~~魔法の舞踏会~~
さすがに顔立ちや体格は変えられない。
けれどすっきりした顔立ちを活かしたメイクや、上背の高さを利用したすらりとしたシルエットに、ぼくは本気でため息をついてしまった。
かつらで髪もロングにしてある。色合いは生前のユーシスくんと同じ、桃色がかった栗色。毛先だけがくるりとカールしているのがなんともかわいい。
小さな金色のイヤリングやペンダント、光る宝石をいくつもあしらったティアラがきらきらとして、まるで昔絵本で読んだ『星から降りてきたお姫様』のようだ。
『すごくきれいだわ……なのにかわいい……』
「本当ね。まるで魔法みたいだわ……」
アリスはさっきからもう何度もため息をついているし、リアナもちょっと目がうるんでる。
『うみゅう……基調スレンダースタイルなのに、このダブルスカートとショールのふわふわ感、そしてドレス自体の色合いとヘアスタイルで全体がかわいく仕上がっているあたり、さすがはプロの仕事だにゃん。
――というかこのしろくてふあふあとしたカンジ、我輩のかわいいかわいいしーたちゃんとそっくりだニャ!! おまえたち、我輩がセキニンとるからちょっとモフらせろニャ~!!』
そしてミューはいつになく大興奮している。
「はいはい、あとでねミューちゃん。みんなでお写真とったらいっぱいモフモフしていいからね♪
そのかわりママにもミューちゃんモフモフさせてね。約束よ?」
ユーシス君のお母さんは“娘さん”の仕上がりに満足しているようで、軽く額の汗をぬぐいつつもにこにこしている(そうしながらミューをなでなでする)。
『マ、ママ上殿になら我輩モフモフされてもまったくかまわないにゃん。ママ上殿ならしーたちゃんもきっと許してくれるにゃん!』
ちなみにお母さんはねこをモフモフするのがすごくうまくて、昨日モフモフされたミューは見事に夢心地になっていた。
今もほら、ミューはお母さんの手にほっぺたをすりすりしている。
「それじゃあ行きましょう、ユーシス。
パパ、今頃そわそわしてお待ちかねよ。
もしも足や耳とかが痛くなったらすぐに言ってね。痛くないようにできるから」
『う、うん。ありがとママ。
あ、あのさ。……ボク、ちゃんときれい?』
「もちろんよ。
さてと、それじゃあ気合入れて! 王子様をびっくりさせるわよ!!」
『うんっ!!』
ユーシス君はなれないヒール靴のはずなのにはずむ足取り、お母さんもまるで20歳分くらい若返ったかのような華やいだ足取りで歩き出す。
(お母さんはカメラも小脇に抱えているのに……)
ぼくたちも遅れじと後を追った。
ダンスホールの真ん中には、すでにお父さんが待っていた。
限りなく黒に近いこげ茶のスーツが、グレーの髪とおひげとあいまってとてもダンディだ。
懐中時計の鎖の金色がきらりと光り、ワンポイントになっている。
『パパ!
すごい、かっこいい!!』
「おまえ、………」
お父さんはかけよるユーシス君を見て、ぽかんと口をあけた。
お母さんがしてやったり、と笑みを浮かべる。
「ふふふ。ロビンくんパパとそっくりだったから、あのときのドレス使っちゃった。
きれいでしょ?」
「……ああ。すごくきれいだ。
きれいだよ、ユーシス。
すまないねロビン君、つきあってもらってしまって」
「…え?
あ、あの俺っ、大丈夫ですっ。
えと、俺は眠ってますので、ユーシス……君、じゃなかったさんと、楽しんでくださいっ!」
ちなみにロビンは、ユーシス君にたたき起こされ、鏡をみせられた瞬間に耳まで真っ赤になって、何かをぶつぶつつぶやくと意識を引っ込めてしまっていた。
今度も真っ赤になってそれだけ返事すると引っ込んでしまう。
『それじゃ、パパ……』
「ああ。
お姫様、どうか一曲、わたくしと踊っていただけないでしょうか?」
ダンディな王子様は、よいしょとひざまづくと手を差し出した。
『はい、王子様。よろこんで!』
背の高いお姫様は、にっこり笑うとその手をとって、王子様を助け起こした。
そこへワルツが流れてきた。
ホテル併設の小さなダンスホールを貸切にして、魔法の舞踏会が始まった。
お父さんは、毎日お仕事をしている方とはいえ、栗色だった髪とおひげがグレーになってしまうお年である。何曲も踊るのはやっばり大変なはずだ。
それでも、お母さんに写真を撮ってもらいながら、三曲を見事に踊りきった。
ぼくたちは心から拍手をおくった。
いつのまにか、ホールにはたくさんの人が集まっていて、踊るふたりを見守っていた。
そして一緒に拍手をした。
お父さんはユーシス君の手を取ると、お母さんを迎えにきて、一緒にホールの真ん中に戻る。
そうしてみんなに一礼し、よく通る声でスピーチをした。
「みなさん、紹介します。うちの娘のユーシスです。
神様のおはからいで、最後のお別れのため一時この姿となり、戻ってきてくれました。
わたしたちの小さな舞踏会を見守ってくださった皆様、心からありがとうございます。
妻も、ユーシスも喜んでおります。ありがとうございます」
お母さんとユーシス君が優雅に一礼する――
そのとき、ユーシス君の背中に翼が生えた。
いや、それはロビンの身体を抜け出すユーシス君の魂だった。
気配を感じ取ったのだろう、お父さんとお母さんがぱっと振り向く。
「ユーシス?!」「ユーシス!!」
叫び手を伸ばし、抱きとめようとする。
しかし、可愛らしい手と声がそれをさえぎった。
『ごめんね、パパ、ママ。ボク、もうお迎えが来てしまったみたい。
でもいますごく、すごくしあわせ。
ありがとう、パパ、ママ。
ボクね、パパとママの子供でホントによかった!!
ボクに生まれて、みんなと会えて、すごくよかった!!
こうなったおかげで、妹にも会えちゃったしねっ』
「いもうと……?」
『うん。
ママのおなかね、妹がいるの。
かわいがってあげてね。
ボクの部屋にあるチャームのコレクションあげてね。約束したから!』
言いながらユーシスくんは、さらに浮き上がる。
その姿にぼくたちは息を呑んだ。
ユーシス君の魂の姿は、昨日見せてもらった遺影と微妙に違っていた。
少しだけ長くなった髪をうさぎ結びにし、白いレースのリボンでくくった――
いま身体が着ているドレスを子供向けにした、愛らしいドレスをまとった――
女の子、だった。
『みんなありがとう!
ほんとうにありがとう!
つぎに生まれたらボクがみんなをしあわせにするからね!
やくそくだからね!!』
ユーシスくん――いや、ユーシスちゃんは、にっこり笑ってキスをした。
お父さんのほっぺたに。お母さんのほっぺたに。
そして、ぼうぜんと彼女を見上げてる、ロビンのほっぺたにも。
「ちょっと……おい! そのカッコ、なんで……」
いたずらっぽく笑った彼女は、高く高く、ひかりのなかへ上りはじめる。
ぼくはとっさにお母さんのカメラを手にとって、シャッターボタンを押した。