Neetel Inside ニートノベル
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「今西ぃ!」
 保健室の扉を怒られない程度に勢いよく開けて、怒られない程度の声で怒鳴って。
「やー」
 椅子に座って手を振る今西に向けてずかずかと歩み寄って、脳天にチョップをかました。
「ってー! 何すんのー!」
「何するのーじゃねえよ! なんでさらっといなくなってんだよ!」
 朝の会の後、また死者が出かねない暑さの体育館で簡単な集会をやって(手を挙げた件は『KYなギャグ』ということでごまかした)、教室に帰ってきてみたら今西がいなくなっていた。
 韮瀬に聞いてみたら「あ、奈美は授業受けずに保健室行くって」と言われたので授業が終わるのを待って、とりあえず一発チョップしにきた。
「まあ別にいいじゃない」
「よかねーよ!」
 でもって、本題はそこじゃない。
「ちょっと今から教室来い。韮瀬もいるから」
 見事に今西に一本取られて、最後は僕の番。
 ふたりに返事をしなくちゃいけない。
「……ん」
 今西は頷いて、朝置いておいたらしい足元の鞄を持ち上げる。
「じゃ、先生さよなら」
「あら、今日はもう帰っちゃうの?」
「はい」
「――――そう」
 田原先生は少し息を吐いて、
「さようなら」
 小さく手を振った。
「「さよーならー」」
 ふたりでハモって手を振り返して、扉を閉める。
 どっちも何も言わないまま階段を上がっていって、2組の教室に辿り着く。
「おかえり」
 扉を開けると、入口近くの席に腰掛けていた韮瀬が立ち上がって僕たちを迎えた。
「えーっと、どうする?」
 3人とも入り口の近くで立ったまま、ってのはおかしいだろうし。
「ウチらの席座ればいいんじゃない?」
「ん、あー」
 それでいいか、と言おうとしたところで、今西が朝よろしくすっと手を挙げた。
「はいはーい」
「はい今西」
「教卓立って戸田くん」
「はぁ?」
 何言ってんだこいつは。
「で、一番前の席にあたしたちが座るの」
「……奈美、一番前座ってみたいだけでしょ」
「え、バレた?」
 ぺろりと舌を出す今西。
「けどまあいいっしょ?」
 そう言って返事を聞かずに席に座って鞄を床に投げ出してしまった。
 韮瀬と目を見合わせて、『仕方ないな』ということで合意する。
 僕が教卓のほうへ、韮瀬が今西の隣に。
 ……なぜだ、僕は立ってるのに教卓越しに今西を見下ろしている感覚がない。韮瀬の髪の分け目ははっきり見えるのに。
「えー、と」
 下から見られるってのは案外複雑な気分になる。二人がこっちをガン見してきていると尚更だ。
 でも、もう怯めない。
「まず、僕がふたりを許すとかどうとかいう話なんだけど」
 いきなり本題には入らない。てか入れない。
「まず僕は正直別に怒ったりとかしてないし、だから別に許すも許さないもないって言うか」
「「え」」
 あれなんかびっくりされたぞ。
「ウチ6時半起きとかしなくてよかったの……?」
 ジロッと今西のほうを見る韮瀬。
「え、ちょ、戸田くんどーしてくれんの!」
「じゃ、じゃあとにかく許した、ってことで」
 慌ててフォローしたけど、なんで僕が慌てなきゃならないのかよく分からないぞ。
「うわー」
 韮瀬は疲れたようにぐたっと机に突っ伏す。
「な、なんかごめん」
「あたしもごめん」
 二人して謝ってみると、韮瀬は顔を上げて
「もうそれいいから、できれば本題行って。ウチ実はだいぶドキドキしてるから」
「あ、うん」
 じゃあ、改めて。
「で、その、告白……の返事なんだけど」
 今日ここにいる理由に触れよう。
「僕なりに悩んで、一応決めました」
 言ってから、じらすわけじゃないけど一旦黙って下を見る。
 今西も韮瀬も少し下を向いて、ぴくりとも動かない。野球部とセミの声が小さく聞こえる。電気を消してるせいで、お昼近い今は思ったより教室の中は暗い。
 ここと、保健室と。
 僕の中学校生活は基本的にこの2箇所だけで回っていて、そこでそれぞれ一人ずつに好きになってもらえたって、結構凄いことだろう。
 そのことははっきり言ってめちゃくちゃ嬉しいし、どっちかが嫌いってわけでももちろんない。
 でも、選ばないってことはできない。
 僕はその一線を越えられないんじゃない。越えたくないだけなんだから。
 韮瀬が部活へ戻ったことに、今西が教室に来たことに、応えるために。
 僕はここを越えてやる。
「韮瀬」
 名前を呼んだ瞬間、韮瀬の身体がビクッと跳ねて顔が凄い勢いでこっちを向いた。
 少し潤んだその目をまっすぐに見据えて、
「――――ごめん」
 教壇に手をついて、頭を下げた。
 たっぷり数秒座席表とにらめっこして顔を上げると、韮瀬はうっすらと笑っていて、その横で今西がえ? え? という風に僕と韮瀬を交互に見ていた。
「やっぱ、ダメだったかー……」
 ぽそっと韮瀬は呟いて、椅子に背中を預けた。
「え、つまり」
 自分を指差す今西。
「まあ、そういうことになるかな」
 その目を正面から見るのは流石に恥ずかしくて、もう一度座席表を見ながら。
 僕は、生まれてはじめての、告白ってものを終えた。
 しばらく教室の中がまた野球部とセミに支配されて、
「で、どうする?」
 韮瀬が一言呟いた。
「え?」
「二人とも、このままここにいる?」
 韮瀬が体を起こして、
「ウチ、正直半分ぐらいはフラれる覚悟決めてたんだけどさ」
 もう一度、机に突っ伏す。
「残ってんの、もう半分」
 その声は隠しようもないほど震えていて。
 僕たちは大急ぎで荷物を抱えて、教室を出て行った。

 出た勢いでそのまま階段を駆け下りて、僕と今西は息を切らしながら昇降口を出た。
 微妙に靴がしっかり履けてないのを直そうと立ち止まったところで、
「うわああぁぁぁー!」
「うぉああぁぁぁー!」
 いきなり後ろから叫びながら肩を掴まれて前後に揺すられて、僕まで声を上げることになった。ザスゥという鞄が投げ捨てられた音が聞こえる。
「何すんだよ今西!」
「ほんと!? ねえ本当!? あたし? あたしでいいの!?」
 また前後にがくがく揺すられる。
「合ってる! 合ってるから離して!」
 拘束が解除されたので今西のほうを向く。
 今西はなんか涙流しててすごい顔になっていた。
「嘘とかないよね、ね、」
「あるわけないだろ!」
 思わず強く叫んでしまって、今西がビクッとなる。
「僕は間違いなく今西が、」
 勢いでそこまで言ってしまって、詰まる。
 いくらなんでもドストレートは恥ずかしすぎる。なんて言おう。
 うわなんかすごい眼力で見られてる。いつまでも詰まってるのも明らかヘンだしえーと、こういう時は
「超ラブい」
 なぜそうなった僕!?
 姉ちゃんの発言が頭に残りすぎていたのが原因か。ちくちょう後で覚えて「ひゃー!」
 なんか今西が大変なことになった。地団駄踏む、だっけ。その場でどたどた足踏みしてる。
「落ち着け今西!」
「おちつけるかー!」
 ごもっとも。顔超赤いし。
 と思っていたらぴたっと止まって、
「うぅぅ……」
 なんかまた泣き出した。意味が分からない。
「なんか安心したら一気に反動来た……」
 そう言って、また僕の肩に両手をかけて体重を預けて、体育のストレッチでやるような変な格好で僕から顔が見えないようにして泣く。
「戸田くんきらい」
「え?」
 ぐずっと鼻をすすりながら、今西が呟く。
「なんで環奈呼んで謝るの。あたしの名前呼べばよかったじゃん」
「あ、いや、それはまあ」
「そういうことする戸田くんなんて、きらい」
 そう言いながら、肩に更に力を籠めてくる。
「――ごめん」
「きらいなんだから」
 体重を預けたまま、すねたように言い続ける今西。
 どう見ても大きな子供で、思わず鞄を持っていないほうの腕で頭をポンポンとあやすように叩いてしまう。
「うー」
 ポニーテールを振り乱しながら払おうとする姿に、いつもの僕が重なる。
 そういえば、今西が僕の頭で遊ぶことはあっても、逆は初めてだ。
「そういうことする戸田くんも、きらい」
「はいはい」
 軽く頭を撫でてやる。
 今ならこの170cmの壁だって越えられる気がした。

       

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