Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 給食を運ぶようになってから、1週間ほど経って。
 僕の4時間目は、階段を上り下りするのがめんどくさいなーと思いながら過ごす時間になっていた。
 中年太りしてもいないし、ハゲてきて裏でカッパって呼ばれてるわけでもないけど、これは地味にきつい。
しかもうちの教室のルールでは、配られ終わった時点で余っているものを取りたい奴がおかわりしてから食べ始める。
そのせいで急いで往復しないとおかわりできないし、割と後悔中。
 黒板に書いてある式を書き写しながら、急ぐべきかどうかと今日の給食を思い出していると、チャイムが鳴った。
「じゃあ、今日はここまでなー。例7は次の時間。
解答は熊野からか? ちゃんとやっておけよ、ここは大事なとこだからなー。はい号令」
 相変わらず、数学の東郷先生は凄い勢いで喋る。
 数学は好きだけど、この先生は少し苦手だ。割と授業は分かるんだけど。
「きりーつ。きをつけー。れーい」
 号令をかける日直共々、気だるげな雰囲気で4時間目は終わった。
 途端に、今までの空気がどこに行ったのか不思議なほどに教室は騒がしくなる。
「あーもう男子、そこ退いて!」
 給食当番が白衣を着て準備を始める中、ガラガラと音を立てて髪の毛を二つ結びにした女子が配膳台を押してくる。
「うっせー、黙れよニラー」
「配膳台押すなよ、給食がニラ臭くなんだろ」
「そっちこそ黙ってよ!」
 韮瀬環奈。にらせなんて変わった苗字で、そのせいでニラ女だとか、下の名前からニラ缶だとか呼ばれている。
 けどまあ、それは同じ小学校からの付き合いってのが土台にある、お互いに『分かってる』からかい方なわけで。
 僕みたいな、学区の都合で同じ小学校がほとんどいない奴にとっては混ざりにくい。
 休み時間なんか、思いっきり走り回ると5時間目に教室にいられないから派手には遊べないし。
 ちょっとならいいんだけどね。
 そのちょっとを許してくれるほど、昼休みってのは甘い環境じゃない。
 だから友達がまあなんというか、できない、わけじゃなくて! 少ないのだ。
 そんな中で、今西はまあ……改めて考えれば、友達って言ってもいいのかな。うん。
 なんか、妹尾先生の言ってることを認めるみたいで不満だけども。
 不登校、じゃなかった保健室登校(本人的には譲れないらしい)でも、ひょっとしたら、あくまで可能性だが僕が一番喋ってる相手かもしれない。
 否定できないのが悲しいところだ。
 給食が運ばれてきたので、トレイを取って給食を受け取っていく。
 ご飯、魚のフライ、冷凍りんご、厚揚げと野菜のカレー煮。げ、またひよこ豆入ってる。不味いのに。
 最後に、牛乳とストローを箱から取って一人分の給食が完成。
 大体、教室には半分ほどの給食が配られている。
 けど、一班まだ給食係が配膳を始めていない班がある。チャンスだ。
 他はどうでも良いけど、冷凍りんごは譲れないものがある。
 ダッシュで……はカレー煮が危ない。この間のスープで思い知った。
 慎重に、廊下を早歩きと走りの境界線の速さで滑っていく。
 階段では減速せざるを得ないけど、それでもできるだけ早く、っ!
 立ててあった牛乳がバランスを崩しかける。
 どうにか転倒は免れたけど、痛いタイムロスだ。
 3階、2階、1階。階段を降りたら右に曲がってすぐが保健室。
「失礼しまーす!」
 勢いそのままに扉を開けて、
「静かに!」
 小声で鋭く、田原先生から注意。
「すいません……」
「今寝てる人がいるから、静かにしてね。もちろん寝てなくてもだけど」
「はい……」
「まあ、分かってくれればいいから。給食奈美ちゃんに渡してあげて」
「くれー」
 椅子をくるりと回して、座っていた今西がこっちを向く。
「やるー」
 給食を押し付けて、「ところで戸田くーん」「んじゃ!」
 音がしないように扉を閉めて、ダッシュ「戸田くーん!」「なんだよ!」「静かに」
「「すいませんでした……」」
 走り出したい気持ちを抑えて、立ち止まる。
「で、なんだよ今西」
「そうそう、今国語って何やってる?」
「そんなことが聞きたかったのかよ!」
 僕の冷凍りんご!
「そんなことってー。
いいじゃん、別にそこまで急がなくても」
「急がなくちゃいけないんだよ!」
これ以上注意されないように、小声で叫ぶ。
「なんで!」
「おかわりで冷凍りんご欲しいんだよ!」
「……なら、持ってく?」
 えっ。
 今西が、トレイから自分の分の冷凍りんごを放り投げる。
 慌ててキャッチして、
「いい、の?」
「んー、それ歯にしみるし。
で、国語どこやってるか教えてー」
「いいよいいよ! なんだって教える!
えーっと国語な。確か、漢字の1終わったはず」
「あ、そこ? 案外進んでないんだ」
「進んでるって……。つーか勉強してるの?」
「してるしてる。国語は好きだからいっぱいしてる。数学は嫌い」
「えー、そこまで難しくはないでしょ」
「数直線教科書読んでもわかんないもん。
そうだ、何でも教えてくれるんなら数学教えて」
「えー、給食だし」
「教えてくれるって言ったじゃーん」
「やってるとこは! 授業の内容は別!」
「ならりんご返してよ」
「は? それとこれとは別だろ」
「別じゃないー。なんでもでしょ。
嘘ついたんなら絶対返してもらうからね」
「ちょ、やめ」
 本気で、りんごを取り返そうとしてくる。
 冗談じゃない。今から帰っても、争奪戦は終わってるのに。
……そうだ!
「わかった、給食終わった後に教える!」
 昼休みは1組の寺門に会いに行くぐらいで暇だし、寺門もよく外行ってるからいないし。
「お、それならおっけー。持ってっていいよー」
「偉そうに……」
「あたし偉いもーん」
長い体でふんぞり返る。
どこから来るんだその自信、不登校のくせに。田原先生も苦笑している。
 けどその言葉は口に出さない。冷凍りんごのために。
 僕がいないといただきますの号令がかけられないし、今西の気が変わらないうちに退散しよう。
「じゃ、昼休みにー」
「昼休みにー」
 保健室の扉を閉めて、ゆっくりと教室に帰る。
 取られないように握りしめていたせいで、少し柔らかくなってきた冷凍りんごを手に。

       

表紙
Tweet

Neetsha