Neetel Inside ニートノベル
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「……あ」
 ソファーからがばりと起き上がって、カレンダーを見る。
 夏休みにどっぷり浸かりすぎて曜日が思い出せなかったけど、やっぱり今日は8月5日。
「しまったぁぁぁぁ!」
 慌てて階段を駆け上がって、僕の部屋にダッシュ。
 なんてこった。ああなんてこった。こんな大切なことを忘れていたなんて。
 机の上の財布をひっつかんで、ついでに机の横のコルクボードに張ってある予定表を確認。
「うわ……」
 これは大変だ。事態は僕の想像をはるかに超えている。
 とにかく、一刻も早くあそこへ向かわなくてはならない。
 階段を今度は駆け下りて、「うっさい!」姉ちゃんが怒鳴ってくるけど無視!
「ちょっと出かけてくる!」
 そう叫んで僕しかいないリビングのクーラーを切ると、靴を履いて地獄のような暑さの外へ。
 太陽が痛いほど照りつけてきて、くじけそうになるけどそれでも進む。
 なんせ、僕は既に大変な失敗を犯してしまっているのだ。
 信じられるだろうか、この僕が――ジャンプの単行本の発売日を忘れていたなんて!

 僕の家の周りには本屋がない。
 というか、スーパーとコンビニ、あと駄菓子屋を除けばほとんど何もない。
 一応僕ん家のあたりは住宅街だけど、ちょっと歩けば一面の田んぼだったり一年中日の差さない雑木林だったりする。
 小学校の頃はここに田植えに来たり学校の裏の畑で芋掘りをしたり、自然に関する授業なら何でもこの辺で済ませていた。
 図工の時間に大量のどんぐりを拾いに行ったのが一番楽しかったかな。
 そんなわけで、僕たちの学校では漫画の単行本を買おうと思ったらちょっと遠出しなくちゃいけない。
 既にいろんな人が立ち読みしてダメージを受けたやつならコンビニでも買えるけど、やっぱり品質にはこだわりたいし。
 向かうのはここから歩いて20分ぐらいの、ちょっと大きめの本屋。
 僕は学区の端だからそっちへ行くけど、大抵の奴らは僕ん家からだと遠いジャスコの本屋に行くみたいだ。
 ちなみに、本屋への道はほとんど中学の通学路。おかげで僕は最初からスムーズに中学に行けた。
 もう通いなれた、だけど久しぶりの道を歩いていく。
 こっちのほうはだいぶ街っぽい雰囲気で、心なしかセミの鳴き声もうちの周りより小さい。
 けど代わりに日差しを遮るような大きな木も少なくて、こうやって歩いてるとそれはちょっとマイナスかな。
 うーん、やっぱり自転車乗れるようになるべきか。
 そんなことを考えながら、公園の中に入っていく。
 この公園は3ヶ所から入れるようになっていて、ここを突っ切るのが(学校では禁止されてるけど)一番の近道になる。
 遊具の隣を突っ切っていって、
「あ」
「あ、戸田くん!」
 近道の反対側から公園に入ってきたのは、部活帰りか体操服姿の不破。
 2人同時に相手に気付いたみたいで、リアクションが重なった。
「久しぶりー」
 軽く挨拶、お?
 なぜか不破は小走りでこっちに近寄ってくる。しかも割と真剣そうな顔で。
「ちょうどよかった。戸田くんさ、環奈どうしちゃったのか知らない?」
「……え?」
 思いもよらなかった質問にぽかんとなる。
「え、やっぱり戸田くんも何あったか知らない系?」
「いやいや、まず何言ってるか分かんないんだけど僕」
 というかなんで僕が韮瀬のことなんか知ってると思ってるんだ。どう考えても不破のほうが詳しいだろ。
「え、だって彼氏じゃないの?」
 まだその誤解解けてなかったのかよー!
「いやだから違うんだっての!」
「うそうそ、卓球部だと完全カレカノってことになってるんですけど」
「はぁ!?」
 それってつまりクラス外に漏れてるってことか!
「うわ、ちょ、てかなんで韮瀬否定しないの!」
 黙って言いたい放題言われてるような奴じゃないだろあいつ!
「あ、その話なんだけど」
 そう言って、不破の表情が引き締まりなおす。
「夏休み入ってから、環奈部活出てきてないの」
「え?」
「メールしても『別になんでもないから』って返ってくるんだけど絶対なんかあったパターンじゃん? だから戸田くんなんか知らないかなーって」
「いや、まず僕夏休みなってから韮瀬に会ってないし」
 他にも色々言いたいことはあったけど、真っ先に口から出てきたのはそれ。
「あれ、まさかメアド知らない系?」
 教えるけど、と言いながら鞄の中から携帯を取り出す不破、っておい。
 なんで入ってるんだ。いや学校に持ってきちゃ駄目とかじゃなくて、部活行くのに一切必要ないだろ。
「いやまず携帯ない」
「えー!」
 そんなびっくりするとこか。確かに周りの奴らも半分ぐらいは持ってて、卒業式であっちこっちからアドレスねだられたけど。
「うわー知らなかったー。じゃあ環奈のこと何も知らないのかぁ」
 肩を落とす不破。申し訳ない気持ちになるけど、僕じゃどうしようもない。
 でも、
「――なんか心当たりないの?」
 何も話を聞かずに諦めるのは、ちょっと早すぎる。
 もしかしたら僕に分かることがあるかもしれないから、まずは話を聞きたい。
「心当たりっても……最近環奈がなんか傷つくとかあるとしたら、明らか戸田くん関係じゃん」
「でももうクラスだと言われなくなったじゃん。なんかあるとしたら卓球部でバラしたせいっしょ」
「あ、うー……」
 黙り込む不破。足がパタパタと地面を叩いている。
「ほら、それなんじゃん? それで誰かがメールして、卓球部から聞いたってなって、部活行きづらいとか」
「いやそれは多分ない」
「え、なんで」
「だって――」
 そこでハッと何かに気付いたように口ごもる不破。
「ん、何?」
「あー、うーん、これどうしよ」
 レンズ越しの目が泳いで、何かを考えてる風。
 しばらく足のパタパタと一緒にそれが続いた後、視線が僕を向いて定まる。
「いいや、話しちゃう」
 後ろめたさと、心配と、誰かに秘密をバラす時のあの楽しさを少し、が混ざった顔で。
「あのね、環奈前にひとり女の子を不登校にさせた、みたいな感じになっちゃったことがあるんだけど……」
 不破は、爆弾を投下した。

       

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