~~助手の就任~~
その翌日のこと。
ぼくは晴れて退院。ギルダーさんの主張(いいかげん外の空気吸いたいし食材とか買いに行きたい)で聞き込みにまわることにした。
最初に向かったのは教会。ギルダーさんの葬儀だった。
葬儀にはヒトが集まるし、自分の葬式も見てみたいというのでギルダーさんはノリノリだ。
『ちょっと、なに楽しそうにしてるのよ。クレフが不謹慎だと思われるんだからやめてよね!』
『へーいへい。おっ、あそこに綺麗なねえちゃんが! よーしさっそく聞き込み聞き込み』
『だから!!』
しかし、アリスの攻撃が炸裂する前に、ギルダーさんは足を止めた。
『……やめだ』
『な、どうしたのよ』
『あいつ苦手なんだ。だからパス』
『知ってるヒト?』
『ん、ああ、ちょっとな。
それにあいつにはこないだハナシきいたし』
『そう、じゃ仕方ないわね、次行きましょう』
『よっしゃ、じゃあつぎはあのねえちゃん』
『だあああ!!』
そしてギルダーさんは、片っ端から……といっても、なんかえり好みはしながら、聞き込みに走ったのだった。
その日、手がかりはまったく見つからなかった。
『はあ……やっぱだめだな。もう、やめちまおっかな』
晩ご飯を終え、食後のお茶を飲みながら、ギルダーさんは笑った。
食卓の椅子にもたれて、宙を見上げて。
「どうしたんだよ、ギルダーさんらしくない」
するとロビンが言う(あのあと……お前のですますコトバはいまさらくすぐったいからやめろといわれて、ロビンはギルダーさんにさん付けのためぐちでしゃべっている)。
先生も励ましてくれる。
「あきらめたらだめですよ。
本当のギルダーさんにつながる、大切なひとじゃないですか。
このまま、ゆかりの方のどなたにも会えず、天の国へいくなんて寂しすぎますよ。
僕でよければいくらでも協力しますから。一緒に頑張りましょう?」
『……うん。ゴメン先生』
リアナがお茶のおかわりを注いでくれながら微笑む。
「もしお疲れでしたら、明日はわたしがかわりに参りますわ」
『いや。そいつは悪いわ。あんたは先生んとこで医術を勉強するんだろ。
あんたがいると、ここに来た奴らも喜ぶしな♪』
「まあ☆」
「あ、えっと、オホン」
『ああ悪い悪い。ダンナを前にして悪いこと言っちまったな。
いいからあんたも残れよ、ロビン。
こいつらは俺が守ってやるからよ』
「あ、えっと、ええ……」
しかしそれから一週間、手がかりはなおまったく見つからなかった。
そしてギルダーさんはお酒をたくさん飲んで、玄関先で倒れてしまった。
気がつくとぼく(たち)はベッドの上にいた。
先生がかなしそうにぼく、というかギルダーさんを見下ろしている。
『あ、……先生っ……』
ギルダーさんははっと身体を起こし謝ろうとした。
しかし、先に謝罪を口にしたのは先生のほうだった。
「ごめんなさい、ギルダーさん。
ひょっとしたら、僕が協力する、と言ってしまったのが、あなたに負担をおかけしてしまったのかもしれません。
ギルダーさんは本当は、天の国にいらっしゃりたかった……のではないでしょうか?」
『い、いや!!
聞き込みあるけど、なかなかみつかんないけど、ここでの暮らし楽しいし!
先生の手伝いとかできて。なんかはじめて俺、ひとの役に立ててるって思えて……
俺、こうして暮らせるなら、もういいかなって思っちゃって。
でもそれじゃいけないっても、思って……
……ゴメン先生、俺馬鹿だから、もうワケわかんない』
「……… やめましょうか」
『え』
「さがすの、やめましょうか。
クレフさんたちがいいといってくれたら。
ここで、一緒に暮らしましょうか。
医術はできなくても、やれることはいっぱいあります。
いまみたくお手伝いして、あのおいしいご飯つくって下されば、僕の助手としてはもう充分過ぎるくらいですから」
ギルダーさんは、差し出された手をぎゅっと握って泣いた。
子供みたく声を上げて。
先生はギルダーさんが泣き止むまで、やさしく背中を叩いていた。
魂のひとが心残りを晴らすまで、長くて数十年かかることもあるときく。
実際ぼくは、領主様の館やその近所で、数年間を“器”として過ごした経験がある。
ぼくたちはソウルイーターだ。この身に迎え入れた魂の、心残りを晴らしてあげる、それがぼくたちの務めだ。
だからもちろん、ぼくたちに異論はなかった。
ギルダーさんは晴れて、フェリペ先生の住み込み助手として就任したのだった。
~~転機~~
その数日後。
買い物ついでに教会に寄ったぼくたちは、ちょっとびっくりする光景を見た。
ギルダーさんのお墓の前に、きれいな女の人がいた。
栗色の髪を肩に流し、藤色のツーピースを着た、聡明そうな女性。
彼女はお墓に花を手向けると、すぐそばで待っていたフェリペ先生に歩み寄った。
そっと寄り添う彼女の肩を、先生が優しく抱く。
その瞬間、ギルダーさんはきびすを返し歩き出した。
『ちょっとちょっと、なによ、どうしたのよ?!』
『あいつとは顔を合わせたくない』
『やだ、まさか昔の』
『なわけねーだろ。
オンナだ、先生の』
『なるほど嫌われてるのね。気持ちはわかるわ、同じ女性として』
『ハイハイそうですね。』
ギルダーさんのテンションは、明らかに低い。
『……なによ……
どうしちゃったのよ。そんなに嫌な思い出があるの?』
『そりゃダレだって嫌だろうよ、ひそかに自分嫌ってる女なんてさ』
そしてギルダーさんは立ち止まった。
『あのさお前ら。
先生に頼んでくれないか?
あいつ……ソフィアには、俺がこうなってること知らせないでくれって。
俺は死んでる。あくまでそういうことにしてほしいんだ』
「わかった。ぼくが先生を呼ぶよ」
遠目の初対面だけど、ソフィアさんという女性は、そんな意地悪な考え方をする人には見えなかった。
けれど、とりあえず距離をおきたいというならそうしよう。
いい雰囲気になってる二人に水を差すのは申し訳なかったけど、ぼくは先生を“緊急のハナシがあるから”とちょっとだけ離れた木の下に引っ張っていった。
そして、声を潜めて言った。
「あの……
ギルダーさんからお願いされたんです。
ソフィアさんには、ギルダーさんがぼくのなかで生きてるってこと、知らせないで下さいって。お願いできますか?」
「え? どうしてですか?
ソフィアもギルダーさんがご無事と聞けば、きっと喜んでくれますよ」
『いや、あいつ俺のことちょっち嫌みたいだし……』
「そんな。嫌な相手のお墓に花なんて手向けませんよ。ほら、行きましょう」
『頼む! 一生のお願い!! 今回だけでもいいから!!』
「……しかたありませんね。
ひと段落ついたら、事情を教えてくださいね」
『ありがと先生。恩に着る!!
そーと決まったら買い物買い物!! よっしゃあ、がんばるぞー!!』
ギルダーさんはそして、明らかに不自然なテンションで歩き出す。
後ろから、風に乗って会話が聞こえてきた。
「フェリペ、あの人は?」
「ああ、新しい助手のひとりです。
最近この街に来た方で、名前はクレフさん。
彼には主に会計をやってもらってるんです」
「そう……へんね、どこかでみたことあるような気がしたんだけど……
ま、いっか。助手さんだったら、わたしも仲良くしなくちゃね。
フェリペ。このしごとが終わったら、わたし、……」
その瞬間、ギルダーさんが駆け出した。