Neetel Inside ニートノベル
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越えられない彼女
越えられない彼女

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 朝が来た。
 起き上がって枕元の時計を確認すると、6時半。随分と早く起きてしまった。
 そのせいか、いつもより今日の目覚めはすっきりとしている。
「どーしよーかな……」
 とりあえずもう一度ベッドに転がってちょっと考える。
 今日は8月30日。どう考えても夏休みといっていいはずなのに、僕たちは二学期制のせいだかなんだかで今日から学校がある。
 小学校のころからずっとそうだったし、何回か9月1日が始業式でないことはあったのにどうしてもこれだけは慣れない。
 多分人類はDNAとかそういうレベルで『9月1日が始業式』って記憶してるんだと思う。
 それだけならまだいいけど、おまけに普通に授業があるのはもう意味が分からない。
 しかも1時間だけなんだからやめとけばいいのに。
 そのせいで鞄が少し重くなるのは、どうせ最後には皆持っていかなくちゃいけないといっても許せないものがある。
 これだけ置き勉させてくれりゃいいのに。
 なんて思いながら、やっぱりもう一度体を起こす。
 さて、と。
 いろいろとどうでもいいことを考えて――いやどうでもよくはないけど――いたけど、今日はそれどころじゃない、はずだ。
 今日、僕はふたりに返事をするのだと思う。
 それがいつ、どこで、どうやってかは分からないけれど、もう僕の答えは決まっている。
 だから今気にするべきことは一つ。
 今西の仕掛けてくる『何か』だ。
 いや正確には仕掛けてくる、って表現は違うのかもしれないけど、過去の経験から警戒が解けない。
 あえて伏せてくるってことは普通のことじゃないんだろう。
 となれば。
 今西のやりそうなことを考えると、
「あ」
 ひらめいた。
 今西が何か仕掛けてくるなら当然保健室。
 けど、そこで何かしらの仕掛けを打つには障害がある。田原先生だ。
 逆に言えば何かしてくるなら必ず田原先生を巻き込んであるはず。
 なら逆に僕がそこを突いてやる。
 今西は登校する時間帯が他の人たちと被らないように、昇降口開くか開かないかくらいの超朝早くに来るって言ってたはず。
 なら僕はそれよりちょっとだけ遅く行って、田原先生にことの説明をしている最中に保健室に入っていく。
 しかも別にその話を聞きに行くわけじゃない。ただびっくりさせて、そのまま出て行く。
 告白された相手にやることじゃないかもしれないけど、まああの時韮瀬はなぎさちゃんって呼ばれたけど今西には何もなかったから、これでおあいこってことで。
 そうと決まればちょっとやる気が出てきた。
 7時半に昇降口が開くらしいから、7時45分ぐらいに学校に着いてやる。
 時計を見る。6時49分。
 僕ん家からだと30分近くかかるから、7時15分に出る計算になる。
 となるとあと25分。間に合うは間に合うけど、あんまりゆっくりもしてられない。
 出撃準備を整えるため、まずは顔を洗いに立ち上がった。

 その後、夏休みの間にクリーニングに出されていたズボンを探すのにちょっと手間取ったけど、まあほぼ予定通りの16分に家を出て。
 今僕は校舎の前の時計が7時43分を指すのを眺めている。完璧だ。
 さて、今西は僕がこんな時間に来ているとも知らずに田原先生に協力を頼んでいる頃だろう。
 扉を開けた瞬間の今西の驚く顔が楽しみだ。
 袋に詰めて鞄にしまってあった上履きを放り出して、久々に履く。
 靴を下駄箱に入れて、さああとは一気にガラッと、
「あら戸田くん、体調悪い?」
 あれ?
 扉を開けると、そこにいたのは田原先生だけ。
「あ、大丈夫です。えっと、今西って」
「今朝はまだ来てないわよ」
 つまり僕の読みが外れた、いや待て。
 なんか田原先生の顔が妙に笑ってる気がする。
 もしかして今西がどっかに隠れてて、いやそれは無理か。
 カーテン開いてるからベッドにいないのは丸分かりだし、となるとあのサイズじゃ入れる場所がない。
 じゃあ今西はもっと何か別のことを考えてるのか?
「本当ですか?」
「本当よ。始業式忘れてたりしてなきゃいいけど」
 ……うーん、やっぱりなんか怪しい気がする、というか怪しくないと僕がちょっとアレすぎる。
「先生、なんか今西から頼まれてたりとかしません?」
「何よいきなり。しないしない」
 笑いながら返されるけど、どっか嘘くさい感じがどうしても拭えないような。
「もうちょっとここで待っててもいいですか?」
「いいけど、荷物だけでも置いてきたら?」
「いやでも4階まではちょっと」
「遅刻ギリギリで駆け上がるよりそのほうがいいわよ」
 そう言われるとそんな気も、いやでも今西が来たらそれで出てくわけだし。
「どうせ待ってても暇なんだから、置いてきちゃえばいいじゃない」
 うんまあ、それもそうか、な?
 少し悩んで、鞄を持ち上げる。
 確かに、上靴下ろして軽いっちゃ軽いしちゃちゃっと行って帰ってくればいいのかもしれない。
「じゃ、ちょっと行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 とはいえ、ちょっと急がないと。
 給食を届けるときのペースで階段を上がっていって4階へ。
 階段を曲がってすぐの2組の教室に入っていって、
「あ、おはよ」
 思わず動きを止めた。
「戸田くんおはよー」「おはよ」「おはよー」
 連続して飛んでくる、4人からの挨拶。
 その声の主は韮瀬と不破と小峰と――今西。
 教室の廊下側の一番後ろ。ひとつだけちょっと出っ張った机。
 ずっと空いていたそこに今西が座っていて、韮瀬たちがその周りを囲んで僕のリアクションを笑っていた。
 ――――やられた。
 田原先生がなんか妙に教室に行くことを勧めてきたのも、そういうことか。
 不破と小峰は多分韮瀬の差し金で、てことは夏休みから準備してたな。
 今度こそしてやったりと思っていたのに予想以上のカウンターを返されて、どうしたらいいのか分からない。
 とりあえずロッカーに鞄を放り込んで、自分の席で頬杖をつくことにした。
 せめてもの抵抗として、4人に背を向けて。
 背中のほうからくすくすと笑いが聞こえるけど、無視して外を眺める。
 4階の空は遮るものが何もなくて、遠くの鉄塔と終わるつもりのなさそうな夏の雲が見えた。
 少し下のほうから聞こえるセミと、背後から聞こえるおしゃべりと、何も変わらない空。
 そうしてどれくらいが経ったのかわからないまま、ぼーっとしていると足音が近づいてきた。
 そのまま2組に入ってきて、「おはよー」挨拶が聞こえて、振り返る。
 梨本がお、おぅみたいなモゴモゴした返しをしながら、入口を通り過ぎていく。
 鞄をロッカーに入れてこっちへ近づいてきて、
「え、何これどういうこと戸田っち?」
 困惑した顔で質問をしてくる。
「さぁ」
「嘘、何も知らない系? いやてかまずあのデケーの知ってる?」
「…………ううん」
 ちょっと悩んで、嘘をつく。
「あ、やっぱ? あいつ今西っつーんだよね、アレだよほら、いつもザビエルが名前呼ぶだけの不登校のやつ」
「ああ」
 知ってるどころか告白までされてるし、それと同じ説明を夏休みの間に聞いた。
 なんて口が裂けても言えないので、さも今知ったかのように。
「いやーなんで学校来ちゃってるのよアイツ。しかもニラと普通に話してるしマジおかしくね? あ、そっか戸田っち小学校違うからわかんねーか」
 ……駄目だ、ほっとくと顔が無表情になりそうだ。
 同じ話を2度聞くのは退屈だけど、それに「えーなにこれ話しちゃっていいのー」みたいな顔で悩むのまでプラスされたらイラッとくる。
 しかも不破と違って明らかに楽しみのほうにウェイト寄ってるし。
「んー、でもこれ話すとちょっとアレだしなー、あぁー」
 一人で悩んでんじゃねえよ。
「いやでもやっぱこうなったら話さなきゃいけねーかなー! うんだよな! よっしゃ言っちゃうか!」
 不破、お前は背後から睨むんじゃない。なんだかんだお前もちょっと楽しんでただろあん時。
 それを気にもせず梨本は一人でテンションだだ上がりしてて、僕が懸命に表情を作っている。
 もうやだ。誰か来いよ。
「あ、おはよー」
 来た。
 大貫さんがやっぱりだいぶびっくりした顔で入ってきて、席に座ると本を広げる。
 僕と梨本はそれを目で追って、
「……やっぱやめっか」
「え」
「ほらなんつーかさ、今ちょっと大貫いるし、ね」
 声を潜めているつもりなんだろうけど、こいつはそれでも自分の声が割と普通に大貫さんに聞こえかねない大きさだって分かってるんだろうか。
 てか微妙に反応したっぽいな。聞こえてたなこれ。
 梨本がいそいそと僕の席から離れていって、そしたら急に人が来だした。
 大抵の奴らが今西を見てギョッとして、でも韮瀬たち3人がいるせいで近づけずにいる。
 周りから聞こえてくる声も、夏休みのことだけじゃなくて今西のことがちょっとだけ話題になったりもしているみたいだ。
「はいみんな久しぶりおはようー」
 そこに、妹尾先生も入ってきた。
 前から入ってきたせいで今西に挨拶されることはなかったけど、教室をざっと見回して今西の存在に気付く。
 そして少し目を見開いて、一瞬だけ「こいつぅ」みたいな笑みを浮かべた。
 でもすぐに表情は戻って、何事もなかったように教卓に歩いていく。
 多分、そのことには誰も気付いていない。妹尾先生の挨拶がスルーされるのはいつものことで、夏休みが過ぎたからって簡単に変わるものじゃない。
 教室のざわめきはどんどん増していって、37人の中に今西も紛れ込んでしまっている、ように見える。
 でも、やっぱり。
 チャイムが鳴って、みんなが一斉に席に着いた後はみんながチラチラとそっちを見ていた。
「きりーつ」
 がたがたと席を鳴らして立ち上がった後は尚更目立つ。
「きをつけー、れい」
 やっぱりいつも通り適当に礼をして座る。
「じゃあ今日から新学期ってことで、いやー、40日ぶりにみんなの顔が見れて先生は嬉しいです」
 さらりと先生が言った「みんな」って言葉を深読みするのは、いくらなんでもやりすぎかな。
「さすがに夏らしくだいぶ黒く焼けてるのもいるな」
 この発言のときだけは、クラス全員の視線が今西ではない一点に向けられる。
「ちょ、やめろよ見んなよ」
「いやお前それは無理だろ」
 顔を隠そうとするけど、その隠そうとしている腕が真っ黒に日焼けしている男、筒井。
「なんで部活やってるやつより日焼けしてんだよ」
「知らねーよ!」
 甍が腕を伸ばして比べているけど、確かに黒い。
「はいまあ、そうやって遊んだのもまあいい過ごし方だ。じゃあ健康観察行くぞ」
 先生が名簿を取り上げて、
「今西奈美」
 心なしか、いつもより笑顔で。
 その名前を呼ぶ。
「はい!」
 それに対して今西は大きい声で、いい笑顔で、
「元気です!」
 なぜか手まで挙げて、高らかに宣言した。
 クラス中が「なんだどうした」みたいな視線を向ける。
 それを一手に受けて、でも何も変わらずに今西はぴんと手を挙げていた。
「おおそうかそうか、有り余ってるな。甍優太」
「はい元気です」
 健康観察は何事もなかったかのようにローテンションで続いていく。
 そんな中、今西は手を下げて、ありったけのどや顔でこっちに視線を向けてくる。
 ――――これだからこいつは。
 僕の予想なんか吹っ切ってぶちかましてきやがった。
 目の前で越えられなかったはずのハードルを軽々と飛び越えていって。
 教室の誰よりも強く、大きく、そこにいる。
 それに対する僕の返事はただ一つ。
 右手で親指を立てて、返してやって。
「戸田順平」
「はい!」
 負けないように、ありったけ声を出して。
「元気です!」
 握った右手をほどいて、上へ伸ばしてやる。
 天井へ、夏空へ、入道雲へ、そして何より今西へ向けて。

     

「今西ぃ!」
 保健室の扉を怒られない程度に勢いよく開けて、怒られない程度の声で怒鳴って。
「やー」
 椅子に座って手を振る今西に向けてずかずかと歩み寄って、脳天にチョップをかました。
「ってー! 何すんのー!」
「何するのーじゃねえよ! なんでさらっといなくなってんだよ!」
 朝の会の後、また死者が出かねない暑さの体育館で簡単な集会をやって(手を挙げた件は『KYなギャグ』ということでごまかした)、教室に帰ってきてみたら今西がいなくなっていた。
 韮瀬に聞いてみたら「あ、奈美は授業受けずに保健室行くって」と言われたので授業が終わるのを待って、とりあえず一発チョップしにきた。
「まあ別にいいじゃない」
「よかねーよ!」
 でもって、本題はそこじゃない。
「ちょっと今から教室来い。韮瀬もいるから」
 見事に今西に一本取られて、最後は僕の番。
 ふたりに返事をしなくちゃいけない。
「……ん」
 今西は頷いて、朝置いておいたらしい足元の鞄を持ち上げる。
「じゃ、先生さよなら」
「あら、今日はもう帰っちゃうの?」
「はい」
「――――そう」
 田原先生は少し息を吐いて、
「さようなら」
 小さく手を振った。
「「さよーならー」」
 ふたりでハモって手を振り返して、扉を閉める。
 どっちも何も言わないまま階段を上がっていって、2組の教室に辿り着く。
「おかえり」
 扉を開けると、入口近くの席に腰掛けていた韮瀬が立ち上がって僕たちを迎えた。
「えーっと、どうする?」
 3人とも入り口の近くで立ったまま、ってのはおかしいだろうし。
「ウチらの席座ればいいんじゃない?」
「ん、あー」
 それでいいか、と言おうとしたところで、今西が朝よろしくすっと手を挙げた。
「はいはーい」
「はい今西」
「教卓立って戸田くん」
「はぁ?」
 何言ってんだこいつは。
「で、一番前の席にあたしたちが座るの」
「……奈美、一番前座ってみたいだけでしょ」
「え、バレた?」
 ぺろりと舌を出す今西。
「けどまあいいっしょ?」
 そう言って返事を聞かずに席に座って鞄を床に投げ出してしまった。
 韮瀬と目を見合わせて、『仕方ないな』ということで合意する。
 僕が教卓のほうへ、韮瀬が今西の隣に。
 ……なぜだ、僕は立ってるのに教卓越しに今西を見下ろしている感覚がない。韮瀬の髪の分け目ははっきり見えるのに。
「えー、と」
 下から見られるってのは案外複雑な気分になる。二人がこっちをガン見してきていると尚更だ。
 でも、もう怯めない。
「まず、僕がふたりを許すとかどうとかいう話なんだけど」
 いきなり本題には入らない。てか入れない。
「まず僕は正直別に怒ったりとかしてないし、だから別に許すも許さないもないって言うか」
「「え」」
 あれなんかびっくりされたぞ。
「ウチ6時半起きとかしなくてよかったの……?」
 ジロッと今西のほうを見る韮瀬。
「え、ちょ、戸田くんどーしてくれんの!」
「じゃ、じゃあとにかく許した、ってことで」
 慌ててフォローしたけど、なんで僕が慌てなきゃならないのかよく分からないぞ。
「うわー」
 韮瀬は疲れたようにぐたっと机に突っ伏す。
「な、なんかごめん」
「あたしもごめん」
 二人して謝ってみると、韮瀬は顔を上げて
「もうそれいいから、できれば本題行って。ウチ実はだいぶドキドキしてるから」
「あ、うん」
 じゃあ、改めて。
「で、その、告白……の返事なんだけど」
 今日ここにいる理由に触れよう。
「僕なりに悩んで、一応決めました」
 言ってから、じらすわけじゃないけど一旦黙って下を見る。
 今西も韮瀬も少し下を向いて、ぴくりとも動かない。野球部とセミの声が小さく聞こえる。電気を消してるせいで、お昼近い今は思ったより教室の中は暗い。
 ここと、保健室と。
 僕の中学校生活は基本的にこの2箇所だけで回っていて、そこでそれぞれ一人ずつに好きになってもらえたって、結構凄いことだろう。
 そのことははっきり言ってめちゃくちゃ嬉しいし、どっちかが嫌いってわけでももちろんない。
 でも、選ばないってことはできない。
 僕はその一線を越えられないんじゃない。越えたくないだけなんだから。
 韮瀬が部活へ戻ったことに、今西が教室に来たことに、応えるために。
 僕はここを越えてやる。
「韮瀬」
 名前を呼んだ瞬間、韮瀬の身体がビクッと跳ねて顔が凄い勢いでこっちを向いた。
 少し潤んだその目をまっすぐに見据えて、
「――――ごめん」
 教壇に手をついて、頭を下げた。
 たっぷり数秒座席表とにらめっこして顔を上げると、韮瀬はうっすらと笑っていて、その横で今西がえ? え? という風に僕と韮瀬を交互に見ていた。
「やっぱ、ダメだったかー……」
 ぽそっと韮瀬は呟いて、椅子に背中を預けた。
「え、つまり」
 自分を指差す今西。
「まあ、そういうことになるかな」
 その目を正面から見るのは流石に恥ずかしくて、もう一度座席表を見ながら。
 僕は、生まれてはじめての、告白ってものを終えた。
 しばらく教室の中がまた野球部とセミに支配されて、
「で、どうする?」
 韮瀬が一言呟いた。
「え?」
「二人とも、このままここにいる?」
 韮瀬が体を起こして、
「ウチ、正直半分ぐらいはフラれる覚悟決めてたんだけどさ」
 もう一度、机に突っ伏す。
「残ってんの、もう半分」
 その声は隠しようもないほど震えていて。
 僕たちは大急ぎで荷物を抱えて、教室を出て行った。

 出た勢いでそのまま階段を駆け下りて、僕と今西は息を切らしながら昇降口を出た。
 微妙に靴がしっかり履けてないのを直そうと立ち止まったところで、
「うわああぁぁぁー!」
「うぉああぁぁぁー!」
 いきなり後ろから叫びながら肩を掴まれて前後に揺すられて、僕まで声を上げることになった。ザスゥという鞄が投げ捨てられた音が聞こえる。
「何すんだよ今西!」
「ほんと!? ねえ本当!? あたし? あたしでいいの!?」
 また前後にがくがく揺すられる。
「合ってる! 合ってるから離して!」
 拘束が解除されたので今西のほうを向く。
 今西はなんか涙流しててすごい顔になっていた。
「嘘とかないよね、ね、」
「あるわけないだろ!」
 思わず強く叫んでしまって、今西がビクッとなる。
「僕は間違いなく今西が、」
 勢いでそこまで言ってしまって、詰まる。
 いくらなんでもドストレートは恥ずかしすぎる。なんて言おう。
 うわなんかすごい眼力で見られてる。いつまでも詰まってるのも明らかヘンだしえーと、こういう時は
「超ラブい」
 なぜそうなった僕!?
 姉ちゃんの発言が頭に残りすぎていたのが原因か。ちくちょう後で覚えて「ひゃー!」
 なんか今西が大変なことになった。地団駄踏む、だっけ。その場でどたどた足踏みしてる。
「落ち着け今西!」
「おちつけるかー!」
 ごもっとも。顔超赤いし。
 と思っていたらぴたっと止まって、
「うぅぅ……」
 なんかまた泣き出した。意味が分からない。
「なんか安心したら一気に反動来た……」
 そう言って、また僕の肩に両手をかけて体重を預けて、体育のストレッチでやるような変な格好で僕から顔が見えないようにして泣く。
「戸田くんきらい」
「え?」
 ぐずっと鼻をすすりながら、今西が呟く。
「なんで環奈呼んで謝るの。あたしの名前呼べばよかったじゃん」
「あ、いや、それはまあ」
「そういうことする戸田くんなんて、きらい」
 そう言いながら、肩に更に力を籠めてくる。
「――ごめん」
「きらいなんだから」
 体重を預けたまま、すねたように言い続ける今西。
 どう見ても大きな子供で、思わず鞄を持っていないほうの腕で頭をポンポンとあやすように叩いてしまう。
「うー」
 ポニーテールを振り乱しながら払おうとする姿に、いつもの僕が重なる。
 そういえば、今西が僕の頭で遊ぶことはあっても、逆は初めてだ。
「そういうことする戸田くんも、きらい」
「はいはい」
 軽く頭を撫でてやる。
 今ならこの170cmの壁だって越えられる気がした。

       

表紙

暇゙人 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha