ぽかんとしていたのが2秒。
言っていることの意味を理解するまでに4秒。
理解したうえでその意味を考え直すのにもう8秒。
しめて14秒かけて、
「ど、どうも」
僕の脳は「お礼を言う」という結論に辿り着いた。
でも明らかにベストな返事じゃないっていうか、え、あれ、え?
どう考えてもこの流れで今の発言はそういうことだよな。だよな。だよな……。
何をすべきかが分からなくて、けど心臓だけがフル稼働を続けている。身体が芯のほうから熱くなっていく。
韮瀬はそんな僕を見て口端を少し吊り上げて、
「あのさ、校外学習のときのこと、覚えてる?」
「え?」
一体どれのことだ。バスに乗り遅れかけて大変だったやつか。
「ウチさ、こんなキャラじゃん。男子にはいつもからかわれてばっかで、みんな馬鹿だと思ってて」
ん。
『校外学習』と今の『馬鹿』が合わさって、ちらりと記憶から何かが飛び出してくる。
「で、もちろんあたしのこと好きな男子なんていないしそれでいいと思ってた。恋愛とか絶対無理って」
確かこれは、韮瀬と二人で歩いていたときの記憶。それを少しずつ辿って、
「けど、戸田くんに『韮瀬が気になる』って言われたとき、きっと冗談だって思ったけどそれでも少しだけ、その、どきってしちゃった、みたいな」
……言った。確かに言った。
「それからまあ、そんな話すわけじゃないけど妙に気になってて、で席替えして隣の席になったじゃん」
「えっ!?」
それまで両肘をつき、手に顎を乗せて話を聞いていた今西が驚愕の表情でこっちを見てきた。
視線が説明を求めてるけどこっちもそれどころじゃないし、大体ここまでに驚くべきところがいっぱいあっただろ! そっち先に驚いてろ!
「――――なったわけよ。そしたらさ、なんか妙に嬉しくて。そん時『ああ、もしかして』って考えちゃって、そこからは止まんなかった」
もうだーっ、て。と言いながら韮瀬の手が上り坂を描く。
「で、そっからほら、ちょっと色々あったでしょ」
飛んでくる目配せは、僕らの秘密を守るため。今西を置き去りにして頷く。
そして、韮瀬は変わらぬ調子で、
「戸田くんさ、あの時言ったよね。『好きでもなんでもない』って」
とんでもない弾丸をぶっぱなしてきた。
「あれ聞いたときさ、なんかガクッてきちゃって」
ふぅ、とため息が挟まる。
「なんだかんだでさ、勘違いされてることにちょっとだけ浮かれてたわけよ。口ではないない言いながら、お腹の中でちょっと嬉しくなって、もしかしたら戸田くんもなんて思っ たりして」
少しだけ恥ずかしそうに語る韮瀬。
その目の奥がかすかに揺らいだ。
「でもさ、あそこまでみんなの前ではっきり言われちゃって、ウチが勝手に盛り上がってるだけだーってなったのよ」
ゆらゆらと、ゆらゆらと。
「それから戸田くんに話すのも、授業中にらくがき渡すのも怖くなっちゃって。バレないようにさりげなくしようとしたり、興味持ってもらえるように頑張って絵描いたり」
波紋が奥から拡がっていく。
「けどやっぱりなんか違くて、ウチのほう向いてもらえない気がしてて、でも近くにいるってだけで嬉しくて、保健室行っちゃったりしたらさみしくて、」
瞳の中の太陽は掻き消えて、
「夏休み中はずっとそうなのかな、って思ったらもう学校に行きたくなくなっちゃった」
韮瀬の目からほんのちょっとだけ、プールの水が溢れた。
「部活出てない理由はこれだけ。バカでしょ」
つぅ、と伝うそれを拭うこともせず韮瀬は笑う。
その顔に、声に、心に、僕は何も言えなくて。
「うん」
でも、今西は頷いてただ一言だけ言い放った。
「最高にバカだと思う」
更に追撃かけやがった。
「で、あたしもバカだし戸田くんもバカ」
その上こっちにまで飛び火させてきやがった!
「……何それ」
小さく吹きだして、韮瀬が言う。
「みんなバカじゃん」
「うん」
また頷いて、
「環奈見てて分かった。みんなバカでアホだって」
がたりと、今西は椅子から立ち上がる。
その身長で僕たちを見下ろして、指差して、
「まず環奈! んなことで学校行くのやめてるんじゃないの! あたしにさんざ『学校来い』みたいなメール送っといて!」
「え、だって、」
「だってじゃない!」
カッと目を見開いて怒る今西。ひるむ韮瀬。
「次戸田くん! アホ!」
いきなりこっちに回ってきたのでびくっとして、次の言葉に備えて
「で、あたし!」
「僕それだけなのかよ!?」
かえって傷つくぞそれは!
「戸田くんはもうどこ取ってもアホだからそれだけ!」
「はぁ!? 僕お前より点数いいんだけど!」
「だーまーれー! 今は! あたしの話!」
ドンと机を叩いて、僕らを黙らせる今西。
「改めてあたし! あたしはバカ! 大バカ! バカの中のバカ!」
なぜか言えば言うほど胸を張っていく今西。どうした狂ったか。
「環奈に偉そうなこと言ってるのに自分だってさんざヘタレて怖がって!」
言葉と裏腹に、どんどんテンションは上がっていく。
「もうやだ! やんなった!」
わしわしと前髪をかきむしって、ポニーテールを振り回す。
「だから、もう、言う!」
叫んで、いきなりぴしっと止まって、目を閉じて。
「戸田くん!」
やけくそ気味に、こっちも向かずに。
「あたしも、好き!」
僕の限界を超える攻撃の、第二波を叩き込んできた。