Neetel Inside ニートノベル
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「おー淳平久しぶりー!」
 そんな声と共に、今日何度目かの肩を叩かれる感触。
 振り返るとジャッキー(4年のときジャッキー・チェンの真似をしてエアコンの室外機を殴って骨を折った)が立っていた。
「おっわジャッキー! やばい超懐かしい!」
 またひとり久しぶりに会う顔に、僕のテンションはさらに上昇していく。
 今日は近所のお祭りの日。
 祭って言ってもこの辺では一番でかい公園のグラウンド部分で小規模にやるだけだけど、他に大きいお祭りをやらないこの辺の住宅地では貴重な夏成分で、僕にとっては小学校の友達と一気に会える機会でもある。
 普段からたまに遊んでた俊やもっちー達とは夏休みに入って以来ほぼ毎日俊の家にスマブラやりに行ってるけど、やっぱり他の奴らの顔も見たくなる。
 つい半年前まで飽きるほど見てたのに、いざ離れると恋しくなるもんだ。
 逆に中学校の奴らはもう2週間ほど会ってないのにそれほどでもない。
 うーん不思議。
 そんなことを考えながら、2人でなんとなくお互いの右手にぶら下がる水ヨーヨーを何とかぶつけ合おうと苦戦する。
 15秒ほど叩き付け合って、ようやくヒットしてバシュッと音が鳴った。
「で、どうよそっちの学校ー? 彼女できたー?」
「その質問セットでされんの今日だけで4度目なんだけど」
 こいつらにはひねる気がないのか。
「いやだって気になるじゃんよー。で、実際どうなの? モテてんの? モテてんでしょ?」
 ジャッキーが僕の肩を抱いて顔を寄せてくる。暑いわ。
「モテてねーよ!」
「ええっ!?」
 思い切り驚いた表情を作るジャッキー。なぜそんなにオーバーリアクションなんだ!
「どう考えてもモテるわけないだろ僕が!」
 いやまあ韮瀬の一件があった……ってあれも別にモテてたわけじゃないしな。
 姉ちゃんに「あんたはモテない」って言われたときのダメージはよく覚えている。
 怒り返したら「じゃあ父さんがモテると思うか」って言われて、父さん似の僕はもう何も言えなかった。
「えーじゃあ何? アレ? まだ野口のこと好きなん?」
「いやいやいやいや」
 即否定。半年前散々繰り返した流れだから淀みなし。
「お、やっぱり違う環境で新たな恋を見つけた系?」
「だからまず僕は野口のこと好きじゃねーっての」
 そしてやっぱりお決まりの否定。
 正直なんでバレたのか未だにわからない。普通にしてたと思うのに。
「うわー、まだそれ言ってんのー? 正直もう学校違うんだしバラしちゃっていいじゃん」
「ないって」
 恥ずかしくて言えるか。墓まで持ってく。
「本気で言ってる?」
「当たり前だろ!」
「じゃあ野口んとこ行こうぜ」
「えっ」
 しまった、つい声が出た。
「ほらそのリアクションー」
「いやだって気軽に会いに行こうとか言われたら普通びっくりすんじゃん。どこいるか分かんの?」
「みんな水道んとこ集まってっから多分いるだろ。最悪携帯あるし」
 うわマジか。それ早く知りたかった。こっそり見にいけたのに。
 もうこうなっては後に引けない。ジャッキーに連れられて、屋台が出てる辺りから離れて遊具のほうへ。
 たまにおもちゃと携帯の光が見えるぐらいで、下手をすれば近くの人の顔も判らないぐらいの暗さの中、人ごみを掻き分けて歩く。
「おーい、淳平来たぞー」
 ジャッキーが声を上げると、その場にいた10人ちょっとの視線が一斉にこっちを向いた。
 そこに向けて歩いていくと、小さな歓声が上がる。
 女子にまで僕が来たことを喜ばれてるのは、別にモテてるわけじゃないにしてもまあちょっと嬉しい。
「うっわ淳平だ! 淳平だ!」
「超懐かしー! あたし覚えてる?」
 そしてベタベタ触られる……なんか珍獣扱いされてないか?
「みんな久しぶりー……雄介いつまで触ってんだよ!」
 なぜか僕の背中をさすり続ける雄介を振り払うと、笑いが起きた。
「いいじゃんよー別に。つーかそっちの学校で彼女できた?」
 なんていうかもうすげーわこいつら。同じ教育を受けてきたからか?
「うわ雄介ないわー。ないわー」
「は? いきなりなんだよジャッキー」
「それ淳平今日だけで、何回だっけ?」
「5回目」
「そう5度目!」
 どや顔で開いた手のひらを見せ付けるジャッキー。
「てかお前も聞いたんだろーよ!」
「うっせ!」
 さっきとは違って、今度はお互いの胴体を狙った水ヨーヨーの戦いが始まる。
 そしてそれを僕らが見逃すはずがなかった。
 何せ、なぜこの歳にもなって水ヨーヨーを男子がみんな持ち歩いているかといえば武器として活用するためである。
 ルールは例え割れても恨みっこなし。たちまち男子は戦闘モードに入った。
 一斉にジャッキーと雄介に四方八方から水ヨーヨーが襲い来て、後頭部や背中にばしゃばしゃと音を立てながらぶつかる。
「てめーらぁ!」
 素早く2人も振り返って、所構わずめちゃくちゃに振り回し始めた。僕達もそれに応じて、敵も味方も分からない乱戦が始まる。
 毎年恒例の光景なので、女子たちも心得てちょっと距離を取ってこの騒ぎを観戦している。
 この戦いが終わるのは最終的な勝者が決定したとき、つまり――ああっ!
 振り回されすぎて脆くなった僕のヨーヨーのゴムが、ぶつりとちぎれた。
 宙を舞う風船は脱落者の証。つまり僕が第1号だ。
 えー。えぇー。
「お、お、淳平の死んだ!」
 俊がテンション高く叫んで、額にヨーヨーを喰らう。ナイスヒット。
 っと、見てる場合じゃない。さっき飛んだ僕のヨーヨー拾いに行かないと
「はい」
 思って踏み出した足が止まる。
 足元まで転がっていったらしいそれを拾い上げて、僕へと手渡してくれたのは、確かに何ヶ月ぶりかの野口だった。
 正直言えば卒業アルバムの写真を何度か眺めたけど。
「ありがと」
「残念だったねー」
 そう言って小さく笑うその顔には、見覚えのない眼鏡がかかっていた。でもやっぱりフレームが赤系なのは変わっていない。
 他にも、髪が少し長くなってたり、身長が僕より高く――なってるのはミュールのせいか。
 そんな風にちょっとずつ僕の知らない野口になっていて、不思議な気分になる。
 それでも、この笑い方は僕の好きな――
 あれ?
 受け取って、まだ戦いを続けている奴らのほうを向いて、気付く違和感。
 久々に会えて、ほんの少しだけど会話して、なのに。
 どうして、僕はこんなに普通でいられるんだろう。
 卒業式の4日前、教室でちょっとだけ話したときはありえないほどに気分が躍ったのに。
 どきどきを感じていないわけではない。のにそれが弱くなってるんだ。
 それだけと言えばそれだけなのに、ものすごい衝撃が僕を襲う。
 ちらりと野口のほうを見る。
 そこにいるのは確かに僕の好きな人。大切なところは何も変わってない。
 なのに、この気分はなんなんだ。
 どうして、好きだって気持ちにほんの少しだけ疑問が生まれてるんだ。
 嫌いになったわけじゃない。もちろん今も好きなままなのに。
 『野口だけが好き』って言えないのは。
 つまり。
 そこまで考えて、僕は考えるのをやめた。それ以上は考えちゃいけない気がして。
 思わず、手に力が篭る。
 手に持ったヨーヨーが握りつぶされかけてぎちっと音を立てた。
 それをそのまま、既に脱落していた亮へと投げつける。
 予想外のところから攻撃を喰らった亮は、それが僕によるものだと分かると自分も切れたヨーヨーを投げつけてきた。
 僕はそれをかわして逆に拾い上げ、投げ返す。
 他のリタイア組もこの動きを察知して、第2回戦が始まった。
 あんまりやりすぎるとまた気分が悪くなるかもしれないけど、そんなことはどうでもよかった。
 今この『もしかしたら』って考えを頭から振り払えるなら、なんでもいい。

       

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