Neetel Inside ニートノベル
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~~ケンカにまけた酔っ払いの行き倒れさんを拾った~~

 そこでぼくがみたのは、怖い顔の男たち二人を相手に殴りあいをしているロビンと、路地の奥の壁にぐったりもたれかかる男の人と、その人が取り落としたらしい酒ビンだった。
 小柄な猫であるミューは、難を避けるため塀の上にいる。
 リアナはすっと乱闘の脇をすりぬけ、男の人のわきにひざをつく。
 声をかける、けれど反応がない様子だ。
「だめ、死んでるわ!!」
 顔を上げてリアナが叫ぶ。
「え、ウソ」『クレフはだまってなさい!』
 言おうとするとアリスに止められた。
 ぼくは腑に落ちなかった――
“ぼくたち”にはわかるのだ。目の前の人が生きているのか死んでいるのか。
 この距離、そしてぼくにでもわかる、あの人は生きている。というのになんでリアナは?
「お、おい!!」
「俺たちがやったんじゃないぞ!! 現にお前らが来たとき俺たちとそいつは……」
 考えていると、怖い顔の人たちはびくっとそっちを向いて、口々に言い訳を始めた。
「ああ、そうだったな。だが俺たちがそれを証言しなければお前らが犯人だ。
 ここに“目撃者”だっていることだしな」
「え」
 ロビンはふたりの言葉をぶった切り、ぼくのほうへ歩いてきた。
 そしてぼくの腕をつかみ、くるり、背中に回りこむ。
「あの、ロビ」「黙ってろ。」『ほんと黙ってなさいアンタは。』
 いつの間にか、ロビンの手には刃物。それがぼくの喉元に突きつけられる――
 怖い。ロビンの声も目の前の刃物も。ぼくは一瞬で、声も出なくなってしまった。
「か……勘弁してくだせえ、アニキ!! 俺たちはただのしがねえチンピラで」
「ならやるこたわかってんだろうな?」
「そんな~!」「んなカネあったらんなこたしてませんよお!!」
「だったらそいつを医者まで運べ。さっさとしろ!!」
「「は、はい!!」」
 怖い顔の人たちは、気の毒なことにすっかり怖そうな顔になって、ぐったりしている男の人を担ぎ上げた。
「こ、こっちですっ」
 そして、先頭に立って歩き出す。
 ふたりは地元の人らしい。その案内でぼくたちは、スムーズにお医者様のもとへとたどり着くことができたのだった。
 ぼくは(刃物こそしまってもらったものの)無言の圧力を放ち続けるロビンに腕と肩をつかまれ連行されている状態だったので、生きた心地がしなかったのだけれど。
(ちなみにミューはちゃっかり、担がれた男の人のおなかに座って楽していた。ちょっとうらやましいかも……)



~~お医者様の話~~

 怖そうだったひとたちは、男の人をポーチにおろすと、ロビンににらまれながら逃げていった。
 その姿が見えなくなると、ロビンはぼくの腕を放した。
 同時にアリスの口封じもとけ、ぼくはようやく疑問を口にできた。
「ロビン、どうして? リアナも……」
「ごめんクレフ!
 ケンカを早く止めて、このひとを早くお医者様に見せるにはあれしかなかったんだ。ほんとにごめん!」
 ロビンは一転、両手を合わせて頭を下げてきた。その様子はすっかり、いつもどおりのロビンだ――よかった、ロビンは怖い人になったんじゃなかったんだ。
 そういえば昔、仕入れのため町に行って、怖い人にぶつかってしまったときも、ロビンはこんな風に怖い人のふりをして助けてくれたんだっけ。
「えっと、大丈夫。こっちこそごめん、ロビン」
『もう、あんたが謝ることはないでしょ。おひとよしなんだから』
『ホントにクレフはおひとよしだニャ。リアナが明らかにのびてるだけのおっさんを“死んだ”といった時点でハッタリがくると気づけだにゃん。』
 ミューが顔を洗いながらいう。え、ひょっとして作戦わかってなかった(もしくは気づいてなかった)のぼくだけなの?
『ニャ。』
 ミューは大好物のささみを食べたときのように、満足げなカオでうなずいた。
「そんなあ~……」
 すると、ふわっとリアナがぼくを抱きしめてくれた。
「ほんとに、驚かせてごめんなさいね、クレフ。
 まずはこの方をお医者様に診ていただきましょう。ふたりともこの方を運んできて!」
 そういうとリアナはさっと腕を解いて、お医者様のうちのベルを鳴らした。

「疲労と、軽い脳震盪ですね」
 お医者様はまだ若い男性だった。
 誠実そうな、明るい感じの人だ。
 なんでも、お父さんのあとをついでお医者様になったばかりらしい。
「失礼ですが、お知り合いの方ですか?」
「いいえ、通りすがりのものですわ」
 リアナがふるふると首を振る。
 首の半ばの長さで揃えた、ふわふわの金髪がゆれた。
 いつものことなのに、ぼくはまたしても見とれてしまう。
「そうですか……。
 この方はギルダーさんといいまして、よく飲んではケンカをして、ここに運ばれていらっしゃるんですよ。
 どうやら記憶がないらしくて。
 あなたは、ギルダーさんのお探しの女性によく似ていらっしゃったので、失礼を承知できいてみたのです」
「まあ……。
 わたくし、田舎から出てきたばかりでして。ギルダーさんには先ほどお会いしたばかりなんです」
「そうでしたか。
 いや、すみません。なんだか私、ギルダーさんのことをほうっておけなくて。
 ……兄貴に似てるんですよ。
 兄貴は自由人で、ギルダーさんみたくトレジャーハンターをしてるんですけど、何年かに一度くらいふらっと帰ってきて。
 たまにケガだらけで死に掛けたとかいってきたりして、いつもひやひやするんですけど、お酒飲みながら土産話するときの楽しそうな顔をみていると、止めることもできなくて……
 あ、すみません。ひとりで勝手に話してしまって」
「いいえ。とても素敵なお話ですわ。
 それではそろそろお暇します。あの……」
「あ、いいですよ。ちょっと診ただけですし。僕の話も聞いていただけちゃったので。
 いつでも遊びにいらしてください」
 そういって、お医者様はにっこり笑った。
 その笑顔はとてもさわやかで、もしもぼくたちの生まれ故郷にこのひとがきたら、あっという間に村中の人気者になってしまうだろう、そんな風に思えた。
「ありがとうございます。それでは」

       

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