Neetel Inside ニートノベル
表紙

越えられない彼女
君が僕を知ってる

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 正直、来るかどうかは不安だった。
 けどそれは取り越し苦労だったみたいで。
 万が一にも遅刻しないようにと12時に家を出て学校に着いた僕を、今西は手を振って迎えた。
 のはいいんだけど。
「「なんで制服なんだ!」」
 お互いを指差してハモる。
「謝れ! 戸田くんの私服をチェックする気満々だったあたしに謝れ!」
「だろうと思った!」
 それを正確に予測した僕は制服を着ることで今西の裏をかくことに成功したわけだ。
 ただひとつ誤算があるとすれば、夏服のズボンがクリーニングに出されていて今僕が履いているのは冬服のズボンだってことだけど……。
「思ってたんならなんで着てきてないの!」
「着てくるわけないだろ! 第一今西はなんで私服着て来てないんだ!」
「恥ずかしいからに決まってるでしょ!」
 自分は駄目で僕はいいのか!
 校門のところでじりじりと火花を散らして、
「やめよ。暑い」
 今西が珍しく折れた。
 当然僕も逆らうと後が長いので素直に従う。
 そして、何故か訪れた少しの沈黙の後。
「行こっ、か」
「ん」
 なんとはなしに切り出して、軽く頷かれて。
 今西の案内で僕らは歩き始めた。
 僕ん家とは真逆の方向、いつも今西が帰っていく道を進んでいく。
「ねー」
「何?」
「ほんとに環奈ん家行くの?」
「行く」
 何があってもそれだけは譲れない。
「いいじゃんさー、もういっそこのまま本当にデートしよーよ」
「これも立派なデートだろ」
「他の女の家に乗り込んで行くのがか!」
 いやその表現はおかしい。
「友達の家に遊びに行くって言えよ」
「遊びには行かないでしょ、これ」
 確かに。
 そんな何週間ぶりかの話をしているうちに、
「ついたー」
 僕らは目的地である韮瀬の家にやってきた。
 家は建ててからだいぶ立っている感じの2階建てで、ガレージの庇の鉄柱が錆びて根元がボロボロになってるのがちょっと怖い。
 確かに表札には「韮瀬」と書いてあるから今西に騙されてはいなさそうだ。
「で、どうする?」
 ハンカチで額の汗を拭いながら、今西が聞いてくる。
「どうするって」
 そりゃ行くしかないだろ。
「じゃなくて誰がピンポン押す?」
「あ、あー」
 それは考えてなかった。
「もちろん戸田くんだよね?」
「え」
「戸田くんでしょ?」
 うわ、このパターンか。
 座っていても感じるけれど、立っているときは更に今西の大きさを実感する。
 頭一つ上から見下げてくる今西の眼力は相変わらずで、
「……了解」
 意を決して郵便受けの隣のピンポンを、
「あ、そっち壊れてるから」
 先に言えよ。僕の覚悟を返せ。
 仕方なく、鉄の門扉を開けて家のドアの前に。
 もう一度覚悟を決めなおそうとしたところで、大変なことに気付く。
「なあ今西」
「代わんないからね」
「いやそうじゃなくて、韮瀬じゃなくてお母さんとか出てきたらどうしよ」
 僕はなんて名乗ったらいいのか本気で分からない。
「あ、大丈夫。環奈んち共働きだから。今なら環奈しかいないはず」
「マジかー!」
 思わず安堵のため息がこぼれる。よかった。本当によかった。
 それじゃ、改めて。
 姉ちゃんを騙し、今西を脅して……あれ、僕ってひどい奴じゃないか?
 でもまあいいや、ようやく辿り着いたこの状況に感謝を篭めて。
 まずは韮瀬を、玄関まで引きずり出してやる。
「はーい」
 ピンポンを鳴らしてからしばらくして、韮瀬の声と足音が聞こえてきた。
 後ろでは今西が扉の影になるような位置にスタンバイしている。
 ガチャリと音がしてドアが開き、韮瀬が顔を出して、
「よ」
 目が凄い勢いで見開かれて、その顔が引っ込んでドアが閉じた。
 あまりの事態にしばらく動作を止めた僕は、ようやく立ち直ると今西に視線で
(僕韮瀬に嫌われるようなことしたっけ?)
 と問いかける。
(知るか!)
 ですよねー。
 流石にこれは困るので、もう一度ピンポン。
 ……反応なし。
 連打してみるも反応が一向に得られないので、仕方なく扉をノックしてみる。
「韮瀬ー」
 やっぱり反応がない。
「韮瀬さーん」
 呼び方を丁寧にしてみるけど反応なし。
 困って今西に再び助けを求める視線を送ると、今度は手招きされた。
 何かと思って近づいてみると、耳元で一言だけわけのわからない言葉を囁かれる。
 聞き返そうとするけど、今西は無言で扉を指差すだけだ。
 つまり、これを言えばいいってことか?
 試しにもう一度扉をノックして、
「なぎさちゃーん」
 ドン、といきなり扉が叩かれた。
 驚いて思わず後ずさりしていると、中から声が聞こえてくる。
「やっぱ友代か綾いるの!?」
 なんだなんだどうした。触っちゃ駄目なとこだったっぽいんだけど。
「どっちか分かんないけど――てかどっちもいる? けどなんでそれ、ちょ、もー!」
 韮瀬の困ったような怒ったような声が聞こえてきて、再び扉が開かれる。
 また顔だけ出した韮瀬。けど、今度の顔はさっきよりだいぶ赤い。
「あーいない! 戸田くん、正直に白状して! あの二人、かどうかわかんないけど今どこに隠れてるの!?」
 なんかすごい目で睨まれた。超怖い。
 どうやら、韮瀬は僕をここに差し向けたのも、僕にこの「なぎさちゃん」って謎の名前を教えたのもあの二人のどっちかだと思っているらしい。
 まあそうなるよなぁ。まさか今西が来てるなんて、僕が韮瀬でも思いつかない。
 でも事実は事実。
「いや、不破も小峰もいない……けど」
「嘘言わないでよ! 絶対いるでしょ!」
 正直に報告してみるけど、やっぱり取り合ってもらえない。
 どうする、と韮瀬の死角である扉の裏へ視線を送る。
 すると今西はなぜか親指を立てて答えた。
 僕がどうするのかと思わずそちらに視線を向ける中、扉をノックする。
「観念したか!」
 韮瀬は扉から身を乗り出すようにして今西のほうを覗き込んで、
「久しぶり、環奈」
 また目を見開いて、今度は固まった。
 今西は小さく微笑んで、しばらくふたりは見つめあう。
 僕だけがその世界に取り残されたまま、背中にだけ日差しを浴びている。
 どれくらいそれが続いたかはっきりとは分からないけれど、決して短くはない時間の後。
 韮瀬が、ゆっくりとこっちを振り向いた。
 瞳はかすかに揺れていて、少し潤んでいる。
 僕に何かを訴えかけているその目は色んな感情がない交ぜになりすぎて、一体何を伝えたいのか分からない。
 困っていると、まかせろとでも言いたげな頭からぽろんと言葉がこぼれた。
「そういうことです」
 言ってから自分でもなにがだよと思っちゃうような言葉だけど、韮瀬には何かが通じたみたいで。
 瞳の揺れが少し収まって、感情の波が少しはっきりとする。
 けれど、それを読み取る前に韮瀬は再び引っ込んだ。
 扉が閉まって、僕たち二人は外に取り残される。
 鍵のかかる音が聞こえた。

       

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