Neetel Inside ニートノベル
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「……は?」
 当然というかなんと言うか、韮瀬の第一声はそれだった。
「またまたーとぼけちゃってニラさん」
 筒井は例のごとくいい笑顔でなぜか僕の背中をばんばん叩いてくる。
「え、まさか」
 韮瀬は右手で僕を、左手で自分を指差す。頷く筒井。
 続いて、両手でハートマークを作る。頷く筒井。
「え、えぇぇ―――!?」
 そしてようやく驚きが伝わって、韮瀬がフリーズする。
「ちょ、何この驚きよう。もしかしてアレ? お前の片想いパターン?」
「ちげーよ!」
「あ、やっぱ付き合ってるのかよかった」
 うわーなんかよりまずい方向に行った!
 くそ、なぜこいつはどんどん笑顔の質が上がっていくんだ。
「いやいや付き合ってるとかそういうの全然ないから!」
 フリーズが解除された韮瀬が強く否定する。
 その途端。
 普通よりやや大きめの声は、それでもこの騒がしい教室では大して響かないはずなのに。
 少なく見積もっても教室内の半分の視線が、こちらへ向いた。
 一拍遅れて、クラス全体を不思議な静寂が襲う。
 韮瀬は「え?」みたいな顔をしていて、まだ自分がどれだけ大変なことをしたかに気づいていない。
 心なしか、時間がゆっくり流れている。耳にかすかなピーンという音が聞こえる。
 周りのみんなの好奇心がどんどん高まっていくのが感じられて、今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られる。
 もういっそ時間を止める能力でも手に入ったらいいのに、と姉ちゃんが彼氏に借りていた漫画のラスボスに憧れてみたり。
 あー、あれ読んでたらそれはもう怒られたなー。
 ……うん、現実逃避してるわけにもいかないよなぁ。
 結局、背中が嫌な汗をかき始めたところで僕の時間は元通り動き始めた。
 打って変わって、格好の話の種を提供された教室はざわつきを取り戻す。
 あっちこっちから突き刺さる何かを品定めするような目。それは僕達だけじゃなく、事情通と思われる筒井にも及んでいる。
 既に甍が筒井への突撃を敢行していて、もうこれはどうしようもない。
 そして僕らの元へも、だ。
 偶然にも同じ方向から、金田と不破小峰コンビが迫ってくる。
 韮瀬がちらりと視線を送ってくる。
 篭められた意思は、『……どうする?』。
 『もうどうにでもなれ』、とだけ返しておいた。

 それから5分しかない休憩時間の間に一体どれほどのことがあったのか、僕の記憶にはっきりしたことは残っていない。
 ただとにかく懸命に否定し続けたことは間違いないんだけど、まあ当然みんな聞く耳持たず。
 既に韮瀬と僕はなんというか、その、うん、付き合ってる、みたいな扱いになっている。
 何をしても韮瀬に結び付けられるせいで、僕はもう既に授業中右を向くことすらままならない。
 こんな環境で受ける授業はそれはもう辛かった。きつかった。
 だから、4時間目の授業が終わると同時に僕は何もかもをぶっちぎって給食を運びに出て、ここ保健室にいる。
 汁物がないからとダッシュをかけたせいで派手に息を切らせながら。
「ど、どしたの戸田くん?」
「ちょ、ちょっと……いろいろあって……」
 ぜぇぜぇ言いながら椅子に座る僕を、今西がびっくりした顔で見てくる。
「何があったか知らないけど、そんな無茶しちゃ駄目でしょ」
 田原先生からもお叱りの言葉を受けたけど、これは多少体にダメージ与えてでも――あ、そうか。
 5時間目は寝てればひとまずあの地獄から逃れられるのか。
 となればここで走ったせいで体調が悪いってことにすればなし崩しで給食の時間も回避できる、ってことになる。
 そうと決まればちょっと意図的に、ぐったりと倒れこんで。
「ちょっと戸田くん、ほんと大丈夫?」
 心配そうな声の今西が背中をさすってくれる。
 なぜかこいつを騙すのには罪悪感をあんま感じないなー。
「ん、あー、大丈夫大丈夫……」
 で、ここで体調が悪いとあからさまに言わないほうがいい。
 そうすれば、
「本当に大丈夫なの? 寝てく?」
 田原先生は大体そう言ってくれる。
「あー、でも」
 ここでさらにちょっと渋ってみせる。流石にこれを演技とは思わないはず!
「駄目そうなら寝ちゃいなさい。給食は電話かけて誰かお友達に持ってきてもらうから」
 よし計画通り――――いや待った!
「いや、本当に大丈夫ですから! ほら」
 言うなり、椅子から立ち上がってみせる。背中をさすり続けていた今西が小さく「わっ」と声を上げた。
「そう? けど辛くなったらいらっしゃいね」
「はい、そうします」
 受け答えをしながら、そそくさと保健室のドアを開けて退散。
 危ないところだった。
 誰が来るか知らないけど、誰であろうとどうせ韮瀬の話を振ってくるだろう。
 いくら今西が誰か来たら隠れるとはいえ、話が聞こえないわけじゃない。
 万が一聞かれでもしたら一体どう思われるか……考えるだけで怖い。
 それに比べれば、今から僕を待っている地獄の食事タイムだって耐え切れるかもしれない。
 とはいえ、階段を上る僕の足取りがとても重いことは、言うまでもないけれど。

       

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