Neetel Inside ニートノベル
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「ちょ、ま、やめろやめろやめ」
 暴れまわる筒井。けど守口と牧橋が拘束にかかっているせいで脱出は不可能だ。
 そして、僕らの見守る中で遂に決定的瞬間が訪れた。
 素早く接近したぐっちゃんが、筒井のやや引っ張られて女子には絶対に見せられないきわどい所まで見えているトランクスの中へと、制汗剤を噴射した。
 股間を抑え、叫び声を上げながら悶える筒井。見ている僕たちは爆笑だ。
「よくやった、筒井」
「1組も流石にこれは勝てねーぞ!」
 そして何故か沸き起こる拍手。
 最近、1年男子の間では制汗剤を使った度胸試しが空前のブームとなりつつある。
 ルールは簡単、吹きかけられたら絶対嫌そうなところに制汗剤をブシューッとやるだけ。
 1組から始まったらしいこのブーム、最初は乳首に向けて噴射するだけだったのがやがて両乳首へと変わり、上半身くまなく噴射される猛者が出現し、ついに今日股間への噴射という禁断の扉までもが開かれた。
 本当はそこまでするつもりはなかったんだけど、昼休みに「誰かちんこ行こうぜ」という発言を不用意にしてしまった筒井にもはや人権はなかった。
 とはいえ、今となってはこのクラスの最強であった『制服の袖から両脇に噴射5秒』の牧橋を破り、男子トップの英雄である。
 ちなみに僕は決して、もう一度言うけど決してチキンではないのだけど、不参加だったりする。
 いやだって、テンション上げすぎて体になんかあるとアレだし。
「ほぁ!」
 あ、なんか倒れてた筒井が跳ね起きた。
「チャンピオン、一言」
 すかさず、ぐっちゃんが制汗剤をマイク代わりにインタビュー。
 筒井はそれをじっと見つめると、
「ウィィィィーアザチャァァンピォォォォン――――」
 なんかやたらいい声で歌いだした。
「――――なんとぉぉぉかぁぁぁ」
「覚えてないのかよ!」
 ぐっちゃん、ツッコミと同時に頭に一発。一同、再び爆笑。
 そこで、タイミングを計ったかのようにチャイムが鳴った。
 いつもならだらだらと遊んでるとこだけど、あまりにちょうどいいタイミングでオチがついたせいか皆素直に席に戻り始める。
「ねえ」
「ん、何?」
 座るとおもむろに韮瀬に声をかけられた。
「男子さ、あれ何が楽しいの?」
「え、何いきなり」
「冷たいだけじゃんあんなの。皆なんかやたら盛り上がってるけど」
「あー……」
 そう聞かれるとちょっと困るな。
 僕達からしてみれば確かに楽しいんだけど、『何が』と聞かれるとはっきりとは答えにくいものがある。
「雰囲気、とか?」
「ふーん」
 よく分からない、といった感じに首を傾げられた。
 うーむ、なんだかそういうリアクションを取られたせいで僕まで気になってきたぞ。

「なあ筒井」
「ん?」
 掃除の時間。
 5時間目の間考えてみたけど、なんかしっくりくる答えは出てこなかった。
 これはもしかして僕が参加してないせいじゃないか。
 ということで、机を運ぶまでの間に拭き終わって暇している筒井に聞いてみることにした。
「あの制汗剤のやつってさ、何が楽しいんだと思う?」
「え、何ってそりゃ、」
 そこまで言って、口の動きが止まる。
「……とにかく面白くね?」
「あ、やっぱそんなもんか」
「つーかそれがどうかしたの?」
「いや、さっき聞かれてさー」
 梨本がようやく拭き終わったので、机の移動が始まる。
 ちょうど話題が一区切りついたので机を運ぼうとすると、筒井も一緒の列を運ぼうとしてきた。
「2人で運ぼうぜ」
 そう言って、ニヤリと笑ってくる。
 今、妹尾先生はいない。チャンスだ。
「オッケー」
 筒井が既に僕に近いほうの片側を持っているので、僕は反対に回り込む。
「せーのっ」
 掛け声と同時に、机の片側を持ち上げて一気に走る。普通、持って走るには机はちょっと重いけど、2人なので楽々だ。
 後ろまで運んだら、また戻って「せーのっ」次の机を持ち上げて走る。こんなに楽なのに、妹尾先生が禁止する理由が分からないよなー。
「ところでさー」
 3つ目の机を運び終えたところで、筒井が声をかけてくる。
「聞かれたのって誰? ニラ?」
「うん」
「そっか、せーのっ」
 掛け声と一緒に机を持ち上げて、
 ――――あれ?
「っと、おい戸田力抜くんじゃねーよ」
 僕が力を抜いたので1人だけ走り出す形になって、筒井はびっくりして一旦机を降ろした。
 その顔は、見覚えのある笑顔。
「やっぱりニラかぁそうかぁー」
「筒井てめえ、ハメたな!」
「はぁ?ハメたも何も事実じゃん。いやいや、恥ずかしがらなくていいのにー」
 失敗した、なんてもんじゃない。
 すっかり追及がなくなったから油断してたけど、こいつに韮瀬と喋ったりしてることを気取られるなんて。
「やっぱなー、俺そんな気してたんだよなー」
「……ほら運ぶぞ!」
「はいはーい」
 なんていうかもうどうしようもなくなって、筒井から目を逸らしながら机をまた2人で運びはじめる。
 明日からまた筒井にニヤニヤされる生活の始まりだ。
 しかも、今度は簡単には誤魔化しようのない状況で。
 ああもうどうしよう。

       

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