いた。珍しい。
「ほら、先生も認めたじゃん」
「ちょっと先生、ひどい!」
「違うのよ、これは」
 言いながらも、口を押さえているし声が震えている。何がツボに入ってしまったんだ。
「ほらテスト見せろよ江頭ー」
「あたしのどこが江頭よ! ほらフッサフサよ!」
 ポニーテールを見せ付ける今西。
 確かに最近薄くなってきたけどそこで差別化を図るのだけはやめてあげてほしい。
「分かったよ、今2時」
「おかしかった! なんかおかしかった!」
「えー、ところで今2:50だっけ?」
「いやどう見ても3時過ぎてるでしょ!」
「ああごめんごめん、じゃあ今2:50からどれぐらい経った?」
「……あたし帰る」
「えっ?」
 怒った顔のまま、立ち上がって足元の鞄を引きずり出す今西。
 いやいやいや、ちょっと。
 そのまま無言で立ち去ろうとするのを、鞄を掴んで止める。
「何よ!」
「ごめんごめん、僕が悪かった!」
「知らない!」
 つっけんどんな態度で、鞄を引っ張り返される。
「奈美ちゃん、私も悪かったわ」
「……先生も知らない!」
 おっと、なんて言いながらも少し鞄を引く力が緩んだぞ。
「ほんと反省してるって」
「つい笑っちゃったのよ、悪気はなかったから」
 やった、止まった!
 今西は、そのまま無言で引き返すと鼻を鳴らして鞄を乱暴に置いて、僕に背を向けて椅子に座る。
 普段なら怒られるところだけど、田原先生も困ったような顔でこっちを見ている。
「反省してるのよね」
「え、そりゃもう」
「じゃあ言うこと聞いて」
「は、はい」
 うわー、細長い背中が怖い。今度は何をやらされるんだ!
「笑うな」
「え?」
「あとほめろ」
 それだけ言って、今西は鞄を開く。
 僕が事態についていけていない間に、机に紙がばら撒かれた。
 僕が散々見たがっていた、5枚のテスト用紙が。
「えっと……」
 色々聞きたいことはあるけど、今西は何も喋ろうとしない。
 でも、さっきの『笑うな』と『ほめろ』は、そういうことだよな。
 1枚1枚、点数を確認していく。
 正直、飛びぬけていいわけじゃない、金田以上、僕以下って感じの点数が並んでいる。数学なんて60点ぴったりだ。
 けどひとつだけ、僕を上回る点数のテストがあった。
 国語、89点。
 すぐにこれへの褒め言葉が口をついて出かかるけど、記憶から蘇るものがあって見直してみる。
 ――――ああ。
 なんとも、つまらないミス。漢字の書き問題で、ハネを忘れただけ。
 けど、それで今西は漢字のところの全問正解も、90点も逃している。
 いろいろと自信満々に言っておいてこれじゃ、確かに見せたくもなくなるかもな。
 それ以前に、僕がそこそこいい点数を言ってたのもあるかもしれないけど。
 よし。
「今西、60点も数学で取るなんて偉いじゃないか! 教えた甲斐があった」
「……ほめてない」
 う。
 いきなり手痛いしっぺ返しを喰らったけど、負けてられるか。
 すごく辛そうだけど、国語のことなんて忘れちゃうぐらいに他の4教科を褒めちぎってやる。
 もちろん、それから国語も、だ。
 90点の壁を越えられなくたって、今西が頑張ったことには変わりないんだから。

       

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