Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 人には、向き不向きってものがある。
 姉ちゃんの部屋にあった少女マンガには学校中の女子から告られるイケメンが登場していて、『並の女に興味はない』みたいなことを言いながら告白を平然とお断りしていた。
 だけど主人公に何故か惚れちゃうのも含めてねーよと思っていたけど、間違いなくこういう状況に向いているのは彼だ。僕じゃない。
 なんだこれ。どういうことだ。何が起きてるんだ。ここは現実だぞ。夢だとしてもこんな訳分からない状況は夢見ないぞ僕。
 とりあえずぽかんてなってる韮瀬を見て、まだ目を閉じたままの今西を見て。
 ……うん。
「今西」
 今西の体がビクッとなる。
「それはひょっとしてギャグで言ってる?」
「ちげーわー!」
 カッと目を見開いて怒られる。もしかしたらと思ったのに。
 だけどつまり、えー、何これ。告白されたのに素直に喜べない。むしろ泣きたい。
 わけわかんねー! と思いながら頭を抱えて、ぐちゃぐちゃすぎて一巡してすっきりしかけている脳を無理やり起動。
 でどうするの? どうしたらいいのこれ?
 二人ともじっと黙っているけど、何か言えオーラが両方からはっきりと感じられる。
 かといって適当なこと言ったら後がとてもめんどくさいのは目に見えているし。
 今度こそ考えなくちゃいけない。
 ちら、と二人を眺めてみる。
 今西と韮瀬。
 中学に入ってから出会って、仲良くなった女子二人。
 今西は保健室で、韮瀬は教室で色々やってきた。
 ……あれ、なぜかいい思い出のほうが少ない気がする。
 まあそれは置いておいて。
 僕はどっちに行くべきなんだろうか。
 まず、嫌いではない。だったら今頃こんな所でこんなことになってるわけがない。
 じゃあ、好きかと言われたら。
 野口に感じていた高ぶりがあるかと聞かれたら。
 僕は、はっきりと答えられない。
 あの頃のもどかしくて仕方がなかった気持ちを二人に持てるかって言ったら――――
「え」
 小さく声が漏れる。
 ここまで考えて、はっとした。
 僕、何を考えてた?
 なんでまるで昔のことみたいに野口のことを思い出してた?
 夏祭りの時はまだほんの少しだったそれが、今は随分強くなっている。
 今の気持ちはまるでぬるま湯のようだ。手を入れればあったかいと感じて、でも決して熱くはない。
 あの時見ないようにしたその現実が、頭をもたげてくる。
 だけど今日はもう逃げちゃいけない。
 それと真正面から向かい合う。そして問いかける。
 野口は、僕にとってどんな人なんだ?
 怖いけれど、それを考えてみる。
 そのためには一旦、色んなことを忘れて。
 ただ野口のことだけを考えて、すっと頭に浮かんできたことがきっと正解だ。
 正直言って難しい。けど、ゆっくりと時間をかけて辿り着く。
 ――ああ。
 出てきた答えは、少し悲しかったけれど。
 やっぱり『好きだった人』だった。
 たった半年前のことがもう遠く見えてしまう、今までにない不思議な寂しさ。
 それはさよなら、ってわけではないけれど。
 別れていないだけで、会おうと思ってもなかなか会えないような、そんな気がした。
 もう、僕は野口に普通に話しかけられるんだろうな。
 じゃあ。
 今僕が普通に、普通に喋っていたこの二人は。
 それを確かめるためにすぅと息を吸い込んで、さよならにさよならする。
 さあ、もう一度。
 二人のことを考えて。
 ――今度は驚くほど簡単に答えが出てきた。
 びっくりするほど簡単なそれに思わず苦笑いしてしまう。
 なんだこれ。分かりやすすぎるぞ僕。
 だけど今の僕じゃそれ以上の答えは出せそうにない。
 だから、これを伝えるしかない。
「あの」
 二人が同時にこっちを振り向く。
 その顔は両方とも僕の話を聞きたいような聞きたくないような、複雑な顔で。
「えっと、『返事はもうちょっと待ってほしい』って言ったら怒る?」
 言うやいなや、二人の目が吊りあがって
「「怒る!」」
 ハモった。
 二人も驚いたようにお互いを見て一瞬停止。
 そしてなぜか同時に笑う。目の代わりに口端が上がった。
「やっぱ戸田くんそう言うと思った!」
「ウチもウチも!」
 え、マジで。
「大体戸田くんは行動読みやすいんだから!」
「わかる。結構見てるとそうだよね」
「そのくせ訳わかんないとこで変なことするし」
「うんうん」
 いやいや、ちょっと待て。
「電話だよ電話? で環奈んち来いだよ?」
「でいなくなろうと思ってたんでしょ? マジないってそれは」
 ……なぜか僕の悪口の言いあいが始まった。しかも止まる気配がない。
 笑ったりしかめ面したり、ころころ表情を変えながら話が続いていく。
 完璧に二人で盛り上がっていて、僕が一人取り残された形だ。
「あのー」
「ん、何?」
 いい笑顔で振り向かれる。
 なぜこれほどまでに生き生きとしているんだこいつら。
「一体いつまでその悪口大会は続くんでしょうか」
「え、ああ、満足するまで」
「いやだからそれがいつかって」
「んー、いつかって言われても、いつか」
「いつかだね」
「ねー」
 二人で顔を見合わせて笑う。
 その瞬間、僕は何が言いたいかを理解した。
 韮瀬の笑顔はこれ以上ないほどはっきりとネコバスで、今西の笑顔はいつものアレ。
 要するに悪いことを考えているときの顔だった。
「つまり僕にそれずっと聞いてろと」
 怒ると言ったからにはそれくらいするつもりだろう。
 しかも終わらせる気がないというんだから、それはもう
「いや、違うけど?」
 えっ?
「うん、ウチらで勝手に喋るから戸田くん帰っていいよ。というか帰って」
 ……えっ?
「どしたの? なんか不満?」
「いや別に不満じゃないけど、いいの?」
「うんいいっていいって」
「だってさっき怒るって、」
「だーかーらー、あたしたち今怒ってるでしょ。だから帰って」
 わけがわからないよ。
「いやだからって帰る意味が」
「だってどうせ今日中に決めろって言っても無理でしょ?」
 う。
 そりゃまあ確かに、このままだと今夜はベッドの上を転げることになりそうだけども。
「だったらもうここで考えられてもやきもきするだけだし」
「それに最初はウチらだけで話させるつもりだったんでしょ? だったらいいじゃん」
 やたらと息の合った二人ががしがしと畳み掛けてくる。もしかして小学校時代はこんなんだったのか。
 なんか韮瀬がなぜ男子から敬遠されてるかの一端を垣間見た気がする。
 あと、やっぱりうるさくないというのは嘘だ。
「わ、わかった。帰る。帰るから」
 その圧倒的なパワーに負けて、最終的に退散を決める。
「はいよくできました」
「ばいばーい」
 笑いながら手を振る今西と韮瀬。おかしい。こないだ電話口で今西が泣いてたのはなんだったんだ。騙されてたんじゃないのか。
 でも、どうも納得はいかないけど最終的に目的は両方達成できてしまっている。
 あとは韮瀬が部活に行くかどうかだけで、それはもう最悪僕次第ってことになるのかもしれない。
 だから、もう帰ったっていいはずなんだけど。むしろ帰ったほうがいいのかもしれないけど。
 うーん。
 本当にこれでいいのかよく分からないまま、ドアを開けて熱気が溢れる廊下へ出る。
 そこで最後にちょっとだけ立って考えて、
「まあ、いっか」
 頭を空っぽにする前に、この結論に辿り着く。
 今西も韮瀬も僕は全く敵わないような女子で、その二人がなんとなく元通りっぽい感じになっているんだから。
 とりあえず、二人に任せてみよう。
 だけど、最後にひとつ。
 靴を履いて扉を開けて。
「じゃあねー今西、なぎさちゃーん!」
 今西は思いつかなかったので、韮瀬へと今日の色んなことの疲れと八つ当たりをぶつけてみた。
 そして叫ぶなり扉を閉めて全力でダッシュする。
 後ろから何か叫ぶ声が聞こえたけど知らない。
 もう後は身体に限界が来ない程度に、気をつけて家へ帰るだけだ。
 ぜんぶそれから考えよう。

       

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