Neetel Inside ニートノベル
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 結局、何かが分からないまま技術の時間は終わって。
「隠すの難しくない?」
「他にいい絵ないかなー」
 だけど帰りの会に妹尾先生が来るまでの僅かな時間に、『アレ』を見せてもらえることになった。
 教室の隅、掃除ロッカーの前で僕は不破と小峰が額をつき合わせてノートをめくるのを眺めている。
 ノートの内容は見えないけど、表紙には……えっと、『たっきゅーぶこーかんにっき☆』と蛍光ペンで書いてあるみたいだ。
 なるほど、そんなことやってるのか。
「あ、これよくない?」
「うん、いけてるいけてる」
 そう言って、2人は手でノートの残りを隠しながら絵を見せてくる。
 一目見て、
「んふっ」
 思わず吹き出した。
 デフォルメされた東郷先生と思われる人が、すごい量の言葉をフキダシで喋っている。
 背景には数直線っぽいものが描かれているから間違いないだろう。
「やばいわこれ。超似てる」
 リーゼントな髪型とか、細い目とか。あと服装がジャージなのもポイント。
「でしょでしょ? 超ヤバくない?」
「環奈普通に描いても上手いけどこういうの描かせると――」
「なになにウチの噂?」
 っ!?
 背後から聞こえてきた韮瀬の声に、思わずビクッとする。
 不破と小峰は反射的にノートを畳んで隠すけど、韮瀬はそれを見逃さない。
「え、何今の交換日記? なんで隠すの? てかなんで戸田くんに見せてんの?」
「いや別に何でも」
「えっと、戸田くんが環奈の絵見たいって」
 不破ぁぁぁぁ!
「ちょ、え、マジ? マジで? 見せた?」
 慌てる韮瀬の隣で、2人へ懸命にアイコンタクト。見せてないよね、よね?
「東郷のやつ見せた」
 小峰ぇぇぇぇ!
「えー嘘! うわ、えー、うわー」
 じわじわと顔を赤くしながら韮瀬が悶える。やばいどうしよう。
 というかこの状況筒井に見られてたらまたいらん誤解生まないか。
 恐怖を覚えて、筒井の姿を探す……あ、廊下でなんか蹴って遊んでる。よかった一安心
「てかなんで戸田くん見ようなんて思ったの!?」
 してる場合じゃない。なんでって見たかっただけだし。
「いや、見たかったから」
「理由になってない!」
 無茶なー!
「ちょ、ごめん環奈落ち着いて」
「綾も綾でなんで見せたの!」
「え、だって」
「だってじゃなくて!」
 駄目だ会話になってないぞこれ。
「だから環奈落ち着いてって」
「ごめん韮瀬」
「あーもう!」
 韮瀬は対話できてないし、僕たちは戸惑うしで状況がグチャグチャになりかけたところで。
「はいみんな座れー。筒井は教室入れー」
 救世主こと妹尾先生が、帰りの会を始めに現れた。

「ほんとごめんなさい」
 沈黙。
 帰りの会がいつも通り進行する中、僕と韮瀬の間には険悪より更にタチの悪い空気が流れている。
 さっきから3回ぐらい謝っているのに、うんともすんとも言ってくれない。
 というかこの状況2度目だ。おかしいぞ最近。
「悪気があったとかじゃなくて、ただ見てみたくて」
 沈黙。
「てか普通に上手いじゃんあれ。みんなに見せればいいのに」
 沈黙。
「むしろ僕がもっと見たい」
 沈黙……お?
 筆箱からいきなりメモ帳を取り出して、なんか描き始めた。え、これはつまり。
 30秒もしないうちに完成したらしくて、メモ帳が僕のほうに投げられる。
 ふわっと飛んで、机と机の境目辺りで裏返しになったそれをめくってみると、ネコバスみたいな笑い顔の猫が『バーカ』と言っていた。
 これもやっぱり上手い。あとこの猫結構かわいい。
 どう返すべきか迷った末に、猫の下に『ごめんなさい』と書いて送り返す。
 なんか消しゴムかけてる。あ、返って来た。
 ごめんなさいの下に、『こんなんなら見せたげる』と書き足されていて、その横にはなんか情けない顔の男が……『←戸田』って。
 けどもうしょうがないから『ありがとうございます』と書き込んで、ついでに戸田の部分を塗りつぶして返す。
 返って来た紙には、顔の下に胴体がついていて『TODA』と書かれた服を着ていた。
 何か返事したいけど、紙にちょうどいいスペースがない。
 どこに書こうかと迷っていると、周りからガタガタという椅子を引く音が聞こえてきた。
 見ると、いつの間にか帰りの会は終わっていたらしくてみんなが椅子を机の上に上げながら立ち上がっている。
 慌てて僕も立ち上がりながら、仕方がないので紙は机の上のものと一緒に鞄の中へ。
「きをつけー、れーい」
 日直のだるそうな号令と共に頭を下げて、机を前に出す。
 さあ掃除か。面倒臭いなあ。
 鞄をロッカーに放り込んで、箒を取り出す……あれ?
 韮瀬はもう箒を持って掃き始めているのに、ちり取りがまだ置いてある。
 出し忘れたのかな? と思って韮瀬のほうを向いてみると、
「ちり取り、出してくれる?」
 と暗に当然やるよね、と言っている顔で言われた。
 うー、これはもしかしてずっと僕が出すパターンか。
 ……けどまあ、また喋ってくれたわけだし。
 やるしかないよなぁ。

       

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