Neetel Inside ニートノベル
表紙

越えられない彼女
I LIKE YOU

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「次ホチキス貸してー」
「ん、おっけ」
 よし。
 ぐっちゃんからホチキスが回ってくる算段が付いたので、僕は前を向いて紙を折る作業に戻る。
 明日から夏休みだけど、2学期制のうちでは成績表が配られることも終業式をやることもない。
 僕たちは小学校からそうだったから別に違和感はないけど、水原なんかは小4のときに転校してきて3学期制じゃないことにびっくりしてたっけ。そういやあいつ中学になってから会ってないな。
 というか、僕は逆に夏休み前に成績表が配られるってのも一度経験してみたくはある。
 夏休み前にちょっとしたイベントがあるってのは、きっと悪くない。
 なんせ今日やることと言えば地獄のような暑さの体育館で校長先生の話と表彰が半分半分ぐらいの簡単な全校集会をやって、あとは夏休みのしおり作りだけ。
 机の上に散らばる紙はでかいのが5枚と小さいのが1枚。それを片端から折っていって、下のページ数通りになるよう順々に挟んでいく。
 あとはホチキスで留めれば完成だ。
 手にとってみると小学校のよりいくらか薄くなっているし、大きさもえーっとB5だっけ? とにかく一回り小さくなっている。
 外側の紙だけは水色で、そこに描かれているのはなんかめっちゃうまい絵だ。
 セミの入った虫かごと、それを眺めている麦わら帽子の小さな男の子が描かれている。
 最初は美術の後藤のクソババアが描いたのかと思ったけど、妹尾先生によれば八重先生が描いたらしい。
 確かに八重先生のイニシャルである『M.Y』って描いてあるっぽいサインは隅っこのほうにあるけど、あの顔でこれを描いたかと思うと……人は見かけによらないもんだよなぁ。
「戸田ー」
 トントンと肩を硬い何かに叩かれる。手を伸ばすと、相変わらず蒸し暑い教室の中で冷たい金属の手触り。
「お、ありがと」
 後ろは振り向かずに、冷たさの源泉ことホチキスを掴んで手元に。
 2箇所をがちゃこんと留めて、
「戸田くん次ちょうだい」
「あ、うん」
 そのまま韮瀬にパス。
 受け取った韮瀬は一度紙を整えて、それからホチキスでがちゃこんと――する前にもう一度整えなおして、それからようやく、と見せかけてさらに整えて
「そこまでする!?」
 あまりのこだわり方に思わずツッコミが漏れた。
「え、駄目?」
「いや別に駄目じゃないけどさ、本当にそこまでしなくても」
 こうやって話してる今も、きちーっと角と角を合わせようとしてるし。
「ウチ、ちょっとでもずれてるとすっごく気になっちゃうの」
「あーそうだよね、こだわるタイプ」
 ノートにプリント貼る時もめっちゃ丁寧にやってるし。
「うん、なんか曲がってんの気に入らな……あ、きた!」
 そう叫んで、そーっと慎重にしおりを机の上に置く。
 ホチキスをこれまた慎重に手にとって、しおりの片側をそっと持ち上げて、がちゃこん。
 あまりの集中っぷりに、僕も自然と息を詰めてしまう。
 続いて反対側も持ち上げて、もう1箇所。最後に2つの針の真ん中に。
 そこまでやって、ようやく韮瀬の集中が緩んだ。僕も大きく息をつく。
「いやいやお疲れ」
 小さく拍手すると、ピースサインが返ってきた。
「疲れました」
「で、出来栄えのほうは」
 その問いに自画像ほどではないけど、にやりと笑う韮瀬。
 両手でどーんとしおりを見せてくる。
「どやー」
 口で言うな。
 確かに見せてきたしおりはめちゃくちゃ綺麗に上下左右が整っている。作り方の都合上中の紙はちょっとずつはみ出すことになるけど、それすら等間隔に見えるほどだ。
「……すげー」
 思わず声が漏れる。あ、どや顔がさらに強化された。
「分かったからその顔やめよう」
「えー」
 口では不満そうにしながらも、唇を尖らせてどや顔は解除された。
「せっかく職人芸を見せたのに」
「いや問題はそこじゃなくて顔」
「え、それめっちゃ失礼じゃない? 女子に向けて『顔が問題』とか」
 あ、確かに。
 けど他になんて言ったらいいんだ。
「ごめん」
 後がめんどくさいのでとりあえず謝罪から入る。
 本来は対今西用対処法だけど、こんなことしてるから今西にいつも負けてるんだろうか。
「やだ。許してあげない」
 あれーなんか今西と同じパターンの匂いがするー。女子ってみんなこうなのか?
「ほんとすいませんでした」
「乙女に向かってブサイクとかチョーむかつくんですけどー」
「いやそこまで言ってないし」
 それと口調どうした。
「でも問題があるって」
「大丈夫大丈夫。全然問題ない」
「えー、ほんと?」
 うわー超悪い笑顔だわー。口の吊りあがり方がネコバスだわー。
「ほんとほんと」
「なら好きなだけ見てもいいのよ」
 そして再びどや顔に。どうしてそうなった。
「いやいいです」
「今日でしばらく見納めなんだよー。プレミアだよー」
「はいはい」
 そろそろウザくなってきたのでしっしっと手で追い払う。
「ひどーい……」
 あれなんかしょんぼりした。ちょっと罪悪感。
 けどまあ向こうも向こうだよね。
 そう思ってスルーしていると、なんか強烈に視線を感じる。
「なんだよ」
「戸田くんはウチのこと見てくれないから、代わりにウチが戸田くんのこと見る」
 なんだそれ。ていうかじっくり見られるの結構恥ずかしいんだけど。
「できれば勘弁してください」
「やだ」
 職人芸の結晶であるしおりの上に突っ伏して、顔だけ傾けてこっちを見上げてくる。
 もうなんか相手するのも疲れたので、今度こそ完全無視。
 韮瀬も意地なのか、そのまま妹尾先生がホチキスを回収して話を始めてもずーっとそのままだった。

       

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Neetsha