Neetel Inside ニートノベル
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 ガタガタと机を動かして、6人が向かい合う。
 今回の班のメンバーは甍、ぐっちゃん、笹川さん、韮瀬、南風原さん。
 まあまあの面子、と言っていいんじゃないかな。
 ……韮瀬が隣でなければもっとよかったんだけど。
「じゃあ班毎に係決めろー。決まったとこから班長が紙取りに来い」                 
 妹尾先生の指示で、各班が一斉に騒がしくなりはじめた。
「班長誰やる?」
 はずなのに沈黙が僕らを支配する。
「俺副班長なら」
「え、あたしも副班長やりたい」
 その沈黙は、甍と笹川さんによって破られた。
 くそ、二人とも分かってやがる。
 副班長ってやつは、大抵何の仕事もないことが多い。
 だからみんなやりたがるわけで、僕も正直やりたかった。
 けど、今の僕にはそうはいかない事情がある。
 ただでさえ韮瀬と隣同士になったこの状況、筒井に散々からかわれるだけでなくてクラス全体にまで飛び火することも覚悟しなくちゃいけない。
 そのときに、限界までイジられるネタを持っていちゃ駄目だ。
 うかつに副班長になって韮瀬が班長になろうものならもう何を言われるやらわかったもんじゃない。
 このクラスの係は6人の班に班長・副班長が1人、配布係と回収係がそれぞれ2人。
 配布係と回収係はプリントを配ったり集めたりするだけの簡単な係だけど、2人いるというのがこんなに恨めしくなるとは思わなかった。
 当然、韮瀬と同じ係になるのも避けなくちゃいけない。
 つまり、今僕はかなり難しい局面に立たされているのだ。
 向こうの出方を読んでうまいこと韮瀬を回避しないと……ん。
 今、僕が班長になれば万事解決じゃね?
 2人はジャンケンで決める流れになってるし、もう韮瀬が副班長になることはないだろう。
 これはチャンスだ!
「あ、じゃあこのジャンケン負けたほうが班長になればいいんじゃない?」
 南風原さーん!
「お、それいいじゃん」
 ぐっちゃーん!
 なんという提案を。
 このままでは困る……ってほどでもないけど、韮瀬の回避にやや神経を使わなくちゃいけなくなりそうだ。
 とりあえず、向こうの出方を見てからどっちの係になるかを――
「えー、じゃあ俺降りるわ」
 お?
「うっそー。ありがとこいのぼりー」
「うわー、そう呼ぶならおれやっぱやるわ」
 げ。
「ちょ、ごめんごめん。許して」
「いや駄目。ジャンケンしようぜ」
 あーもうなんでそんな流れになる!
 こいのぼりってのは甍のあだ名。ただ、本人は嫌っている。
 なんでもこいのぼりって歌が音楽の教科書に載ってて、その歌い出しが『甍の波と 雲の波』だかららしいんだけど。
 それをこの状況で出すとは、なんとも空気が読めないというか……。
 こうなったら僕が止めに行くか。
「いや、1回やめるって言ったんだからアウトでしょ」
「んだよ戸田。入ってくんなよ」
「えー戸田くんの言ってること正しいと思うけどな」
「そうだよこいのぼりー。言ったんだから守れよー」
 僕の言葉を、笹川さんだけじゃなくてノリでぐっちゃんも後押ししてきた。
「は? じゃあいいよ、やめっけどお前らどっちか班長やれよ」
「え、ちょ」
「もう嫌っつっても駄目だかんな」
 甍が完全にすねた風に言い放つ。
 なんか妙な展開だけど、班長になる覚悟はもうできてたから問題はない。
 ぐっちゃんが「どうすんだよ」という目でこっちを見てくる。任せろ、僕が解決してやる。
「んじゃウチ班長やる」
「「え」」
 ここまで黙っていた韮瀬の発言に、僕と甍の驚きがハモった。
「環奈、こんなんの言うこと気にすることないじゃん」
「ん、いいからいいから」
 かわいそう、という口ぶりの笹川さんを軽く制すと、韮瀬は立ち上がって紙を取りに言ってしまう。
 また班全体を、今度はちょっと気まずい沈黙が覆う。
 前言撤回。
 この班、不安な面子です。

「きりーつ、れい」
『ありがとうございましたー』
 礼をしながら、内心げんなりする。
 この後に待っている掃除の時間を考えたら、あと一時間授業があってもまったく構わなかったのに。
 筒井のやり口は特に何も騒がず、ただしこっちをニヤニヤしながら見続けるというなんとも腹立たしいもので、おかげで僕は今ストレスが絶好調だ。
 給食が特に会話もなく終始重い空気の中だったのも原因にある。
 あー、掃除サボって保健室行きたいなー。
 前に運ばれていく机の波に逆らって掃除ロッカーに向かいながら、大きくため息。
 とにかく、韮瀬とはできるだけ喋らないようにしないとなー。
 まあそれはそれでからかわれるんだろうけど、さ。
 ロッカーから、箒を一本取り出して掃き始める。雑巾を絞って待機姿勢の筒井をなるべく視界に入れないようにしながら。
 分担はいつも通り、教室の窓側半分。
 だけど、今日はちょっとだけ丁寧に。
 韮瀬は僕がきちんと掃いてないと、やっぱり注意してくるからな。
 今思えば、あいつは掃き掃除よりも黒板を綺麗にしてるほうが性に合ってたんじゃないのか。
 そんなことを思いながら掃き終わって、ちり取りを取りに行こうとすると今日は珍しく韮瀬が先に掃き終わっていた。
 拭き掃除を始めた奴らの群れを掻い潜りながら、戻ってきてゴミを取り始める。
 それをゴミ箱に捨てたら、退屈な時間だ。
「ねえ」
 で、話しかけられるのが一番怖かったんだよなぁ。
「ん?」
 できるだけ親しげに見られないように、気をつけながら。
「いつも掃き終わってからちり取り取りに行くのって大変じゃない」
「え、ああ」
「だから、先に箒取りにいった方が一緒に持ってきとくことにしない?」
「お、いいよ」
 確かにそれはいい案だ。
「じゃ、明日からよろしく」
「うん」
 そこで会話が途切れたので、ちらっと拭き掃除のほうを見てみる。
 筒井は既に5往復し終えていたようで、実にいい笑顔でこっちを見ていた。
 あぁぁー。
 机の移動が始まったので、とりあえずそこに混ざってその視線から逃れようとする。
 けど向こうもそう甘くはない。僕の隣の列の机を運びながら、話しかけてきた。
「何話してたの? やっぱ人に言えないタイプの話?」
「んなわけないだろ。掃除の話」
「へー、ほぉー」
 ああ、腹立つわ……。
 その全く信用していないという態度と顔に軽く殺意を抱きながら、机を運び終える。
 とにかく筒井から離れるために、箒を持って素早く、かつ丁寧に掃除を開始。矛盾してる気もするけど気のせいだ。
 今度は韮瀬より早く掃き終えると、ちり取りでゴミを集める。
 会話がないようにあえて深く俯きながら、韮瀬が持ってきたゴミも取ると捨てる。
 韮瀬が手を出してきたので、箒を渡す。気がついたら、最後に箒を片付けるのは韮瀬の役目、みたいな感じになってきた。
 そのために韮瀬はいつも掃除ロッカーの前に運ばれる列の机を運んで、開けやすいように隙間を作っている。賢いやつだ。
 あ、もしかして片付けるのが韮瀬ってことはちり取り出すのは僕がやるべきなのか。
 後で言ってみよう。筒井のいないときに。
 今の僕に必要なのは、韮瀬と関わらずに掃除を終えること。
 拭き終わるや否や、素早く机を運んで椅子を下ろし、大体終わったところでロッカーから鞄を出して一目散に教室を出る。
 今日はだいぶ疲れたから、早く保健室に休みに行こう。

       

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Neetsha