~~真夜中の追跡~~
声自体はロビンのもの。しかしこのしゃべり方はユーシス君だ。
悲鳴に近い叫びにぼくは一瞬で飛び起きていた。
『ロビンのバカ!!』
声のしてくる方向を見ると、壁にかかった大きな鏡の前、ユーシス君が何かふわっとしたものを放り投げ、逃げ出すのが見えた。
『ロビン?! 何があったの?!』
「い、いやそれが」『うわあああああ!!!』
アリスが問い、ロビンがなんとか振り返って事態を伝えようとする、しかしそれは、ユーシス君の叫びにかきけされる。
ユーシス君はそしてそのまま、ばん、と部屋のドアを開ける。
『追いかけるわよ!』「うん!」
とりあえずぼくたちも靴を突っかけて飛び出す。
イザというときを想定し、何度か練習した方法で――
ユーシス君の背中を追ってぼくが走る。その間に、アリスが呪文を唱える。
青い光が身体を包む。魔術の完成とともに、ぼくの身体は一気に加速する。
同時にアリスが身体のコントロールを引き継ぐ。
ユーシス君が階段の手すりを乗り越え、一気に階下へ飛び降りる。
同じようにしてアリスが飛び降りる。
『どうしたニャ?』
ぼくは意識を自分の内側に引っ込めた、と同時に、ミューの声が頭の中に直接響く。
走っている間はぼくがしゃべる担当。ぼくは深呼吸すると状況をぼくなりに整理して答えた。
「ユーシス君が逃げ出したんだ。
“見ないで”“ロビンの馬鹿”って言って、何かを鏡の前で投げてた。
ロビンも起きてたけど、止められないみたい。
いまぼくらがアリスの魔法つきで追いかけてる」
『…… 了解ニャ。
そのまま追いかけろニャ。しかしやつを捕まえてはダメだニャ。
だんだんに距離を開けて、撒いたと思わせるニャ。
で、走りたいだけ走らせてから捕捉するニャ。やつの行き先はわかってる。
裏庭の一角。やつのもうひとつのお気に入りの場所だニャ』
外は雨が降っていた。この季節とはいえ、夜だし着ている物がナイトウェア一枚なんでちょっと寒いかもしれない。
ロビンはあれで結構、暑さ寒さに弱いのだ(皮下脂肪が少ないからだろうとリアナに聞いた)。作戦とはいえ、あまり距離を置いてほっておいたら風邪をひくんじゃないかと心配になる。
普段ひかないせいか、一旦こじらすと熱出して長引くし。
なにより今はユーシス君だってなかにいるのだし。
ぼくたちは精一杯、距離をおいて追いかけた――
『ストップ! そのへんで待つニャ』
そうして木立がちょっとうっそうとしてきたころ、ミューの声が聞こえた。
気づかなかったけれど、ぼくたちはもう裏庭に入っていたらしい。
ちょうど立っていた木の下で軽く息を整えていると、雨音ごしに会話する声が聞こえた。
「おいユーシス、待ってくれ。
嫌なことしたなら謝る。言いたくないことがあるなら黙ってる。だから頼むから逃げるのはやめてくれ」
『ロビン、もうやめてよ! どうして追いかけてくるの?!』
「いや、追いかけてくるもなにも、いま俺たちおんなじ身体だから……」
『…………………………………………』
「あの、ごめん。俺、なんでお前が逃げてるのかわかんないんだ。
なんで泣いてるのかもわかんないんだ。
でも、ほっとけないんだ。
詳しいこととかは、わかんないけど……ソウルイーターだからかな。お前の悲しい気持ちはいっぱい、いっぱい伝わってきて……
なんとかしたいんだ。
ほんとになんとかしたいんだ。
天国に行かせて、俺の身体から追い出すなんて目的でじゃけっしてない。
こんな、旅のアニキで悪いけどさ。この身体、好きにしていいから。おまえのしたいこと、なんでもさせてやるから。
おまえが悲しくなくなること。おまえがほんとにしたいこと、教えてくれ」
『ロビン……!』
わぷ、とかすかな声がした。ユーシス君の魂が、ロビンの魂に抱きついたのだろう。
そのとき、ふわ、と雨が“やんだ”。
「クレフさん、どうかご一緒に」
聞き覚えのある声とともに、ぼくの肩に暖かな重みがかかる。
そこにいたのは、ぼくら同様寝巻き姿の、ユーシス君のお父さんだった。
左の手に傘をさし、同じ左のひじにもう一本傘をかけている。
『あ、傘お持ちします』
何をしたいのかを悟ったぼく(たち)は、お父さんのさす傘を受け取った。
お父さんはありがとうございます、と笑って、ひじにかけていた傘を手に取った。
傘の開く音が裏庭に響く。ロビンの身体がぱっとふりむく。
そこへお父さんは傘を差しかけながら言った――
「風邪をひくよ。とにかくうちへお入り、ユーシス」
そのひとことにぼくたちは全員驚愕した。
ぼくたちはそのまま、ユーシス君のおうちにお邪魔した。
いつの間にかかなり濡れて冷えていたようで、まずはとにかくということでお風呂に入れてもらった。
さっと身体を流して湯船につかり、温まって出た。
その間、アリスはもちろんいつもどおり寝ていたが、ユーシス君は起きているようだった。
しかし、一生懸命考えをまとめているらしく、ひたすら黙ったまま。
お湯をかぶったり身体を拭いたのも全部ロビンがしていた。
そのロビンも、余計なことは言わないと決めたのだろう、一言も発しない。
ぼくももちろんお邪魔はしない。
結局その間、ぼくたちはひとこともしゃべらなかった。
用意していただいた、新しいきれいな肌着とナイトウェアに着替える。
ナイトウェアの上には、きれいな字のつづられた小花もようの一筆箋。
『暖かいお茶をお入れしましたので、よろしければ応接にいらしてくださいね。ユーレカ
P.S. ユーシスへ いつものにしておいたからね。さめちゃうまえにはやくきてね!』
『ママ………』
それを手にとって、ユーシス君がぽつりとつぶやいた。
脱衣所を出て右に曲がる。この短い廊下の先が応接だ。
しかしそこでユーシスくんは立ち止まった。
『ねえ。もしさ、お姫様でもない子が舞踏会にいきたいとかいったら、ロビンのママはなんていうかな?』
『母さんか……
俺の母さんなら、こういうな。
“がんばって王子様ゲットしてきなさいよ!
でも王子様よりイケメンなのがいたら、そっちでもいいわよ♪”って』
『あはは。ロビンのママかっこいい!
……そうだよね。ボクの、パパとママだもの。
きっときっと、わかってくれる……!』
ユーシス君はぎゅっとこぶしをにぎりしめる。
そして一歩を踏み出した。