Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

「戸田くーん」
「んあー」
「戸田くんやーい」
 頭に、シャーペンの先でつつかれる微妙な痛みが走る。
 仕方がないので、机に顎だけ乗せてぐでーっとしていた姿勢から身体を起こす。
 うー、顎がじんわりと痛い。ついでに腰も少し痛い。
「なんだよー」
「いや、元気ないけどどうしたのかなーって」
「疲れたんだよー……」
 また同じ姿勢に戻って、腕をぶらぶら。
 席替えがあったことはとりあえず今西には内緒。韮瀬の話に関しては十分すぎるほど僕の敵になり得るし。
 あと。
 今西の机の位置を、教えたくないのもある。
 37人のクラスだから1箇所飛び出てしまうのはしょうがないし、そこに今西の机を置くのも当然のことだろうけど。
 でも、僕はあの配置が嫌だ。
 見るたびに、なんとも言えないもやもや感に襲われる。
「起きてよーつまんなーい」
 ……けどなんかそんなこと考えるのがアホらしくなってきた。
 腕を持ち上げて、僕の頭をぽんぽんと叩いてくる今西の手を払う。
「やめれー」
「やめねー」
 僕の手をかわして、また頭を叩こうとしてくる。
 ならばと右ひじを机に置いて、手を振りながら妨害。今西もパターンを読みながら避けようとしているけど、定期的に引っかかってなかなか叩くには至らない。
「ぬー」
「ふははー」
 笑うと、机が振動するのが顎から伝わってくる。不思議な感覚で面白いな。
 あれ、なか今西の手が引っ込んでないか?
 嫌な予感がして、右手を今西のほうに向けて振ろうとした瞬間
「うりゃっ!」
「ひょうぁっ!」
 脇腹を掴まれた!
 身体全体がビクッとなって、身体が反射で左側に傾く。
 慌ててバランスを取ろうとしたけど手遅れで、派手な音を立てながら僕は床に落ちた。
 頭は打たなかったけど、受身を取った左腕とあと腰に強烈な痛みが走る。
「え、うわ、ちょ、戸田くん大丈夫!?」
「っつうぅぅ、ふざけんなよ……」
「本当に大丈夫、戸田くん? 頭打ってない?」
 田原先生も立ち上がって駆け寄ってきてくれた。
「腕と腰が痛いですけど大丈夫です、たぶん」
「じゃあ一応腕まくってみて。痣になってると困るから」
「あ、はい」
 起き上がって椅子に座りなおして、一番痛いところまで、ワイシャツの袖をまくる。
「大丈夫そうね。で、奈美ちゃん」
 めずらしくきつい声。後ろでおどおどと成り行きを見ていた今西は、びくぅと反応する。
「今回は何もなかったからいいけど、頭打ってたら下手したら死んじゃうことまであるんだからね。
こういう風にふざけてて死ぬ子供は年に何百人もいるの。気をつけなさい」
「はい……」
「あと、戸田くんに謝りなさい」
「……ごめんなさい」
 しゅんとした顔で、僕に頭を下げてきた。
 その姿は普段より一回り、いや二周りは小さく見える。
 僕のほうが大きいんじゃないかって、錯覚してしまうほどに。
 だから、
「いいよ」
 僕は今西を許してやった。
 その顔がほっとしたように緩む。
「けど、ただってわけじゃないぞ」
「え?」
「許してやるから、これから椅子交換しろよ。その軋まないほう」
「え、えー。それは」
「嫌なの?」
「うぅー」
 渋々といった面持ちで立ち上がって、席を空ける。
「いやーすまないねー」
 にやにやしながら、鞄を引きずって椅子を移る。
 座った丸椅子は全然軋まなくて、回転も滑らかで、傾いてもいなくて。
 あと、残った今西の体温でちょっと温かかった。
「うわーやっぱりちょびっと傾いてるー」
「我慢しなさーい」
 そう言うと今西は顔をしかめた。
 うん、それでいい。
 がちゃがちゃ、椅子の傾きがどうにか直らないかと身体を揺すっている今西は普段通りで。
 当然、僕より大きく見えた。
 僕が越えてやりたいのは、しゅんとしてる今西でも保健室に誰か来て身体を縮こまらせてる今西でもなくて、この馬鹿でかい今西なんだ。
「あー直んないー!」
「直るんだったらとっくに僕が何とかしてるって」
「ねえねえ、せめていない時はあたしがそっち座ってていいでしょ?」
「えーどうしようかなー」
 考えるフリをしてやる。本当は、もう返事は決まっているけれど。
「お願いだってばー」
「さっき落とされた恨みとかあるしなー」
「そ、それはさっき許すって」
「なんか文句でも」
「いやいやいや何にも!」
 慌ててぶんぶん腕を振って否定する今西。うん、面白かったしそろそろいいかな。
「まあ、そこまで言うなら使わせてやらんこともない」
「やったー! さすが戸田くん!」
「ははは、ほめろ」
「美脚ー!」
「またそれかよ!」
「事実だもん!」
「え、いや、うん」
 なんか強く言われて、思わず納得してしまう。
「ほんといい脚してるよ、保障する」
「あ、ありがと? じゃなくて、もっと他のところを!」
 ついペースに乗せられそうになって、軌道を修正する。
 この間今西をひたすら、最後のほうは「もういいからほんとやめて」と言わせるまであることないこと褒めちぎった苦労を味あわせようとしたのに、気がつけば向こうのペースにされていた。
 こういうところが今西の怖いところなんだよなぁ。
「え、えっとじゃあ腕……はきちんと見たことがない」
「体の一部をほめろって言ってるんじゃないから!」
「小さくてかわいい」
「そりゃお前に比べれば大体の1年は小さくてかわいいだろ!」
「いやかわいいのはレア」
 えっ。
 なんだそれどう返したらいいんだ。
「ちなみに美脚よりレア」
 なぜか親指を立てながら言われた。意味が分からない。
 やばい、なんか暑くなってきた。顔赤くなってないよな。なってたら死ぬ。
「あーもうその話おしまいな! 次!」
「えー」
 まだまだ語れる、とでも言いたげな顔。
 いったい、今西の中で僕はどういう扱いを受けているんだ?

       

表紙
Tweet

Neetsha