Neetel Inside ニートノベル
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越えられない彼女
デイリーデリバリー

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「おーい戸田、ちょっと待ってくれ」
 放課後。
 帰ろうとしていた僕を、妹尾先生が呼び止める。
「……なんですか?」
 掃除当番でもないし、提出物を忘れてるわけでもない、はずだ。
「すまんが掃除終わるまでその辺で待っててくれ。
あー、また熊野は椅子を上げずに部活行きやがってからに」
 中年太りで突き出た腹に椅子を当てながら、妹尾先生が椅子を上げて、机を前に持っていく。
 手持ち無沙汰な僕は、仕方なくそれを手伝った。
「おおすまんな戸田」
「いえ、暇なんで」
 どうせ帰宅部だし。
 机を一通り前に動かして、箒で掃くみたいだったので外に出て待つ。
 女子が多いせいで居心地が悪い。教室担当の9人のうち6人は女子。
 男子の3人もそこまで仲良いわけじゃないし、そもそもまだ仲いい奴とかいないし。
 席が近い奴とはまあ話もするけど、やっぱり部活に入るべきなのか。
 そうは言っても、運動部には入れないし、文化部は……何があったっけ?
 将棋部があったような気がするけど、それ以外は全く思い出せない。教室の後ろに貼ってあった気がするから、後で見てみようかな。
「おう、待たせたなすまん」
気がついたら、掃除は終わっていた。
 わらわらと出てくるクラスメイトの流れに逆らって、教室へ。
「で、何の話ですか?」
「ああ、実はお前に頼みたいことがあるんだよ。
そんな面倒くさいことじゃないんだけどさ」
……肝心なところに触れていないところが怪しい。
「なんだよ、そんな顔するなよ。まだ何してもらうかは言ってないだろ?」
「はあ」
「ところで戸田、体の調子はやっぱ悪いのか?
最近保健室に行く回数が増えてるみたいだが、辛い日は休んでもどうにかなるぞ」
「……大丈夫です。朝は辛いですけど、そのうち治りますから」
「そうかー。なら良かった。
で、保健室の田原先生から聞いたんだよ。お前、今西とそこそこ仲が良いらしいじゃないか」
「いや、そういうわけじゃ」
「なんだよ、隠さなくても良いじゃないか」
妹尾先生が笑う。
 ああ、そういうことか。
 まあ、担任なら不登校の奴がいたらクラスに戻したいと思うよな。
 でもその期待に応える気はない。
「で、今西との仲を見込んで頼みがあるんだが」
「だから違いますって」
 しつこいな全く。
 そもそも、別に仲がいいってわけじゃないのだ。
 確かに、保健室で起きてから少し喋ったり、授業がどこまで進んでいるか聞かれることはある。
 不登校なんてみんな根暗ばっかりかと思っていたけど、思った以上に明るい奴だ。
ただ、あいつが立ってると見下ろされる感覚があって悔しいものがある。
「よしわかった、じゃあお前の善意を信じて頼みたいんだが、今西に給食を持っていってくれないか?」
「……給食?」
 それは予想していたよりも、ずっと意外でシンプルな頼みごとだった。
「そうそう。今は俺が持ってってるんだが、なんせ4階だと階段の上り下りがきつくて。
頼まれてくれると……嬉しいんだが」
「あー…………」
 この頼みを、断ることは簡単だ。
 給食を毎日、保健室まで持っていくのは面倒くさい。
 別に学級委員だっているんだし、そっちに任せてもいい仕事なはずだ。
 けど、
「やってくれないか?」
「まあいいです、よ」
 受けてくれと言われて受けないほど、僕は薄情じゃない。
 妹尾先生に対しても、今西に対しても。
「おお、そうか! ありがとな!」
 妹尾先生が僕の手を握って、ぶんぶんと振ってくる。この辺が鬱陶しい人なんだよな。

     

 給食を運ぶようになってから、1週間ほど経って。
 僕の4時間目は、階段を上り下りするのがめんどくさいなーと思いながら過ごす時間になっていた。
 中年太りしてもいないし、ハゲてきて裏でカッパって呼ばれてるわけでもないけど、これは地味にきつい。
しかもうちの教室のルールでは、配られ終わった時点で余っているものを取りたい奴がおかわりしてから食べ始める。
そのせいで急いで往復しないとおかわりできないし、割と後悔中。
 黒板に書いてある式を書き写しながら、急ぐべきかどうかと今日の給食を思い出していると、チャイムが鳴った。
「じゃあ、今日はここまでなー。例7は次の時間。
解答は熊野からか? ちゃんとやっておけよ、ここは大事なとこだからなー。はい号令」
 相変わらず、数学の東郷先生は凄い勢いで喋る。
 数学は好きだけど、この先生は少し苦手だ。割と授業は分かるんだけど。
「きりーつ。きをつけー。れーい」
 号令をかける日直共々、気だるげな雰囲気で4時間目は終わった。
 途端に、今までの空気がどこに行ったのか不思議なほどに教室は騒がしくなる。
「あーもう男子、そこ退いて!」
 給食当番が白衣を着て準備を始める中、ガラガラと音を立てて髪の毛を二つ結びにした女子が配膳台を押してくる。
「うっせー、黙れよニラー」
「配膳台押すなよ、給食がニラ臭くなんだろ」
「そっちこそ黙ってよ!」
 韮瀬環奈。にらせなんて変わった苗字で、そのせいでニラ女だとか、下の名前からニラ缶だとか呼ばれている。
 けどまあ、それは同じ小学校からの付き合いってのが土台にある、お互いに『分かってる』からかい方なわけで。
 僕みたいな、学区の都合で同じ小学校がほとんどいない奴にとっては混ざりにくい。
 休み時間なんか、思いっきり走り回ると5時間目に教室にいられないから派手には遊べないし。
 ちょっとならいいんだけどね。
 そのちょっとを許してくれるほど、昼休みってのは甘い環境じゃない。
 だから友達がまあなんというか、できない、わけじゃなくて! 少ないのだ。
 そんな中で、今西はまあ……改めて考えれば、友達って言ってもいいのかな。うん。
 なんか、妹尾先生の言ってることを認めるみたいで不満だけども。
 不登校、じゃなかった保健室登校(本人的には譲れないらしい)でも、ひょっとしたら、あくまで可能性だが僕が一番喋ってる相手かもしれない。
 否定できないのが悲しいところだ。
 給食が運ばれてきたので、トレイを取って給食を受け取っていく。
 ご飯、魚のフライ、冷凍りんご、厚揚げと野菜のカレー煮。げ、またひよこ豆入ってる。不味いのに。
 最後に、牛乳とストローを箱から取って一人分の給食が完成。
 大体、教室には半分ほどの給食が配られている。
 けど、一班まだ給食係が配膳を始めていない班がある。チャンスだ。
 他はどうでも良いけど、冷凍りんごは譲れないものがある。
 ダッシュで……はカレー煮が危ない。この間のスープで思い知った。
 慎重に、廊下を早歩きと走りの境界線の速さで滑っていく。
 階段では減速せざるを得ないけど、それでもできるだけ早く、っ!
 立ててあった牛乳がバランスを崩しかける。
 どうにか転倒は免れたけど、痛いタイムロスだ。
 3階、2階、1階。階段を降りたら右に曲がってすぐが保健室。
「失礼しまーす!」
 勢いそのままに扉を開けて、
「静かに!」
 小声で鋭く、田原先生から注意。
「すいません……」
「今寝てる人がいるから、静かにしてね。もちろん寝てなくてもだけど」
「はい……」
「まあ、分かってくれればいいから。給食奈美ちゃんに渡してあげて」
「くれー」
 椅子をくるりと回して、座っていた今西がこっちを向く。
「やるー」
 給食を押し付けて、「ところで戸田くーん」「んじゃ!」
 音がしないように扉を閉めて、ダッシュ「戸田くーん!」「なんだよ!」「静かに」
「「すいませんでした……」」
 走り出したい気持ちを抑えて、立ち止まる。
「で、なんだよ今西」
「そうそう、今国語って何やってる?」
「そんなことが聞きたかったのかよ!」
 僕の冷凍りんご!
「そんなことってー。
いいじゃん、別にそこまで急がなくても」
「急がなくちゃいけないんだよ!」
これ以上注意されないように、小声で叫ぶ。
「なんで!」
「おかわりで冷凍りんご欲しいんだよ!」
「……なら、持ってく?」
 えっ。
 今西が、トレイから自分の分の冷凍りんごを放り投げる。
 慌ててキャッチして、
「いい、の?」
「んー、それ歯にしみるし。
で、国語どこやってるか教えてー」
「いいよいいよ! なんだって教える!
えーっと国語な。確か、漢字の1終わったはず」
「あ、そこ? 案外進んでないんだ」
「進んでるって……。つーか勉強してるの?」
「してるしてる。国語は好きだからいっぱいしてる。数学は嫌い」
「えー、そこまで難しくはないでしょ」
「数直線教科書読んでもわかんないもん。
そうだ、何でも教えてくれるんなら数学教えて」
「えー、給食だし」
「教えてくれるって言ったじゃーん」
「やってるとこは! 授業の内容は別!」
「ならりんご返してよ」
「は? それとこれとは別だろ」
「別じゃないー。なんでもでしょ。
嘘ついたんなら絶対返してもらうからね」
「ちょ、やめ」
 本気で、りんごを取り返そうとしてくる。
 冗談じゃない。今から帰っても、争奪戦は終わってるのに。
……そうだ!
「わかった、給食終わった後に教える!」
 昼休みは1組の寺門に会いに行くぐらいで暇だし、寺門もよく外行ってるからいないし。
「お、それならおっけー。持ってっていいよー」
「偉そうに……」
「あたし偉いもーん」
長い体でふんぞり返る。
どこから来るんだその自信、不登校のくせに。田原先生も苦笑している。
 けどその言葉は口に出さない。冷凍りんごのために。
 僕がいないといただきますの号令がかけられないし、今西の気が変わらないうちに退散しよう。
「じゃ、昼休みにー」
「昼休みにー」
 保健室の扉を閉めて、ゆっくりと教室に帰る。
 取られないように握りしめていたせいで、少し柔らかくなってきた冷凍りんごを手に。

       

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Neetsha